他者の恋路を心配する前にすべきこととは
穏やかならぬ単語を聞き、私は眉をひそめた。
「いや、そんなに構えなくていいさ。
ただよ、俺みてぇに大怪我したあとに、
お前さんの【奇跡の力】を受けて回復してくと、
【命を賭けられる】って強く思えるんだ。」
「ん、それで?」
「そんな奴らなら、
多少危険な任務でも臆せず出来る、もちろん俺らもだ。
戦争になれば確実にそれが突破口になる。
今の内にそういう部隊を作れば大きな力になるぞ。」
「そうか、却下する。」
「あ!?」
意気軒昂に語っていたが、賛成出来ない話だ。
「私はそのような部隊を望まない。
ハザラ、キミは戦争に毒され過ぎたのではないか?
人の生命を軽く考えているように見える。
難しい任務ならば私が務めよう。
私でも危険だという任務ならば、誰にも任せたくない。」
「ジッガ、お前さんの方も【戦争】を甘く見過ぎじゃねぇか?
やらなきゃやられる、それが戦争だ。
仲間が死ぬのを躊躇ってちゃ全員死ぬぜ?」
「む、それはそうだろうが……、
やはり私は【仲間】に【死】を強いる真似はしたくない。
【奇跡の力】に恩を感じてくれているならば、
その拾った生命を、もっと大事にして欲しい。」
私とハザラの視線がぶつかり合う。
溜め息を吐いて、先に視線を落としたのは彼の方だった。
「んー、まぁ今は引いとくか。
でもよジッガ、
世の中綺麗事だけじゃ回んねぇんだぜ?
それは覚えときな。」
「わかった、肝に銘じよう。
いざという時の判断に迷わぬようにな。」
「あぁ、その『いざという時』が来ねぇよう、
俺らが知恵を絞らねぇとな。」
そう言い残し、ハザラは子分に支えられ去っていった。
最後に残った相談者はハテンサだった。
いつも快活な彼女だが、何やらバツの悪そうな顔で頭を掻いている。
「どうしたんだハテンサ?
話があるんじゃないのか?」
「いやぁ、そうなんだけどさ。
他の連中がすげぇ真面目な話をしたもんでね?
アタシの相談事がちょっとアレかなぁってさ。」
どうやら大した話ではないらしい。
今度こそ平和な相談の予感がして、先を促した。
「話っていうのがね、ベルゥラのことなんだ。」
「うん、ベルゥラがどうかしたか?
最近すごく頼りにしてるぞ?
あ、働かせ過ぎたか?
結構色々してもらってるからな。」
エンリケがしていた仕事は武器防具作成以外、その殆どをベルゥラがこなしている。
エンリケ以上の魔力量を持つ彼女に最近甘え過ぎていたかもしれない。
疲れが溜まっている苦情を母親であるハテンサが言いに来たのかと思われた。
「いやいやいや、違うんだ。
ベルゥラは嬉しそうに仕事してるよ。
大切な任務を任せられて張り切ってんだ。
大丈夫だよ。」
「それは良かった。
ん? じゃあ何なんだ?」
慌てて手を振り否定するハテンサに安堵したが、一向に相談内容が見えてこない。
だが、ようやくハテンサは相談を切りだした。
「なんだかね?
最近あの子ったらエンリケとやけに仲が良いんだよ。
まぁまだ結婚とかそんな歳じゃないけどさ?
なんか気になるじゃないか。」
「ふぇ~? ベルゥラってエンリケのこと好きなのぉ?」
カンディがずいずいと身を乗り出し会話に入ってくる。
「いやいや、まだ決まっちゃいないよ?
たださ、親としちゃ気になるじゃない?
エンリケってリルリカとも仲いいじゃないか、
アレって結婚の約束してるとか、
そんなのじゃないかい? なんか聞いてないか?」
「私は聞いてないな。
カンディ、聞いてるか?」
「聞いてないなぁ、でも気になる!
ハテンサさん、ワタシ今度聞いとくよ!」
「あぁ、お願いするよ。
あ! アタシがいま話したこと、
絶対秘密だよ! 言ったらタダじゃおかないからね!
後ろのエルフ! アンタもだよ!?」
「我がさる些事に関わるまじ。
安心し戯れよ。」
ソムラルディの呆れた声が聴こえた、『どうでもいい』という心情が窺える。
ハテンサが『頼んだよ』と言い残して去っていく。
夫を病気で亡くしているので父親代わりという気持ちも、彼女を気負わせているのかもしれない。
カンディはこういった恋愛話を好むらしく、何度もこのような話題を振られる。
自治区でも暮らしの安定を示すかのように、既に二組の夫婦が誕生していた。
早く諸問題を片付け、国を興し、アヴェーリシャを打ち倒そう。
そうすれば人々は、ハテンサのような平和な悩みだけを抱え生きていける。
夫婦が増え、子を生し、愛情に包まれて子供が育っていき、大人になってまた子を生す。
そんな国を創り上げることが【使命】に思えてきた。
人々の平和な生活を想像していると、こんなに胸が暖かくなるのだから。
会議室に残されたのはいつもの三人だった。
と、ソムラルディが先程のグリフォンの件で質問を始めた。
「ジッガ、グリフォンのこと、如何思う。
歳を経し魔物は知恵を高むと噂には聞けり。
【闇の力】より生まるる魔物、
それが知恵を付け、最期は如何なる?」
「最期、とは?
死ぬ以外に何かあるのか?」
「グリフォンはヒトを襲わず。
魔物は本能的にヒトを襲う。
この違いは何なり?
グリフォンは【悪しき神】より逃れ得たや?
【闇の力】より抜け出しし魔物の最期は?」
確かにそうだ。
【魔物】は人類を襲う存在の筈だ。
そういう意味でグリフォンは最早【魔物】ではない。
言葉も操るという彼らと【ゼダックヘイン】の違いは何だ?
もしかすると獣人の国を興した【神祖】なる存在とは、ソムラルディの問いに応えるものなのでは?
ソムラルディと意見を交換し合う。
彼は流石に研究者らしく、私の考えの一歩先を行っていた。
精霊国に伝わる【精霊】もまた、【魔物】を超えて進化した存在なのではないか、と疑念を抱いたらしい。
「獣人が魔物の子孫、興味深き案なり。
されど今の獣人は人に近過ぐ。
なお人の言う精霊の存在に注目や。
精霊国の精霊とルイガーワルドに伝わる精霊の物語には齟齬あり。
そのことに重点を置きて考えみよ。」
ソムラルディがいつもの講義の口調になり、問いかけてきた。
精霊国での伝承だと【水】に関わる奇跡が多い。
現在力を失くした精霊は泉に眠るという。
対してハッゲルやベイデルから聞く精霊伝承では【光】に関する話ばかりだ。
つまり精霊国の【精霊】とはエルフやルイガーワルドの言う存在では無く、【魔物】が【悪しき神】の支配を逃れて【善き神】に近付いた存在である、と言いたいのだろう。
そう伝えると、「合格なり」という【ありがたい】お言葉を頂いた。
ソムラルディと熱く交わした魔物談義だが、あくまで推論であり確定ではない。
迂闊にウーグラやチュバリヌらに伝えて良い話ではない。
『信じていた存在は魔物でした』などと言われても到底呑み込めない話だろう。
ぼんやり聞いていたカンディにも固く口止めした。
同様に私の推論も獣人たちに絶対言わないよう言い含めた。
ゼダックヘインは既にその可能性を見い出しているようだが、ボストウィナたち国民はそんなことを露とも知らず生活している。
知ったところで何も益が無く、ただ不快な思いをさせる結果になりかねない。
あくまで【推論】であることをソムラルディと確認し合い、会議室を出た。
それからまた数日後、精霊国経由での連邦国避難民の受け容れが行われた。
当面の食糧に不安は無いが、住む場所は集落外れに設置された大きなテント式の住まいしか用意出来ていない。
集落から離れた、西の訓練場近くの広い場所で、幾つかの集団に分けられた避難民が、私の生体看破魔法とこれからの生活についての説明を受けていく。
聞いていた通り子供が多い。
親に固く抱きしめられたまま通り過ぎていく者もいる。
彼らは幸せだ、親の愛を享受し、共に困難を乗り越えようとしている。
それに対し親たちは【害意】に燃えている、もちろん私たちにではなく【祖国】へ。
そんな【怒り】の感情だけは的確に読めるようになった私は、ふと思った。
こんな【化け物】のような【異能】を持った私は、容姿以外、【ゼダックヘイン】や【グリフォン】と何の違いがあるのだろうか、と。
私は本当に、【人間】なのだろうか?




