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滂沱の日々  作者: 水下直英
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人は歳を取る度に何を得て何を失うのか


 この日は獣人の国東側に在る、皇国へ繋がる山間やまあいの獣道手前で一泊することにした。


交代で見張りを立てながら仮設テントで休息する。


私の番は明け方近くだったのだが、うねうねとこちらに近付く巨大なナメクジのような灰色の生物を発見した。


片手剣を使用したくなかったので、投石で次々撃ち抜いていく。


ネバーっと地面に広がりながら絶命していく気持ち悪い物体。


二十体ほど仕留めた辺りで打ち止めとなった。


戦闘音によって起きてきたキシンティルクに訊いてみたら、その正体は【スライム】だった。


前世の記憶と大きなへだたりを感じた、可愛らしさの欠片も無い。


ザックザックと深めの穴を掘り、身体に触れないように魔力で落とし入れた。


ハテンサに怒られそうだが、気持ち悪いものは気持ち悪い。


ゲーナとカンディも共感してくれたので『気持ち悪いよなぁ』と一緒に呟いていたら、意外なことにウーグラまで『本当ですよねぇ』と同意してくれた。


『旅は人の意外な一面を見せる』という話は前世のものだったろうか?


何にしろ、この日はこの気持ち悪い生物以外特筆すべきことも無く、獣道を突っ切って山を越え、出口にあった皇国の警備隊詰所へ辿り着けた。


キシンティルクとソムラルディがいたことで時間を掛けず通行許可が下り、少し進んだ先の平たくなった場所でもう一泊した。


この夜は魔物に襲われることなく、早朝に無事出発することが出来た。


こうして、私たちは馬を走らせ旅をすること三日目の昼過ぎ、皇国の首都【ラストゥーリア】へ到着することとなった。



「ほぇ~、立派な街だねぇ。」


カンディが感心するのも無理はない。


獣人の国の首都であるヴァーブルドムバもおもむき有る素晴らしいものだったが、このみやこは【格】が違う。


『華やか』という訳ではない、むしろ『慎ましさ』を感じる。


清雅せいが』と言い換えても良い、何というか、『品』が有るのだ。


この国の持つ長い【歴史】がそうさせるのだろうか、いや、そう思わせられてしまうのだろうか?


整然と立ち並ぶ建物は色合いが統一され、街道は隅々まで掃き清められている。


家屋の間は全て石壁で区切られている、恐らく火事の際に延焼を防ぐ為だろう。


この世界では鉄が貴重な為に【釘】が存在しないので、【自治区】では材木同士は木組みで繋がれ、薄い板はくさびの形をした木材で貫かれ固定されている。


だが皇国には独自技術があるようだ。


壁は石材と木材が組合わせられグラデーションに彩られ、ピッタリと繋ぎ合わされた屋根はまるで一枚板のように綺麗に揃えられている。


「すごいな、どういう技術が使われているんだろうな?」


「ホントだな、

 初めて見るもんばかりで何に驚いているのかわかんねぇや。」


ドゥタンが田舎者丸出しの様子で、口を開け周囲を見渡している。


先程都の入口で身分証明は終えていたので不審者扱いはされないが、ソムラルディには他人の振りをされていた。


道行く人々は異国の装束ながら文化の高さが見て取れる佇まいで、時折こちらに視線を送ってくる。


「ドゥタン、いや、他の皆も聞いてくれ。

 さっきも言ったが、ここは獣人の国とは違う。

 礼儀作法には十分に気を付けるんだ。

 不敬罪とか下らぬ理由で仲間を失いたくないからな。」


「分かってる、

 王様のとこに行ったらひざまずいて一言も喋らねぇって。」


「ドゥタン、王様じゃなくて【天子様】だ。

 既に不敬罪の対象になってしまってるぞ、

 もう口を開くな。」


「うへぇ」


ドゥタンとツセンカあたりが特に怪しい礼儀作法をする。


最も礼儀作法に問題が無いのはベイデルだった。


若くして近衛兵の経験も少しあるのだとか、エリートというやつなのだろう。


キシンティルクも前王の息子としての教育が行き届いているのは、普段の流麗な動きからも垣間見える。


ただ獣人の国は礼儀に無頓着な為、人間の国の作法に未経験なところがあった。


この二泊の旅の間に二人から多少の心得は教わっている。


だが、


前世の記憶の中にあった大神殿と見紛う石造りの【天子のやしろ】を前にして、ベイデルまでもが二の足を踏んでいた。


案内役を務める壮年の皇国文官が穏やかな笑みのまま、奥へ進むよう促してくる。


男女別に部屋へ案内され、侍女たちの手により旅の汚れが払われたのち、初めて見る衣服に着替えさせられた。


「うんうん、みんな似合ってるよ。

 すっごく可愛い。」


ゲーナがニコニコと褒めてくれる。


ゆったりとした衣服は着心地がいいのだが、やけに上衣の裾が長い。


着ている服の動き易さなどを確かめていて、ゲーナを褒めていないことに気付く。


どうしようか?


褒められたのだから、お返しに褒めた方が絶対いいと判断した。


「あ、あの、ゲーナも・・・」


「では御準備出来ましたようなので御案内致します。

 こちらへどうぞ。」


ウーグラとカンディの着替えを終わらせた侍女長らしき老婆が声を掛けてきた。


素直に従い廊下へ出るとカカンドらが既に着替え終えて待っていた。


女性の御召替えを褒める気遣いを持つ者はおらず、軽くため息を吐く。


天子に献上する品は警護の武官が運んでくれた為、私たちは身軽なまま先程の文官により謁見の間へと連れて行かれた。



 引き戸を開けられ広い謁見の間へ進みいる。


予想通り、厳重に警護された御簾みすさえぎられた奥にいるのが天子なのだろう。


失礼にならないよう、私を先頭として音を立てぬようスススと進み、両膝を突き頭を下げる。


皆ちゃんと出来ているだろうか、と心配していると、先程案内してくれた文官が声を上げた。


「【主上しゅじょう様】、

 ヌエボステレノス内リベーレン自治区より、

 区長で在らせられますジッガ様、ご来訪でございます。

 よしみを結ぶ一歩目のお言葉を賜れますようお願い致します。」


「うむ、ジッガ殿、よく参られた。

 ソムラルディ殿も、壮健そうで何より。

 あとで昔語りなどをゆるりと致そう。」


想像よりもだいぶ年老いたような声が聴こえてきた。


少し戸惑うが、黙っていては失礼に当たる。


この天子の挨拶を受け、まずはソムラルディへ振り返り、言葉を促す。


「まさに久しぶりなり。

 天子殿もすくよかそうに何より。

 本日はありがたき幼娘をぐして参りき。

 いかにも【精霊の力】を見聞すべし。」


「ほぉ、知らせに有りし【精霊の力】か。

 どのような力なのか?」


「そは研究中なり。

 されど確かに有る力なり。

 御自分にも感ずべし。

 【偉大なる魂】へ繋がる感覚を味わうべし。」


「なるほど、斯くあるか。

 それはこの場でも出来るか?

 魔法阻害の術が巡らされておるのだが。」


「ほぉ、どうだジッガ?」


どうやらこの部屋の中は【魔法阻害】とやらの術が掛けられているようだ。


通りで五感の能力が落ちたような気がする訳だ。


だが完全に魔力が遮断された様子は無い、【半減した】という感覚だ。


仲間たちからの【信頼】も確かに感じられた。



「問題無さそうだ。」


「さりか。

 では天子殿、始めよろしや?」


「うむ、

 具体的に何をするのか?」


ソムラルディがこちらに視線を向けたので、私が答える。


「はい、

 私の【精霊の力】は何の効果が有るのか判明しておりません。

 ただ光が現れ、天に昇ったり、その場の人々に降り注ぐだけです。

 それで良ければ、ご覧頂きたいと思います。」


この言葉に、天子は御簾の奥で戸惑うような身じろぎをした。


「ほほぅ、何やら理解出来ぬのにそれが【精霊の力】と……、

 ソムラルディ殿らしくない、先程の不明瞭な物言い……、

 逆に楽しみになってくるのぉ! ふぉっほっほ!」


「主上様」


興奮気味になった天子を脇に控える文官が宥める。


「おぉ、あいや、すまなんだ。

 ふぉほ、ソムラルディ殿が変わらぬ姿のせいかの。

 余も若返った心持ちになってしもうた、ふぉっほ。」


天子は【精霊の力】に興味を持ってくれたらしい。


あとはやるだけだ。


天子が笑いを収め、静けさが戻る。



「天子様、お初にお目に掛かります。

 リベーレン自治区の区長を務めております、

 ジッガ・リベーレンでございます。」


「うむ、こう見るとほんに幼いのぅ。

 【精霊の力】だけでなく、【魔法】も使えるとか。

 この場は魔力が阻害され辛かろう? 大事ないか?」


「確かに抑えられておりますが、平気です。

 お心遣いありがとうございます。」


礼を言って再び深く頭を下げる。


ふと、天子から魔力が放たれたのが分かる。


索敵魔法でも掛けられたのだろうか?


顔を上げ、少しぼんやりしてしまったのを感じとったのか、天子から声を掛けられた。


「ふぉっほ、今のを感じ取るかや。

 許されよジッガ殿、

 悪意無き者か【術】にて試しただけじゃて。」


「は、その魔法ならば私も心得ています。

 ソムラルディに師事したためエルフ式のやり方ですが。」


「おぉ、そうかそうか。

 これは【めでたし】幼子だ。」

 ソムラルディ殿、実に【ありがたき】子だのぅ?


「うむ、げに【ありがたし】。」


カッカカ、フォホホと笑い合う老人たち。


妖怪の巣に放り込まれたような、居心地悪い思いを感じて、ただ笑い声が止むのを待ち続けた。




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