争いによる虚しさは、心を深く沈ませる
「放てぃっ!!」
ツェルゼンの号令でおよそ百本の矢が、入り口に閊える騎兵の群れへと突き刺さっていく。
「待ち伏せだっ!」
「山の中にいるぞっ!」
慌てふためく騎兵たち、獣道を先行した者らも焦って引き返してきた。
「次放てぃっ!!」
再び号令され、今度は各自が事前に指定された敵に向かい矢が放たれていく。
この二回の斉射によって、敵は早くも半分以上が戦闘不能に陥った。
だが、騎兵の中で一際煌びやかな装備の男が健在だった。
「慌てるな!
所詮敵は烏合の衆!
何事のことがあろうか!」
勇ましく馬上で吠える男に向かい、私は全速力で駆けた。
立ち並ぶ木々に隠れて彼らは私の接近に気付かない。
無言のままに、私の【炸裂魔法】が放たれた。
無音の衝撃が、彼らを一瞬にして【肉塊】に変えてしまう。
繰り返された【魔力循環】によって、私は【炸裂魔法】を段階式に練り上げることが可能になっている。
今回のものは中心から周囲三メートルの爆発に抑えたものだ。
「ひぃっ! ひぃぃぃぃ!!」
「逃げっ! 逃げろぉぉぉ!!」
僅かな瞬きの間に自分たちの長が消滅してしまったことに恐慌し、騎兵たちは馬首を返し逃げ出した。
だが、こちらに逃がすつもりは無い。
ヒヒヒィィィィン!
「うわっ!?」
「なんだっ!?」
別働隊としたアグトらが、戦いの中で彼らの帰り道に【網】を置いていたのだ。
それは鳥除けに使用するための予備のもので、粘着力こそ無いが馬には有効だろう。
逃げ出した十数騎の騎兵は全て捕らえられ、四十騎程生き残った山道の者たちも満身創痍となり全員降伏した。
首謀者の首は霧散したので残せなかったが、一兵も損なうことなく勝つことが出来た。
「我らの勝利だ!
鬨の声を上げろ!」
オォッ! オォッ! オォォォォ!!
二百名による雄叫びが山中に響き渡る。
二回の斉射と私の炸裂魔法でほぼ勝負はついていたが、そこに至るまでの部隊の動きには満足出来るものがあった。
憐れな敵兵を拘束し、戦死者たちは獣道から外れた野原に埋めて弔う。
そうして、昼過ぎには自治区へ凱旋することが出来た。
戻ってみてから、五十数名の捕虜を置く場所が無いことに気付いた。
どうやら眠ることが出来なかったらしき、青い顔をしたスィチャカに相談してみる。
「朝にも申しましたが、
彼らは精霊国の軍ではなくただの私兵、御心のままに。
とはいえ国としての謝罪はもちろん致します。
我が国の者がご迷惑をお掛けしたこと、ただただ陳謝致します。」
その生き残りの私兵が睨む中、スィチャカは彼らの生殺与奪の権をこちらに預けてきた。
正直預けられても困る。
生体看破魔法でも彼らは敵意に溢れている。
「受け容れは出来ない。
返すか殺すかしか無いんだが?」
私の言葉に私兵たちが顔を青くする、スィチャカも更に顔を蒼褪めさせた。
並べられた私兵のうち、手前の者に問いかけてみた。
「キミたちは何故ここにやってきたんだ?」
私の視線を受けた者が、左右を見回し自分が問われているのだと気付く。
彼は震える声で話しだした。
「せ、精霊の力は、我が精霊国にこそ相応しいと、
レヂャンバ様が、そ、そう言うので・・・」
「そうか、わかった。
で、レヂャンバなるものが死んだ今、
キミはどう考える?」
「え? は、いや、
……わ、わかりません。」
「うん、ではキミはどうだ?
今、どう考えている?」
視線を隣に移して問いかけてみた。
先程同様、自分が問われていると数秒かかって理解し、口を開く。
「俺、あ、いや、ワタシも、わから、ないです。」
生き残った者たちに次々と視線を合わせていく。
彼らは一様に目を伏せ、顔を上げようとしなくなった。
先程まで感じていた悪意が急激に萎んでいくのがわかる。
だが、決して無くなった訳ではない。
抵抗する気が失せた、というだけだろう。
ため息が自然と漏れた。
カカンドやハザラたちを伴い、市役所へ入り相談することにした。
「どうするのがいいと思う?」
率直に問いかけてみた。
するとカカンドがすぐに答えてくれた。
「別に悩む必要は無ぇさ。
たぶんチュバリヌがあいつらを追っかけてもうすぐ着くだろ。
そのまま返してやりゃいいさ。」
「なるほど」
頷いた私だったが、ハザラが口を開いたのでそちらを見やる。
「でもよ、ただ突っ返すのも芸が無いと思わんか?」
「と言うと?」
「見せてやりゃあいいのさ、【精霊の力】をよ。
五十人以上が国に帰って証言してくれるぜ。
ジッガの存在価値を存分に高めてもらう寸法だ。」
「なるほど、
今回の件で精霊国からは謝罪という名の支援をもらえる。
更に精霊の力を取り戻せるかも知れないなら、
交渉の幅が広がる、ということですね?」
ゲーナの補足はハザラの意に沿うものだったらしい、満足気に頷いている。
「チュバリヌがトチ狂ってそのまま戦を仕掛けてこない限り大丈夫だろ。」
「ツェルゼンがこっちの出口側で兵を潜ませてる。
兵をこちら側に入れるようなら迎撃する手筈だ。
兵を率いて国境を超えるなんざ宣戦布告と同じだからな。」
「よし、ならその線で行こうか。
チュバリヌの使いが来たあたりでいいか?」
「あぁ、それでいいと思うぜ。」
「そうだね」
市役所を出て、広場に戻る。
捕虜たちは悄然としたままだ。
スィチャカの隣にはチュバリヌが居た、どうやら自ら使者としてやって来たらしい。
待つ必要がなかったな、と少し肩透かしを食らった気分だったが、やるしかないだろう。
謝罪の言葉を発しようとするチュバリヌを手で制し、私は祈りを捧げた。
「意味の無い戦いで命を落とした者たちよ、
せめてその魂に安らぎを与えたまえ。
そして無意味な死を強いたものよ、
罪無き者の魂を安らげるための礎となりたまえ。」
仕掛けられた戦いとはいえ、私は気持ちを落ち込ませていた。
祈りの中でレヂャンバなる愚か者への怒りが滲んでしまう。
すると、
「おぉっ!?」
「おぉぉっ!」
「ひぃぃっ!!」
鎮魂の祈りによって戦死者の魂の欠片が、私の身体からいつものように飛び出した。
だがそれだけでは無かった。
ウガァァァァァ!
黒っぽくくすんだ、初めてみる球体が飛び出したと思ったら、断末魔のような音を響かせ空中で破裂したのだ。
破裂した残骸の黒い靄が、天に昇る光とは逆に、地面へ染み込むように消えていった。
暫くの間、誰も口を開けないでいた。
いつもの【祝福の光】かと祈りを捧げる体勢のまま、今の【呪い】かと思えるような現象に驚愕の表情を浮かべている。
私も内心かなり動揺していたが、背後を振り返り、答えを知っていそうな者に問いかけてみた。
「ソムラルディ、今のは何だ?」
彼も答えは持ち合わせていないのか、首を傾げ少し考えた素振りを見せてから口を開いた。
「恐らく、悪しき魂が冥府へと引き摺られゆきけん。
ヒトには魔に魅入らるる者出現ると聞けり。
魂ごと、悪しき神の許へ連れ去られきと覚ゆ。」
「魔に魅入られし者、か。
では、今のが【闇の力】なのか?」
「確定ならねど、可能性は高し。
されど、光が偉大なる魂へ還ると同様に、
闇の魂は冥府に還りゆきき。
この地にはもはや居たるまじ。
魔物の産まるることは無からん、安心せよ。」
「ん、そうか」
思わぬ形で【闇の力】なるものと遭遇した。
改めて【精霊の力】とは何なのか、と疑問が湧く。
折り合いが付けば、ヘネローソへ訪れて【精霊】に会ってみようかと思う。
散々に振り回されたが、貴重な体験をしたのだ、と無理矢理自分自身を納得させた。




