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滂沱の日々  作者: 水下直英
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言葉の通じない相手は敵とするしかないのか


 エンリケが木造武器を作製し始めて五日が過ぎた。


戦闘訓練で壊れるものもあるが、エンリケは意気込み通り次々と作り続けていて、もうエンリケ家の倉庫が一杯になっている程だ。


傷んだものは新品と取り替えさせ薪にしている。


使い放題なため、皆だいぶ槍と楯を使い慣れてきた。


畑の方も私が半分ぐらいに魔力を込めているので順調に作物が成長している。


今日もシェーナがまた畑の様子を見に来てくれたが特に不審がることなく、私たちの努力と作物を褒めて帰っていった。


だが、シェーナと入れ替わるように緊迫した様子のニーナが大声を上げながら私たちの方へ駆けてきた。



「大変だよ! ゴブリンが出た!

 あんたたち! 家に戻って! 早く!」



 私はすぐに大声で全員を集合させ、ニーナを連れてエンリケの家に走った。


「おばさん! ゴブリンはどこに出た!?」


「村の北西だよ! ど、どこに行くつもりだい!?

 馬鹿な真似はおよし!」


私たちがゴブリンのいる方へ向かうつもりだ、と分かったニーナが大声で制す。


「大丈夫だから!

 おばさんはここにいて戸締りしてて!

 みんな持てるだけの槍と人数分の盾を!

 行くぞっ!!」


「「「「おうっ!!!」」」」


戦闘に対しての気構えを説き続けた成果か、みな拳を上げ応えてくれた。



 心配するニーナを残し、私たちは北西に向かい一定の速度で駆ける。


着いた時に息切れしていては槍を振るえない。


村の中心の集会所を通り過ぎ、無人の道を北西に向かう。


やがて争う音と怒声が聞こえてきた。



 村の警備団十数名が、それに倍する以上のゴブリンと戦っていた。


既に数体ゴブリンの死体が周囲に転がっている。


私は魔力を込め、参戦のときの声を上げる。



「ゴブリンども!!

 このジッガが相手だ! 覚悟しろっ!!」


私の声に警備団の面々が驚き視線を送ってくるが、すぐに眼前の戦いに集中し始めた。



 ゴブリンは人間より小柄だ、だいたいが十歳児の私と同じ程度の体格をしている。


だが鋭い爪を持ち、引っ掛かれると病気になると言われている。


また人間より俊敏性が高いので集団戦になると厄介な【魔物】だ。


普段は人里離れた森の奥で生活しているが、今回のように集団で食料目当てに襲撃してくることがある。


野生動物に比べ【魔物】には知能が高いものが多く、大概は人間に敵対心を抱いている。


若い個体ならば知能が低く人間でも相手になるが、長い年月を経た【魔物】は人間より賢くなり手出し出来なくなる、と伝えられている。



 ギッギギッギと騒ぎながら人間を引っ掻こうと暴れるゴブリンたち。


警備団の団員たちは背後に回り込まれぬように陣形を成して迎え撃っている。


警備団の大人に比べ、小さい私たちは組み易しと判断したのか、何匹かこちらに向かってきた。


私たちは七人で固まり、隊列を組んで向かってきた三匹と戦闘開始した。



 飛び跳ねるように移動しながら一匹が私に向かってきた。


残る二匹は私の両脇のアグトとエンリケに対し爪を振り上げ向かってくる。



 私は裂帛れっぱくの気合を込めた声と共に槍を突きだす。


魔力によって私の身体機能は格段に高められている、そしてそれは反射神経をも高め、反応速度と命中精度を上げていた。


私の槍はゴブリンの心臓付近を貫き、黒い血を噴出させた。


即死したゴブリンを振り捨てるようにして槍を引き抜き、私は右のエンリケに加勢した。


エンリケはゴブリンの爪を楯によって受けるだけの防戦一方になっている。


ゴブリンの素早い動きに翻弄されてしまっているようだ。


私は引き抜いた槍をそのまま二段突きのような速度で突きだし、ゴブリンの側頭部へ差し込んだ。


更に身をひるがえし左のアグトへ加勢しようとしたが、アグトが振り回した槍でゴブリンは既に打ち据えられており、トドメの突きがゴブリンの頭部に決まっていた。



 さらに五匹ほど倒し、警備団を相手取る以外の敵がいなくなった頃合いで、私たちは素早く移動し、警備団がラインを引くように戦っているところへ横から突撃した。


眼前の警備団に爪を当てようとするゴブリンたちへ次々と槍を突き立て突進する。


主に私が突き立て、撃ち漏らしをアグトとエンリケがフォローする。


突き刺した槍の補充は私の背後に陣取るゲーナが行い、年少組三人が後方で楯を構え背後からの襲撃を警戒する。


私たちがゴブリンの群れを突っ切った結果、その数は激減した。


あとは警備団と協力して戦い、残りのゴブリンを殲滅せんめつすることが出来た。



「お前たち、良くやってくれた、助かった。

 いやしかしジッガは滅茶苦茶強いな、驚いたぞ。」


警備団のリーダーを務めているモンゴが私たちに笑顔で話し掛けてきた。


街から帰ってきてそれまでの年配の者から警備団のリーダーを交代したのだ。


警備団は今まで年寄りばかりだったが、今は帰還兵たちが中核を務めている。


貴重な労働力を警備に回すのは惜しいのだが、そうしなければ村の平穏が保てない。


老人たちばかりの警備団では今のような戦いで死者が出ることもあった、と後にモンゴから聞いた。


つくづく戦争が無ければ、という話になってしまう。



「ジッガは孤児院でも一番強かったんだよ!」


カンディが嬉しそうにモンゴに答えている。


「へぇ、そりゃ子供たちのまとめ役になるわな。」


話しているモンゴに集合した警備団が報告に来た。


「モンゴさん、二人がまともに爪を受けちまった。

 死にはしないと思うがたぶん今晩あたりから熱が出て寝込んじまう。」


「そうか、しかし三十匹以上のゴブリンが退治出来たんだ。

 この程度で済んで良かった、と言えるだろ。

 じゃあ無事なやつ二人でやられたやつを診療所へ連れてけ。

 残りは俺と一緒にほかにゴブリンがいないか見回りだ。」


「わかった!」


「ジッガ、ありがとな。

 ついでに村長んとこにゴブリンは退治したぞって報告頼む。

 あと一応、今日は皆自宅で待機するよう伝えてくれ。」


「はい。」


「あぁ、あとゴブリンたちの爪は売れるから剥いで持ってけ。

 他は使えるとこーから後で俺たちで埋めとくからよ。

 あ、扱いには気を付けろよ? 毒混じりだからな。」


モンゴの言葉にアグトが応えた。


「え? いいんですかモンゴさん。

 そういうのって警備団のものになるんじゃ?」


「さっき一番活躍したのはお前らだろ?

 いいから持ってけ、ただ働きは嫌だろ?

 俺たちは少ねーけど給金が出るんだからよ。」


「じゃあお言葉に甘えて頂きます。

 ありがとう、モンゴさん。」


私たちは口々にモンゴたち警備団にお礼を言い、

ゴブリンの爪を剥がす作業に入った。


アグトに解体経験があったので、その指示に従い慎重にこなす。


その間にモンゴら警備団は周囲にゴブリンがいないか警戒しつつ、さらに北西に向けて去っていった。




「うーん、ゴブリンって人間みたいで気持ち悪いねぇ。」


爪を剥がし終え、一息ついてカンディが顔をしかめて愚痴をこぼす。


「そうだねぇ、言葉を話さないから獣と同じ、って大人は言うけどね。

 確かに血も黒いし人間じゃないとは思うけど、なんかね?」


「もし言葉を話せたらゴブリンも人間と仲良くできるかな?」


ゲーナとリルリカがカンディの言葉に反応して話し出す。


「でもさぁ、ゴブリンの方からいっつも人間を襲ってくるじゃん。

 どうしようもないんじゃねー?」


「そうだね、戦わずに済むならそれが一番いいんだけどね。」


マグシュとエンリケもゴブリンについての考察を話し始めた。


しかしアグトは根が真面目なのかその会話を終わらせ、村長への報告に行こうと促してきた。


私も休憩は充分とみて立ち上がり号令をかけた。


ゴブリンと戦ったせいか私の魔力に変化が感じられる。


夜になったら色々と確認する必要がありそうだ。




「ほぉ! そうか!

 ゴブリンは退治出来たか! 重畳ちょうじょう重畳ちょうじょう

 ん? それをなんでジッガが報告にきたんじゃ?」


「ゴブリン発生と聞いて私たちも自作の槍を使って戦闘しました。」


「な! なに!?」


驚く村長らを前に私は先程の状況の説明をしていった。


アグトたち六人は集会所やエンリケ家のニーナなどへの報告に行かせてある。


私一人で村長宅の村の年寄り連中相手に説明を続けた。


最後に袋に詰めた大量のゴブリンの爪を見せ、買取所で売れるか確認した。



「ほぉ! 確かにゴブリンの爪じゃわ!

 それにこの槍もなかなか丈夫そうじゃの、

 ふ~む、本当にエンリケが作ったのか?」


私が渡した槍を見つめる年寄りの一人がその出来に驚いている。


「しかしその話が本当ならジッガたちにも警備団をやってもらいたい所じゃな。

 どうじゃ?」


「私とアグトだけなら数日に一回程度巡回に参加しても構いません。

 他の者はあまり戦う力がありませんので。」


そこに診療所へ負傷者を運び終えた警備団の者らがやってきて報告に加わった。


警備団員の報告により私たちの戦果が多少大袈裟に伝えられ、再び騒ぎとなった。


「いや本当にジッガたちは強かった、あのままだと負傷者はもっと出たはずだ。

 モンゴさんも言ったと思うけど、俺らからも感謝する、ありがとな。」


「いえ、生まれ育った村の役に立てたなら良かった。

 父と母から受けた恩を村に返してるだけです。」


私の言葉に男性も村長も年寄りたちも一斉に沈黙し、項垂うなだれて表情を暗くする。


「……そうじゃな。

 お主の両親が生きておればさぞかし誇らしい顔をしたろうな。」


「ジッガ、お前の両親は本当に性根の優しいもんじゃった。

 強く生きるんじゃぞ、ほんにありがとうなぁ。」


年寄りたちが口々に私の両親の昔の想い出を語っていく。


その一言一言に私は感謝の言葉を返し、村長宅をあとにした。



 ゴブリンの爪は想像していたより金になった。


七人の共同生活費としても一ヶ月分ぐらいにはなるだろう。


買取所の男性によるとなにか毒関係の薬だか道具を作る材料になるらしく、街で高く売れるらしい。



 エンリケ家に戻るとまだニーナがいて私の無事を喜んでくれた。


「ニーナおばさん、心配してくれてありがとう。

 今日は晩御飯一緒に食べないか?

 ゴブリンの爪が高く売れたんだ。」


ニーナが了承する前にカンディとマグシュが騒ぎ出す。


「あ! あ!

 じゃあ久しぶりに甘い物食べたい!

 果物買おうよ!」


「俺は肉食いたい! なんの肉でもいいから!」


しかし生真面目なアグトとゲーナがそれをいさめる。


「二人ともそれは贅沢というものだ、まだ俺たちは作物を作れていないんだぞ?

 そういうことは生活に余裕が出来てから言うものだ。」


「そうだよ、ゴブリン相手に怪我してたら薬代とかが必要だったんだよ?

 そういうことを想定してお金は貯めておくべきなんだよ。」


しょげる年少者二人にニーナは笑いながら声を掛ける。


「果物は無いけどアタシんに干し肉ならあるよ。

 アタシは年寄りだから固い肉は苦手だからね、

 アンタら子供が食べな。」


「やった!」


マグシュが喜んで立ち上がり年長者二人に再び注意される。


ニーナは歯を悪くするような年齢ではないと分かっていたが、好意に甘えることにした。


その日はゴブリンが再発見されることなく、夕食をニーナとともに摂る穏やかな夜となった。


その夕食にはニーナの干し肉と、私が買っておいた比較的安価な果物が登場して、マグシュとカンディが喜んでいた。




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