表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滂沱の日々  作者: 水下直英
65/123

生命の誕生以上の神秘などこの世に在るだろうか


 有能で経験豊富なハザラが加わったことで、自治区はより引き締まった集団へと進化を果たした。


警備団は再編成され、獣人たちのような半農半兵のシステムを取り入れた、臨機応変な対応が可能なものへと変化した。


団長はモンゴのままだが、ツェルゼンが【特務隊長】という職務を得た。


突発的な問題が起きた際の指揮官の役割を担うらしい、普段は訓練の教官を務める。


本人は『何も変わらん』と相変わらずだった。


ルイガーワルド兵士団は【客分】扱いなため編成は行われなかったが、それ以外の戦闘能力を持つ人員は軒並み警備団に組み込まれた。


【ジッガ団】は【区長】直属扱いとなり、アグトの伐採やゲーナの糧食管理は【兼務】としての担当となった。



 畑の拡張作業にも改革が成され、今まで年寄りが経験則でなんとなく植えていた作物の種類を制限し、効率的な区画整理をおこなったことで、雑然とした景色は無くなり、綺麗にいろどりが分けられた畑へと変貌した。


作業開始当初は難色を示していた老人たちだが、杖を突き現れたハザラの明朗快活な説明で、渋々ながら従った。


それが一ヶ月経ち、新たな実りが訪れると、その顕著な効用を目の当たりにして喜びに舞い上がることとなる。


「さすがジッガじゃ!

 【精霊様】のお告げに間違いは無い!」


「久しぶりに【祭り】でもしたいのう!

 ジッガをまつらねばバチが当たるぞ!」


ハザラが考案したはずだが、何故か私の功績にすり替わっている。


楽天的に騒ぐ老人たちへ説明しようと足を踏み出すが、伸びてきた杖によってとどめられた。


振り向けばハザラが笑顔のまま首を横に振っている。


「ジッガ、

 この爺さん婆さんの喜びは

 今までお前さんが積み上げてきた【信頼】有ってこそだ。

 無粋な真似はしちゃいけねぇよ。」


「さすがっす兄貴!」

「かっけぇっす兄貴!」


すごく良いハザラの台詞だったが、子分たちの合いの手でなんだか気が抜けてしまった。


「ありがとうハザラ。

 だがキミの功績は確かにこの胸に刻まれている。

 これからも誇りを持って職務に当たってくれ。」


「ふっ、良いこと言いやがるな小娘こむすめ

 だがお前さんが【国を興す】ってんなら、

 この程度じゃまだまだだぜ?

 大勢の人間を動かすための大風がまだ吹いちゃいねぇからな。」


「【大風おおかぜ】?

 何のことだ?」


「でけぇことをしようとするなら、必ず吹く風だ。

 それに乗れるかどうかで、お前さんの道が決まる。」


「【運命の追い風】というやつか、

 覚えておこう。」


「あぁ、じゃあな」


子分の肩を借りて去っていくハザラを見送りながら、私は近い未来に訪れるであろう【運命的な出来事】の可能性について考えを巡らせ続けた。




 そんなある日、事件が起きた。


「大変だぞ! 大変だぞ!

 ジッガー! 大変だーっ!」


マグシュが私の名を呼びながら、全速力で扇状地を駆け上がってきた。


堤防を延ばそうと作業していた私は驚いて石を放り捨てる。


「私はここだ! どうしたマグシュ!

 何があった!?」


私の眼前まですごい速さで到達し、全力で足を踏ん張りブレーキをかけ止まった。


荒れる呼吸もそのままにマグシュはがなり立てた。


「子供が産まれそうだ!

 連邦の人! 【ダヤンサ】って人!」


「なにぃっ!?」


私はカンディに目配せすると、彼女を背負い全速力で駆け出した。


ダヤンサという人物は私も知っている。


連邦からの第二次避難民の中に居た。


妊婦の身で山を越えるのは大変だっただろう、と何度も魔力循環で元気付けていた人だ。


だが出産予定日はまだ一ヶ月先とコゥヌス医師は言っていた。


現世では医療技術も環境も整っていない。


出産時期のズレは胎児と母親を命の危険に直結させる。


リベーレン自治区が出来てから初めて授かる【命】だ。


決して死なせやしない!



 人だかりの出来た区役所の入口に飛び込み、医療室の扉を叩く。


「先生! 私だ! 状況は!?」


「一旦落ち着いた、が、まだ危険な状況じゃ。

 まず身体を洗って綺麗にしてから部屋に入れ!」


「わかった!」


私とカンディは慌てて井戸へと向かうと、バッシャバシャと殺菌された水を掛け合い、部屋で身体を拭いてから着替え、髪を濡らしたまま束ねて区役所へと向かった。


未だ区役所の入口には心配する元連邦の人たちがつどっていた。


「みんな! 心配する気持ちは分かる!

 ダヤンサと新たに生まれる小さな【命】の為に祈ってくれ!

 これから私とカンディで彼女を【魔法の力】で支える!

 無事を祈っていてくれ!」


「おぉ!」

「おぉぉ!」


サッと入口への道が開かれ、皆の祈りの声を聞きながら区役所へと入っていった。


再び医療室の扉を叩き、医師の許可を得て中に入った。


中ではダヤンサが苦しそうにうめき声を上げていた。


横では夫である【ロポオゾ】が手を握り元気付けている。


コゥヌス医師は既に血塗ちまみれで、出産準備を整え続ける。


ニーナも医師の手伝いのため、向かいの机で布などの用意をしていた。


天上から吊り下げられた太い綱は妊婦が力を込めるために握るものなのだろうか?


いずれにしろ私たちのやることは決まっている。


「ロポオゾ、ダヤンサの肩に手を当て、赤ん坊の無事を祈るんだ。

 私が彼女の両手から魔力を流す、きっと活力となる筈だ。」


「あ、あぁ、わかりました。

 彼女を、ダヤンサをお願いします!」


ロポオゾに力強く頷き、彼女の両手を握ると魔力を流し始めた。


カンディも彼女の頭側へ移動し、精神安定魔法を掛けようとしたが、


「カンディ! 待つんじゃ!

 妊婦の痛みは子を産むための力を生む!

 今は痛みを減らしてはいかん!」


「ご、ごめんなさい!」


コゥヌスの鋭い声にカンディは身を震わせ動きを止める。


「いや! お主の出番はじきに来る!

 まずはニーナの準備しとる布や湯を【浄化】するんじゃ!

 気を抜かず待っておれ!

 ジッガ! お主は魔力を流し続けるんじゃ!」


「おう!」


彼女の両手から私の魔力が循環していくのが分かる。


そして、お腹の中にいる胎児の身体をも経由して流れるのが感じられた。


生きているのだ。


小さな命が、母親の身体から産まれ落ちるために、産声を上げる力を蓄え待っているのだ。


横では父親がその生命の無事を祈り続けている。


私も声を出し、魔力循環に務めた。


長いのか短いのか、時間の流れも感じ得ぬまま、もうすぐ母となるダヤンサを勇気づけ、励まし続けた。


「ダヤンサ、頑張るんだ。

 今、キミの頑張りに、

 キミと、キミの子供の命が懸かっている。

 無事に産むんだ、【大自然の魂】の力が流れているぞ。

 太古の昔から繋いできた生命の循環の力だ。」


「うぁっ! うああぁぁぁ!」


「頑張るんじゃダヤンサ!

 もう一息じゃぞ!」


「うああぁぁぁ!!」


女性とは思えぬ握力で私の両手が握られる。


身体強化をしていなかったら痛いでは済まされなかっただろう。


だが、その母の苦しみは報われたのだ。



 大きな産声が室内に響き渡った。


「おぉ! おぉぉぉ!! 先生!」


「うむうむ、元気な男の子じゃ、良かったのロポオゾ。

 ダヤンサ! よく頑張ったの!

 カンディ、魔法を掛けてやるんじゃ。」


「うん!」


私の手を握る力が薄れ、ダヤンサは安堵した表情で眠りに落ちていく。


「ジッガ、よく頑張ったね。

 アンタみたいな偉い子を産んだんだ。

 ミズガとジラナは雲の上できっと鼻を高くしてるよ。」


そう言ってニーナが私の頭を撫でる。


父と母の名を聞いたのはいつ振りだろうか?


母の葬式以来な気がする。


父と母も、私が産まれた時、こうして喜んでくれたのだろうか?


思い出して来たら少し涙ぐんできたのが分かる。


哀しいのではない、ただ、ただただ懐かしいのだ。


思わずニーナに抱き着いて、静かに涙が引くのを待った。


横からカンディが抱きついてきた感触があった。


涙が引き、ニーナから離れた時、私は思わずつぶやいていた。



「命が産まれるとは、こんなに感動するものなんだな」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ