何のために生まれてきたか分かる日はくるのか
ゴブリン退治の話は村中に広まっているようだ。
畑に向かう途中で出会う村人から口々に褒められる。
笑顔で対応して畑仕事に汗を流した。
私とアグトは警備団のスケジュールを伝えられ、四日に一回昼の見回り、そして夜から朝にかけての見回りが一回割り振られた。
警備団の訓練に加わることも度々あり、面識のある人が増えていった。
この村に帰ってきて一ヶ月が経とうとしている。
さほど広くない村だ、二百人ほどの村人の顔は大体覚えたと言っていい。
村人側からこちら側への認知度も同様だろう。
私たち孤児の一団は概ね好意的に村に迎えられている。
ひとまとめで【ジッガ団】と呼ばれ村に溶け込んでいっている状態だ。
しかし、私たちとは逆に村で浮き上がっている存在もいた。
ロイガだ。
ロイガは孤児院退院時にもらった金を半月で使い切り、数日は森から果実を取ってきて生活していた。
しかし最終的には近所に食べ物を盗むため侵入して警備団に捕まった。
十日ほど村の牢屋に入れられ、今日釈放されるはずだ。
反省して真面目に働くようならいいのだが、そうはならない気がする。
畑仕事をしながら広範囲を索敵魔法で警戒する。
案の定、こちらに向かってくる敵意溢れる存在を知覚した。
私の索敵魔法はゴブリン戦後に二種類となり、感覚が変化した。
孤児院時代に開発したのは映像と音を狙って知覚する遠隔認識魔法だが、もうひとつレーダーのように存在感を探り当てる生体看破魔法を開発出来た。
ゴブリンと戦った際に感じていた【敵意】や【害意】のようなもの、それを知覚出来るように試している内に、触覚が広がるような索敵魔法を放てるようになったのだ。
まだ慣れていないため認識魔法ほど遠距離には飛ばせない、今後の課題だろう。
ぐんぐん近付いてくる存在がゴブリンのような敵意を剥き出しにしているのが感じられる。
もはや争いは避けられないのだろう。
覚悟を決めた私の前にロイガが姿を現した。
私の背後にアグトが警戒した面持ちで立っている。
ロイガの凶相にただならぬものを感じているのだろう。
エンリケが離れていったのは警備団を呼びに行ったのだろうか。
さらにリルリカとマグシュが慌てた様子でやってきた。
「ロイガ! 何しに来たの?
私たちにもう関わらないで!」
リルリカが悲痛な声をあげてロイガを詰る。
ロイガはそんなリルリカに目もくれず、私に向かって話しかけてきた。
「おいジッガ、最近調子に乗ってるみたいだな。
同じ親無し同士だ、少し金を寄越せよ。」
「断る。
金は自分で稼いで手に入れろ。」
予測していた範囲を出ない言葉を吐くロイガに、私は冷たく対応する。
「はん、カッコつけの偽善者ヤローが。
俺はこんなにも困ってんのに助けてくれねーのか?」
話しながらどんどんこちらに近付くロイガ
そして隠し持っていた小刀を振りかざす
「危ないジッガ!!」
リルリカの叫びと背後からアグトが近付いてきたことを知覚しながら
私は高速で接近しロイガの踏み出した右膝を踏み抜き破壊した
悲鳴を上げて転がるロイガをうつ伏せにして小刀を握った右手首を掴まえ
その右ヒジを踏み抜いた
パキン、と音を立てロイガの右腕はあらぬ方向を向く
小刀を取り落したことに気付かぬまま激痛のため地面を転げまわるロイガ
そのアゴを私は蹴り抜いて破壊した
そうして漸くロイガは気を失い動きを止めた
それから大して待つことなく警備団がエンリケとともに到着して、ロイガを再逮捕して連れて行った。
このまま村長の所へ連れて行き、治療も施さず村から追放するとのことだった。
その夜、索敵魔法によって近くの森でロイガの命が絶たれたことを知覚し、無意識に身体が震えた。
私はどうすれば良かったのだろうか?
考えれば考えるほど身体が震えてくる。
一緒に寝ていたカンディに縋り付いたまま、
その日は眠ることが出来なかった。
次の日、畑仕事の前に私は独り、ロイガの命が消えた場所を訪れていた。
だが、エンリケの家からあまり離れていない森の中、ロイガを見付けることは出来なかった。
野生動物か魔物に持って行かれてしまったのだろう。
これがロイガの運命ということなのだろうか?
戦争が無ければ彼の運命は違うものだっただろうか?
その日は一日中無心で鍬を振るい、魔力も全力で放ち続けた。
身体中の力を絞り切り、立ち上がれぬぐらいの疲労の中で眠りに落ちた。
そうしなければ、また眠ることが出来なかっただろう。
目覚めた時に気持ちはだいぶ落ち着いていた。
朝食時に一部の作物の収穫を相談された。
本来なら二、三ヶ月かかるはずの作物の生育が一ヶ月でされている。
異常な状況のはずだが、この小さな村にその異常性に気付く者はいなかった。
しばしば様子を見に来るシェーナもまるで疑問に思わず、『成長の速いのと遅いのがあるんだねぇ』と、のんびりした感想を漏らすだけだった。
魔法の存在する世界なのだ、過去に同じような事例があったのかもしれない。
朝食後、みんなで収穫をすることになった。
シェーナから収穫の仕方は学んであるので、みな腰を痛めながらも作業は出来た。
七人全員作物でいっぱいのかごを背負い買取所へ向かった。
村長の言伝は確かに有ったようで、少し割高で買い取ってくれた。
顔馴染みとなっている買取所の男性から村の徴税の仕組みも教わった。
私たちは畑の作物をこの買取所で売ること自体が納税になるそうだ。
野菜のみならず狩りの獲物や集会所で作る布製品、それらの一部を街に運び、役所を通して国へ収めて納税という仕組みになっているらしい。
いままでに一回だけ村にきた調査官を見掛けたことがある。
おそらく活用している畑の面積などから、収める収穫量を測っていたのだろう。
そうして決められた一定の収穫量を街へ運んで収め、納税分以外の村の産物は買取時より高い価格で街の業者へ卸し利益を得る。
その収益でまた村内で収穫物を買い取っていくのだ。
「なるほどぉ、じゃあワタシたち今日初めて納税したんだぁ。」
「何言ってんだカンディ、お前らもうイノシシとかいろんなモン売っただろ?
あれも全部納税に繋がってんだぞ?」
「えぇー? アレも全部そうなんだ?
ワタシって世の中のこと全然知らないんだなー。」
「そんなの子供で理解してる方がビックリだろ。
あ、いや、ジッガは理解してそうだな?」
「いや、私も知らなかった。
学ぶべきことは幾らでもあるんだな、ということがわかった。」
「かぁー、ジッガは本当にガキっぽくないねぇー。」
壮年の男性の歯に衣着せぬ言葉に苦笑しつつ、私は買取所をあとにした。
空っぽのカゴを背負い、私たちは畑に戻ろうと歩いていた。
そんな中アグトが問い掛けてきた。
「ジッガ、畑の作物に関しての流れはみんな理解出来た。
あと前に話していた【狩り】の方はどうする?
ゴブリン戦も経験して実戦に向けた戦闘訓練は充分だと思うが?」
やる気のあるアグトの提案は良いものだと思う、だが私はいま現在、森に入っていくことに強い拒否感があった。
森に入っていってロイガの【痕跡】を見付けてしまうことに恐怖を感じるのだ。
森に向かって認識魔法を飛ばすことも出来ないでいる。
自分の弱さを痛感しながら私はアグトに返答した。
「エンリケの防具のこともある、焦らずに行こう。
【狩り】をそんなに急がなくても、
まだ手付かずの畑をどうするか、という問題もある。
出来ることをまず片付けてから危険を伴う仕事に取り組もう。」
「なるほど、道理だな。」
アグトが納得してくれて安心した気持ちになる、と同時に恥ずかしさも感じた。
私は自分自身の弱い気持ちから出てきた今の言い訳が、恥ずかしいし許せないのだ。
こんなことではこの国を打倒することなど出来やしないだろう。
我知らず怒りが湧いてきて、またカンディに顔が怖いと注意されてしまった。
その日の夜、私はカンディに頭を撫でられながら寝床についていた。
「ねぇジッガ、昨日からなんか無理してない?
心配事とかあるんじゃないの?
ロイガのこと、気にしてる?」
カンディにはいつも心の中を当てられてしまう、私は本当に感情が表情に出ているのだろうか?
「あぁ、ロイガはたぶんもう死んでいる。
そしてそこまで追い込んだのは私だからな。」
私は魔法のこと以外は正直な気持ちをいつもカンディに話している。
今もまたロイガについての心のわだかまりを吐露した。
「それはそうなんだろうけど、ジッガは悪くないじゃない。
二回ともあっちからやってきたんだよ?
ジッガは殴られたり刺されたりすれば良かったの?」
「そこまでは言わないけど……、
でも……、何か他の対応をすれば何か違ったかなと思って……」
私の弱気な言葉にカンディは力強く答えてくれた。
「ジッガ! 何も違わないし何も変わらない!
起こってしまったらそれはもう変えられないの!」
「え、あぁ、そうなのだけど反省としてああすれば良かったとか」
「反省すること自体がもったいないことがあるの!
ロイガのことを考えるヒマが有ったら私たちのことをもっと考えて!」
「え?」
「ジッガにはもっと考えるべきことがあるでしょ!?
私たちのこと、村のこと、何よりジッガ自身のことを考えないと!」
カンディの言葉に私は胸を射抜かれる思いだった。
私は同じ境遇で道を外れたロイガに自分を重ねていた。
国の転覆を企む私もロイガと大差ないように思えていたのだ。
だがロイガと私は違うのだとカンディは気付かせてくれた。
ロイガは自分のことも他人のことも考えていなかっただろう。
確かに私はもっと周囲の人間のことを考えなくてはいけない。
そして私自身のこともしっかりと把握しなければと思う。
こんなことでは私の人生はロイガの様にあっという間に閉じてしまうことになる。
カンディを安心させるように笑いかけ、私は仰向けになり目を閉じた。
心の奥底にある炎が静かに燃え拡がるのが感じられた
立ち止まらない
立ち止まれないのだ
この国を打倒するまでは
絶対に