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滂沱の日々  作者: 水下直英
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諦めた時、そこには何が残されるのか


 扇状地から北と北東の山林では何箇所かでやぐらが組み上げられ、警備団の詰所が建設されている。


最近訓練に熱を入れているアグトだが、兼任する伐採作業やこの詰所の建設などで忙しく動き回っていた。


ハッゲルらルイガーワルド兵士団たちも、こういった建造技術に心得があるとのことで作業に加わっている。


先日の会議で団長代理として参加していたベイデルが、兵士たちに指図する姿もある。


訊いてみると若くして兵士団の参謀格なのだとか、人は見かけによらない。



 彼ら兵士団がこちらに参加しているので、現在扇状地の警備には精霊国からやってきたウーグラの一団が残されている筈だ。


彼女たちは先日のレヂャンバなるやからの襲撃のせいで一時警戒されていたが、精霊信仰から成る敬虔な生活態度により、再び区民の信頼を得ている。


【精霊信仰】は【サラパレイメン聖公国】のように母体集団をようする宗教ではないが、弱者を助けた精霊にならい老人子供をいつくしむ教義を持つ。


仕事の合間に見られる清廉な奉仕活動は、何の見返りも求めない美しい行いに思えた。


それは特に連邦からの避難民の暮らしを大いに助け、区民間の融和に大きく貢献してくれている。



 ラポンソら避難民の話と、精霊国議員であるチュバリヌからの情報によると、いま北側に存在する国々では【不作】が続いているらしい。


北西に在る精霊国の貧しさは既に伝え聞いているが、北東の聖公国も食糧問題を抱えているそうだ。


以前狂信者のような司祭が難癖をつけてきたのも、そういった背景があったことが窺えた。


また、北の連邦での領地同士の小競り合いも同様の問題による争いではないか、と会議で推論が出された。


少ない食糧を奪い合い、作物の実りが良い地域を奪い合う、そのあおりを受けラポンソらが避難する状況になったのではないかと言うのだ。


かつてリベーレン村で過ごしていたスムロイ元村長らは『それに比べ自分たちは恵まれてた』と述懐する。


国に隠し続けた【実りの種】の魔法により、過去百年の間、不作を経験してこなかったことを、僅かな望郷の念を交えしみじみと話していた。


自治区に暮らし始めてからは、更に【土に魔力を練り込める】ジッガ団が、拡張していく畑に魔法を掛け続け、驚異的な速度で作物を実らせている。


苦しかった最初の一ヶ月を乗り越えて以降、食糧問題は影も形も無くなった。


飢えに苦しまずに済む、それだけで自治区へ移り住んできた他国出身の者たちは日々感謝の言葉を口にしているのだとか。



 完成されたやぐらのもと、額に汗して働く仲間たちの姿に頼もしさを覚え、そろそろ【視察】を終えて帰ろうかという頃に緊急報告が伝えられた。


「ジッガ!

 また【避難民】だ!

 若い夫婦が一組! 幼子を抱えている!

 他のやつがもうすぐ連れてくる! 受け容れ準備を!」


「わかった!

 誰か! 何人かで休ませる場所を確保!

 温かいスープも作っておくんだ!」


周囲が慌ただしく動き出す。


カンディが小屋の隅に整えられた休息場所を【浄化】で清めるのを手伝っている内に、生体看破魔法で警備団員に囲まれ近付いてくる存在を感知した。


しかし……。


「あぁ! どなたが精霊様でしょうか!?

 子供を! 【ナパリィ】を助けてください!」


「お願いです!

 娘を! どうか!」


若い男が三歳ぐらいの幼児を胸に抱き、その妻が泣き叫んでいる。


幼児は顔を蒼褪めさせたまま、ピクリとも動かない。


魔法によって私は既に分かっていた。


幼児はもう【死んでいる】のだと。



 連れて来た警備団員たちも沈痛な面持ちでいる。


子供が死んでいることを薄々勘付いているのだろう。


「私がジッガだ!

 こちらへ! 早く!」


心を奮い立たせ、夫婦を大声で呼び寄せる。


藁の上に布の敷かれた簡易な寝床に子供を横たえらせ、すぐに全開の【魔力循環】を始めた。


「ナパリィ!

 キミの父と母がキミの【還り】を待ってるぞ!

 戻って来い! 戻ってくるんだ!」


呼び掛け続ける私の横で、カンディも真剣な表情で精神安定魔法を浴びせ続ける。


夫婦も懸命に娘の名を呼び続けた。



 だが、どれだけ魔力を流しても、幼児の身体に生命の残滓が戻ってくることはなかった。


夫婦が身体を寄せ合い泣き崩れている。


『駄目だった』と未だ口にすることが出来ず、私は幼児の手を取ったまま脱力した。


「ジッガ……」


私の名を呼び、精神魔法を掛けようとしてきたカンディを右手で制し、夫婦の方へ向き直る。


「すまない。

 助けることが、……出来なかった。」


歯を喰いしばり告げる。


夫婦は涙を流したまま首を横に振り、『いえ、分かっていました』とだけ答え、また抱きしめ合い、嗚咽を漏らし始めた。


「自治区へ連れていき、葬儀を行おう。

 その前に、娘さんの魂に祈りを捧げたい。

 いいだろうか?」


夫婦の力無い了承をもらい、近くに招き寄せ、祈り始めた。


「幼くしてその生を手離したナパリィ。

 父母の愛に包まれた貴女は幸福の中に生を閉じた。

 どうか、その魂が安らかなることを祈る。」


手向たむけの言葉をつむぎ祈りを捧げた。



「あぁっ!?」

「ナパリィ!?」


幼子の身体から魂の光がゆっくりと舞い上がる。


だがそれは、今までと違い、己の父母の周囲をふわふわと旋回し、一向に天に昇ろうとしない。


「ナパリィ、

 ……ナパリィ、なのか?」


「ママだよ、ナパリィ……、

 守ってあげられなくて、ゴメンね・・・」


夫婦の言葉に、魂の光は更に距離を縮め、二人の身体を撫でるようにゆっくりと回り続ける。


まるで父母に甘えるかのように見え、我知らず涙が零れた。


優しい両親に抱きかかえられていた記憶が、胸の中を揺さぶり続ける。


そんな私に声を掛けてくるものが居た。


「ジッガ、更なる祈り要る。

 かの魂はいわけなき故に死の心を知らず。

 くて現世に揺蕩たゆたい残らば、

 いづれ【悪しき魂】へと変貌しもこそ。

 【悪しき神】に魅入らるる前に、く。」


「あ、あぁ、わかった。」


ゴシゴシと涙を拭い取り、夫婦の元へ近付く。


「名残惜しいとは思うが、聞いた通りだ。

 ナパリィの魂を天に還さなくてはいけないんだ。」


「はい」

「ナパリィ、ママたちのこと、忘れないでね」


若い母親の別れの言葉にまた胸を詰まらせてしまった。


必死に堪え、幼子の魂へ再び祈った。


「ナパリィ、

 この世界では肉体を持たずして留まり続けられない。

 天上で偉大なる魂が寛大な心で待っている。

 安心して、進んでいくんだ。

 どうか、私を信じて・・・」


幼き魂に話しかけながら祈りを捧げ続ける。


やがて、幼子の魂の光は両親から離れ、また周囲をふわふわと巡ったあと、ゆっくり【私の胸】へと吸い込まれていった。


「え?」


「ほぉ?」


私とソムラルディの困惑の声が静かな空間の中で響いた。


幼子の両親は何も疑問に思わず、娘の魂が安らぎを得たのだと納得し、娘の亡骸なきがらを撫でいつくしんでいる。


周囲で祈りを捧げていた警備団員たちも、いつもと違う結末にそれほど疑問は抱かなかったらしく、幼子を運ぶための荷台を準備しようと動き始めた。


近寄って来たソムラルディが小声で問い掛けてくる。


「ジッガ、何せり?

 今幼子の魂は君の中か?

 何か感ぜらるるや?」


「わからん。

 何も違和感無い。

 全くわからん。」


ナパリィの遺体を乗せた荷台を抱えたまま小声で返答し、山道を下りてゆく。



 集落まで帰り着き、事情を話したあと、夫婦はラポンソに預け、スムロイを呼んでナパリィの葬儀を執り行うよう手配した。


自治区での初めての葬儀となる。


ナパリィは集落の外れに準備された墓地に最初に埋葬される者となった。


連邦出身の者たちが、幼くして亡くなったナパリィの為に集まってくる。


事情を聞きつけた連邦出身者以外の者らも、幼子を不憫に思い参加してきた。


案の定ニーナの姿も見える。


娘を失くした者同士、あの若い母親を気遣って欲しい。


行事を仕切ることに慣れているスムロイが、アヴェーリシャ式ではあるが葬儀を進めていく。


葬儀の最後に両親がナパリィを看取ろうと遺体に寄りそった時、私の胸から光が飛び出した。


参加者が一斉に祈りを捧げる、私の【精霊の力】にもう慣れているからだ。


私とソムラルディの困惑に気付くことなく、周囲は敬虔な祈りに溢れていく。


やがてナパリィの魂の光は、天へとゆっくり舞い上がっていった。


予想外の現象は起きたものの、私もまた彼女の冥福を願い、静かに祈りを捧げた。




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