渡り終えてからそれが細い綱だったと気付く
私はいま、チェチャルに案内され、ソムラルディと共に天子の寝所に居た。
やがて、謁見の間に通ずる通路からチェチャルが一人の老人を連れて現れた。
一瞬呆気にとられたが、すぐに片膝を突いて礼節を尽くす。
この老人が【天子】で間違いないのだろう。
ギルンダあたりと同年代に思える【天子】は寝台に腰掛け、私の名を呼んだ。
「ジッガ殿、御足労頂き感謝する。
ソムラルディ殿から聞くに、
活力を与える魔力を持つとか。
老いさらばえた余の身体にも効くものかの?」
その言葉を聞き、横に居たソムラルディが助言する。
「天子殿、
疑念を持たず魔力を受け入れよ。
ありつる【精霊の力】を見しならむ。
自治区にも信心深き老人こそが
最大の活力を得てあるぞ。」
「天子様、
私を信じて欲しい。
チェチャル殿はじめ、【宝】である民らが
貴方の健康を願っているのだろう?」
私たちの言葉を聞き、天子は歳に似合わぬはにかんだ笑いを浮かべた。
「ふぉっほ、余が子を生していれば、
このような孫に手を取られ散歩など出来たのかのぅ。
ジッガ殿はお幾つだ?」
「もうすぐ十一歳になります。」
「うんうん、
獣人の王を【友】と呼び、エルフの賢者の後見を得る。
神の使いたる【巫女】に相応しい善の神性を得とるのぅ。」
「……?
天子様、
その、【巫女】というのは一体?」
「ふぁっは、あとでチェチャルに訊けば良い。
では、魔力循環とやら、
お願いできるか?」
「はい」
チェチャルが緊張した表情で見守る中、寝台に腰掛けた天子の両手を取る。
すぐに大きな違和感を感じられた
かつてない魔力が両手から伝わってくるのだ。。
エルフであるソムラルディにすら比肩する魔力量だ。
カンディも連れて来るべきだった。
全力に近い魔力量がどんどんと天子の身体全体を循環していく。
かなり必死になって魔力を流していて、ふと天子と目が合う。
穏やかな、【死】すら覚悟しているような瞳に思えた。
『決して死なせない!』
両親から祖父母について聞いたことは無い。
だが、私が接してきた老人たちはみな優しかった。
ツェルゼンも、シェーナも、スムロイも、ギルンダもみなみな優しかった。
一分でも、一秒でも長生きして欲しい!
私が創り上げる国を見て欲しいんだ!
天子の姿が【仲間】の老人たちと重なり、胸の内に不安が泡立つ。
『この力にもっと早く気付いていたなら……、
シェーナの寿命をもう少しだけ延ばせていただろうか?』
もはや形振り構わず一心不乱に魔力を流し続けた。
やがて、ソムラルディから肩を叩かれ、魔力循環を止める。
天子はいつの間にか笑いを収めており、困惑した表情に変わっていた。
「しゅ、主上様?
お加減は、お加減は如何ですか?」
不安気な心情を隠しもせず、チェチャルが天子に問いかける。
今まで経験したことの無い相手へ、全力の魔力循環がどう影響したかと、私もその結果に気遣わしげな心地となっている。
「うむ、チェチャルよ。
まこと、人の縁とは不思議なものだな。」
「は?」
突然の主の言葉にチェチャルは言葉を失っている。
「かつて戦に憂んだ余は、
獣人の王へ助力を願い、
森の民を招き戦を終わらせた。」
「さりな」
天子の言葉にソムラルディが頷く。
「そして今また、
獣人の王が助力を願い、
森の民と共に現れた【巫女】が余の【病】を消し去った。」
「おぉ! では!?」
チェチャルの歓喜の声に天子が頷く。
「うむ、
あれほど激しかった腹の痛みが消えておる。
ジッガ殿、感謝するぞ。
余はもう少しだけ【生】を全うできそうだ。」
「おぉ! 主上様!
ジッガ殿! ありがたき! ありがたき御力!
主上様の御言葉通り!
この縁に感謝致します!」
喜びのあまり膝を突き私に祈りを捧げ始めたチェチャル。
天子にも再び手を取られ感謝の言葉を述べられる。
ソムラルディに目を向けると
「【奇跡の力】は病にも効くかな。
良き証左となりき。」
と、研究熱心な言葉を吐いていた。
どうやら天子は重い病を患っていたらしい。
八方手を尽くしたが病状は良くならず、天子はチェチャルにその座を譲る準備を始めていた。
そんな中、ヌエボステレノスからの使者がやって来たのだ。
不思議な力を持つ少女が建国を成そうとしているので手助けをしてやってくれ、と。
エルフが語るにその【力】は怪我を癒す力を持っているという。
チェチャルは藁にも縋る思いで即断した。
血族の中で最も敬愛し、父とも祖父とも思える主を救うために。
そして、その願いは叶えられた。
「と、いう訳なのです。」
満面の笑みを浮かべ、チェチャルは話し終えた。
大国の丞相で次期天子と定められたチェチャルが、私たちの案内役を務め甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた理由がようやく理解出来た。
「ソムラルディは天子様の病のこと、知ってたのか?」
「無論知れり。
天子殿の病は中々以前なればな。
文にも書きたりき。
ベイデルの提案聞き、
今と思いけり。」
なるほどと得心した。
皇国訪問にやけに積極的だったわけだ。
「それなら最初から教えてくれれば良かっただろう。
カンディがいればもっと魔力循環が楽だったはずだ。」
「申し訳ありませんジッガ様。
主上様の病のことは軽々しく広められませんので。
私がジッガ様おひとりで、
とソムラルディ殿にお願いしたのです。」
「お、ん、そうだったか」
結局とても良い結果に終わったのだ。
もうとやかく言わないでおこう。
今日はこのまま一泊し、明日の朝にシェイピンという【武人】と手合せしたら自治区へと帰還する予定だ。
夕食の際は盛大にもてなされた。
『主上様快癒』の報は【天子の社】の中を駆け抜け、歓喜に沸いていた。
おそらく厨房では大急ぎで料理が作られているのだろう。
最初は普通の量だったが、次から次へと机に料理が並べられていく。
大食漢のドゥタンは喜んでガーランテ料理をかっ込んでいるが、私は既に満腹を通り越している。
「あ~ん、こんなに美味しいのにもう食べられな~い。」
「カンディ、無理して食べちゃダメ!
ジッガもだよ、ほどほどに食べないと神様に怒られるよ!」
「あぁ、分かってる」
文化水準が高い国は料理も美味しいのだな、と感心する。
余裕があるからこそ研究意欲が湧くのだと思えた。
いずれ自治区でも料理に工夫出来るような余裕を持たせたい。
もう料理は大丈夫だから、と食器を下げてもらっていると、こちらに近付いてくる者が居た。
謁見の間で見た顔だ、この男が【シェイピン】で間違いないだろう。
「ジッガ様、
主上様のお身体を癒して頂き心より感謝致す。
まっこと有り難き思いです。
また、明日の腕試しも了承して頂けたとか。
それがし、実に楽しみにしております。」
「おぉ、シェイピン殿。
どうだ? 腕を上げたか?」
「お! キシンティルク殿、
うむ、ぼちぼちだ。
先ほどは挨拶出来ず済まなんだ。
聞けば御子が産まれたとか、おめでとうござる。」
「わは、ありがとう」
随分と楽しそうに話している。
皇国の南には亜人差別の酷い連合王国が有る筈だが、両国の文化交流は皆無のようだ。
「ジッガ殿、
それで、明日の腕試しの方法なのだが・・・」
「シェイピン!」
話している途中でチェチャルが血相変えてやってきた。
どうしたのだろうか?
「お、おう、チェチャル。
なんだ?」
「なんだ、ではない!
貴様!
明日の腕試しでジッガ様に傷一つ付けてみろ?
すぐさま極刑にするからな!」
「えぇ?
それだと腕試しになら・・・」
「やかましい!
ゼダックヘイン様の時は特別だったのだ!
国の賓客に腕試しなど馬鹿のやることなんだぞ!?」
遠まわしにゼダックヘインが馬鹿だと言われている気がするが、キシンティルクが気にした様子は無い。
むしろ本気の腕試しが中止になりそうで残念な表情をしているように見える。
「それにジッガ様を見てみろ!
十歳の少女だぞ!?
貴様はもう四十を超えてるんだ!
将軍としての自覚を持て!」
「う、うむぅ」
確かチェチャルは四十手前の年齢と聞いた。
シェイピンは年下の上司に正論で叱責され、みるみる身体を縮めていく。
しかし正直言えば私もゼダックヘインのように本気で戦ってみたい。
眉尻を下げるシェイピンに助け船を出すことにした。
「チェチャル殿、
さっき会議室でも言った通り、
私もゼダックヘインと同じように腕試ししてみたい。
シェイピン殿の【武人】の力を感じてみたいんだ。
それに【気功術】というのが有るんだろう?
それも見てみたい。」
「う、そ、そうですか?
しかし明日ご帰還前に少しでも怪我を負わせては・・・」
「チェチャル!
貴殿の言う通りジッガ様には傷一つ負わせん!
そんな腕試しの方法にしよう!
それがしに考えが有る!」
「どうせ碌でもない考えだろう?
前もそう言って訓練場を壊したではないか。」
「ぐぬ、ぐぬぅ」
言い争う二人を宥め、とりあえず明日その【方法】とやらを見ることにしてその場を辞した。




