他人に大きく共感を覚えるのはどんな時か
カンディの発言は会議参加者の眼を丸くさせるものだったが、様々な意見の呼び水となった。
「ジッガ自身が出向いて行って捕まったりしたら洒落になんねぇぞ?」
「我が諸共に行く。
さる結末にはなるまじ。
我に任すべし。」
やけに力強くソムラルディが請け負ってくれる。
やはり過去の中立国関連で色々伝手があるのだろう。
「上手く事が運んで向こうの【天子様】に会えたとしてさ、
どう【精霊の力】を魅せるんだい?
あれって心の結びつきが必要って話なんだろ?」
「ソムラルディが一緒に行くってんなら、
かつての【帝国】との戦争での戦死者を弔ったらどうだ?
それが出来りゃ【アバディマヘイド】と帝国とも交流の機会が出来る。」
「それは気が早過ぎじゃろう。
現状なら皇国からの支援と交易のみで乗り切れる筈じゃ。
それに他二国はちと遠過ぎる、安定した交易は難しい。」
ガーランテ皇国との交渉が一気に現実味を帯びてきた。
皇国の首都へは往復でも一週間掛からぬ距離らしい。
ソムラルディが何度か訪れたことが有ると言うので、間違いない情報だろう。
ゼダックヘインに仲介を願う遣いを出したり、スィチャカに了承と返答することが確認され、会議は終了した。
ラポンソからの情報やベイデルの知恵など、実り多い会議だったと充足感がある。
ふと気になることがあり、振り返って問いかけた。
「カンディ、
ゼダックヘインのこと、【ゼダ王】って呼んでるのか?」
「うん、みんなそう呼んでるよ?」
「そ、そうか。
一応この国の【王様】なんだがな……」
カンディの言う【みんな】とは、同年代の子供たちのことだろう。
アグラスやゲルイドが「ゼダ王すっげー!」と言っている様がすぐに想像出来た。
あの異形の国王は、人間の子供たちからも気安い存在なのだという証明に思える。
アヴェーリシャ国ならば確実に【不敬罪】なのだが、獣人たちならば皆笑って許してくれると思う。
そう思わせる存在に私もなりたいものだ。
畏れられるだけの国王の許では、『安心して暮らす』ことなど出来ないだろうから。
移住者受け容れを了承し、スィチャカが喜び勇んで帰国していった数日後、今度はキシンティルクがボストウィナらを引き連れ訪問してきた。
ボストウィナは荷馬車に積んだ作物を持参していた。
「ジッガ、カンディ、
お前たちのおかげ、作物いっぱいだ。
おすそわけ、やるぞ!」
「お、おう、感謝する」
獣人たちの底抜けのお人好しさには脱帽する。
深井戸や【実りの種】のお返しなのだそうだ。
こんな調子で【税】の代わりに国王へ【おすそわけ】しているのだろう。
以前首都で井戸掘りをした時も、調味料を礼代わりにたくさん持たされた。
ボストウィナたちには返礼品として、保存加工した【魚】を贈ることにする。
「いいのか?
くれるなら、もらうぞ?」
「あぁ、構わない。
貰ってくれ、【魚】、好きだよな?」
「好きだぞ!」
心から喜びを表現され、何度も抱きついてくるボストウィナを宥め、キシンティルクに今回の訪問の用件を確認する。
ボストウィナと対照的に難しい表情を崩さない剛毛の騎士に、嫌な予感を覚えた。
「また、人間が、文句言ってきた。
ジッガ、知恵、貸してくれ。」
またしても区役所の一室で会議が始められる。
精霊国のレヂャンバ一派との戦いに勝利して以降、外交問題が尽きることなく湧き出てきている気がしてならない。
いや、実際そうなのだろう。
あの戦いによって連邦が我が自治区の存在に脅威を感じ始め、各地に様々な影響を及ぼした結果が現状の一連の流れを形作っているのだ。
ヌエボステレノスに文句を言ってきた国とは、やはりオンベリーフド連邦だった。
国境を接するとはいえ、連邦と獣人の国の間に通れる道は無い。
東の聖公国を通って来訪したらしい。
その際に聖公国の使者も同伴してきたという。
「国から逃げた者、『返せ』言ってる。
聖公国も、同じ事、言ってる。」
「はぁ? 聖公国は関係ないだろ?
あの国から来た者はいないぞ?」
「【聖女】の資質持つ者、返せと。
ジッガ、お前のこと。」
思わず閉口してしまう。
【聖女】と名乗るな、と難癖を付けておいて、私に【力】が有ると知った途端に手の平を返して我が物にしようとする。
聖公国は【司祭長】という人物が統領として国政を取り仕切っていると聞く。
この恥知らずな要求はその者からの指示なのだろうか?
そして連邦からの避難民の返還についても悩ましい。
我が自治区としては無視を決め込みたいが、獣人の国に迷惑を掛けることはしたくない。
これが原因で両国が険悪になり、戦争にでもなったら申し訳ないでは済まない。
ゼダックヘインはきっと共に戦ってくれるだろう、とは思う。
だが愚か者たちのせいで獣人に無為な犠牲者を出すなど許されぬことだ。
アヴェーリシャとの戦争に巻き込まれたルイガーワルド王も、こんな気持ちになったに違いない。
「さて、どうしようか?」
「どちらの要求も呑めねぇんだ。
俺たちとしては曖昧な返事をして
やんわり断り続けるのがいいんだろうが、な?」
カカンドが発言しながらキシンティルクをチラリと見やる。
「ヌエボステレノスには迷惑を掛けたくない。
信義にもとる行いは絶対にしない。」
「あっは、それも【国是】かい?」
「候補として入れておいてくれ」
私の言葉に皆少しだけ笑顔を見せるが、すぐに顔を引き締める。
「そうなると、
癪だが何かしら代替品を献上して乗り切る、とかか?」
「それだと連邦はともかく、
聖公国の方は簡単に納得しないだろう。
本気でジッガを差し出してくると考えてはいないだろうしな。
何を思ってこんな要求をしてきたんだ?」
「前回やって来たナールメイナって司祭の態度を考えれば、
意外と本気で考えてるのかも知んねぇな。」
「まさか」
皆が顔を見合わせ、僅かの間、沈黙が流れる。
一様にあのヒステリックな狂信者的振る舞いを思い出したことだろう。
「今回もまた、あの人間の女、来てる。
正直なとこ、理解出来ない。」
「そんなの真面には相手したくねぇな。
キシンティルク、国境に兵は置いてるのか?」
「連合王国、まではいかないが、
聖公国、アレも危険だ。
公道は、警戒している。」
「そんならいい、
ああいう輩は何するか分かんねぇからな。」
敵対性の高い国にはちゃんと防衛意識を持っているようで安心した。
その代わり精霊国や皇国などの友好国には、欠片も警戒心を抱いてないようだが。
「北の国々、不作と聞いてる。
食糧求め、戦争、懸念している。」
「そんな時にこの難癖か。
確かに、変に刺激したくないわな。」
腕組みしたまま、カカンドが悩ましげにため息を吐いた。
すると、今まで黙っていたハザラが口を開く。
「よぉ、キシンティルクの旦那。
その【連邦からの要求】だけどよ、
誰の使いが来たんだい?」
「ぬ? 連邦国代表、だ。
【ジャッタール】、連邦の、首長だ。」
「なるほどな」
「何が『なるほど』なんだ?」
急に笑顔となったハザラの様子に、私は思わず問いかけた。
「なに、連邦は国民が逃げ出すほどの内乱を起こしてんだろ?
そんな中、七つの領地が仲良くこんな抗議をしてくるか?」
「あ、『なるほど』な。
つまりこの要求はジャッタールってやつの独断専行か。」
「あぁ、聞けば小領地同士はどこも仲良くねぇ。
小さめの領地同士が不可侵を取り決めてるぐれぇらしい。」
「てこたぁ、返事の仕方は大体決まったな。」
「そういうことだ。
『避難民を返還するとして、
各領地へどう帰すか安全な方法を示して欲しい。
後々問題にならないよう、各領主のサインも添えて欲しい』
そんなとこだろ。」
「そんな返事をして、
それを契機に七つの領地が心を一つにする、なんてことは?」
「各領地が三十人ぐれぇの領民取り返すために、
今までの争いの人間や富の犠牲を忘れられると思うか?
仮に本当に書面を出されたら、
『本物と確約出来る証拠を添えろ』と突っ返しゃいい。
どうせ偽物しか出してこれやしねぇよ。」
かなり納得させられる提案だった。
それぞれ私に視線を向け頷いている。
キシンティルクがひとまず安堵の溜息を吐いていた。
だが、問題はもう一つ残っている。
「ハザラ、聖公国の方はどうしようか?」
「相手の意図がハッキリ分からん以上、
連合王国相手と同じ返事をするしか無ぇだろう。
【聖女】じゃなくて【精霊】だ、ってな。
ソムラルディがここに居ることも知ってんだろ?」
「確かにそうだな。
キシンティルク、ソムラルディ、
それでいいだろうか?」
「うむ」
「構わず」
会議室から緊張感が薄れていく。
前回に引き続き、難題を次々と片付けていく仲間たちを心強く思え、感謝の気持ちを伝えるのと同時に【祝福の光】が舞い降りてきた。
笑顔になる者、祈り出す者、感涙を零す者、恍惚の表情を浮かべる者、慣れた現象とはいえ、みな嬉しそうで私も嬉しくなる。
しかし、その後でキシンティルクと世間話をしていて、私たちは緊張感を取り戻すこととなった。
「なに!? キシンティルク!
【北の怪物】を知っているのか!?」




