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滂沱の日々  作者: 水下直英
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他人の意見の尻馬に乗るだけの者は信用出来ない


 悪意を見抜かれた男は、チュバリヌの敵対陣営から送り込まれた【刺客】だった。


チュバリヌに【手柄】を立てさせない為だけに、私を害しようと画策したらしい。


まだ試してもいない訳だが、私に【精霊】を復活させる力が本当に有る可能性は考慮しなかったのだろうか?


恐らくその命令を下した者には、【精霊】に対しての【信仰心】は欠片も無いのだろう。


ただ己の権益を守る為に、そんなことを思い付いたのだと察せられる。


【刺客】は特に治療も行われず、グルグル巻きに縛られたまま、チュバリヌたちと帰国の途に就いた。


どんな結果になるか分からないが、とりあえずチュバリヌ自身に害が及ばぬように気を付けて欲しい、と言い含めておいた。


「どうにもならないようなら私もここに【移住】します!」と不吉なことを笑顔で言っていた。


そうならないように努力して欲しい、研究馬鹿はもう間に合っているのだから。



 それからは比較的穏やかな日々が続いた。


草原へ至る道もかなり整備され、扇状地西側の地域は探索が進んで、どんどん安全性を増していく。


エンリケが武器防具製作に熱心な為、道の舗装や橋の強化はもっぱらベルゥラが受け持つこととなった。


獣人の国各地への深井戸掘りも順調に行われ、完成した井戸は通算で三十を超えた。


この件でも今までエンリケが請け負っていた側壁強化などは、ベルゥラが代わりを務めている。


また、この頃になるとカンディによる【実りの種】も成果を上げ始め、行く村々で実った作物によるもてなしを受けるようになった。



 精霊国からの移住者も段々と自治区での暮らしに慣れた様子を見せ始めている。


私のことを【精霊様】と呼んではばからないギルンダたちが、率先して彼らと交流を持ったことが大きな要因だろう。


一応私が普通の人間であることを説明し、過剰な崇拝行動はしないように注意してある。


以前北東の【聖公国】から【ナールメイナ】という【狂信者】が来訪したことがあったが、ああなってもらいたくはない。


何事も【過ぎたるは及ばざるがごとし】だと実感しながら振り返る。


いつものようにカンディとソムラルディが付いてきている。


研究馬鹿の方はさておき、カンディの方はもはや【依存】という言葉では表せないような気が最近し始めた。


ニコニコと笑っているので頭を撫でておくが、頭の端を【狂信者】という言葉が掠める。


他者への攻撃性を発露しないように願うばかりだった。




 【リベーレン自治区】での生活は二ヶ月が経とうとしている。


チュバリヌたちが帰国してから、大きな事件は起きていない。


唯一特筆すべき事項としては、また【連邦からの避難民】が山を越えてきたところを保護されたので、【覚悟】を示してもらい受け容れたことぐらいだろうか。


これで自治区の住民は、ハッゲルらルイガーワルドの客分も含めると、三百人を超す計算となる。


移り住んで以降、住民に死亡者は出ていない。


体調が悪くなった者へは優先して【魔力循環】を行い、コゥヌス医師に診察してもらう。


周辺警備で怪我を負った者も同様だ。


それが功を奏しているかは分からないが、今のところは平穏な生活が出来ていた。



「まだ実際には起こってねぇがよ、

 国民性の違いで喧嘩になる、なんてのが真っ先に考えられるな。」


「傷害罪で喧嘩両成敗、とはいかんか?」


「口喧嘩で収まっちまうこともあんだろ?

 そんでそのままだと、しこりが残っちまうからな。」


「侮辱罪、などを設けねばならんか、難しいのう。」


区役所でカカンドとスムロイが頭を悩ませている。


ゲーナもたまに参加するらしいが、今日は食糧保管庫に勤務していた。


会議室には他に、連邦出身のラポンソ、精霊国出身の【ウーグラ】たちも参加している。


ウーグラは熱心な精霊信者なのだが、精霊の力を持つ私を【護る】為に来ただけあって、かなりの戦闘力を持つ。


僅かだが【身体強化魔法】に近い力が感じられ、模擬戦で棍棒を振り回す様は女性の身ながらバーサーカーを思わせた。


三十歳で最年長という彼女を筆頭に、精霊国からの移住者は若者で占められている。


対して連邦からの避難民は四十代後半、五十代の者らが目立つ。


平均寿命の短い現世では年寄りの集団と言えよう。


今回のような会議では、彼らのような弱者に配慮した話し合いが求められる。


ルイガーワルドからも若い兵士が来ているが、明らかに【形式的】な参加と見受けられた。


もじもじとした様子で周りの様子を窺っている。


「【ベイデル】、キミはハッゲル殿の代理なんだ。

 もっと堂々としていていいんだぞ?」


「は、はい!」


私の言葉に対し、背筋を伸ばし姿勢よく返事をするベイデル。


その様子に、からかうような声色で話しかける者たちが居た。


「そうだよ、シャンとしなよ、男の子だろ?」


「おぅよ、自分の意見も言えねぇ奴は信用されねぇぞ?」


ウングラク村の代表としてハテンサ、そして【ハザラ】が子分二人に付き添われ参加していた。


ハザラはだいぶ体調を取り戻し、血色が良くなっている。


左手と左足のみで椅子に座り直す動作もスムーズに行えていた。


先日よりハザラは、腹部の傷が癒えたことを皮切りに、右手右足もじわじわと健康的な【肉感】を取り戻してきている。


全力の魔力循環が【奇跡の力】と呼ばれる所以ゆえんを説明した際には、子分二人と抱き合って感涙を零していた。


改めて【誓いの光】が飛び出すほどの感謝をされ、今のように張り切って会議に参加している。



 様々な立場の者たちが、私の唱える『皆が安心して暮らせる国』を創り上げる為に、基幹となる法規について話し合いを続けている。


今まではカカンドとスムロイによって、アヴェーリシャ国の基本的価値観を軸とした法律規則の原案が練られていたが、他国の者にも受け入れられるように修正が必要となった。


ここで【ハザラ】の持ち味である【調整能力】が大いに活かされることとなる。


恐らく他人の心の機微を察する能力が優れているのだろう。


話す相手だけでなく、その場に居ない者への配慮を怠らない言葉選びで、カカンドたちの原案が自治区に溶け込むような修正案を提案していった。


その正体を知るカカンドだけでなく、スムロイはじめ他の面々も、この半身不随の怪我人にしか見えない男に【畏敬】の眼差しを送っている。


まだ二十代前半というベイデルなどは、口を閉じられぬままハザラ主導の会議の様を眺めることしか出来ないでいた。


くいう私も口を挟む余地が無い。


他人の心を推察する能力が欠けている自覚を持つ私にとって、ハザラの能力は垂涎すいぜんの心地を抱かせるものだ。


他人の感情を読み取るための【師】として、ゲーナに加え彼も迎え入れようと心に決めた。



 主だった議題を話し終え、解散を宣言した後、私はカカンドに話しかけた。


「カカンド、足の具合はどうだ?」


「おぅ! この通り【絶好調】だ!」


彼は左足を高く上げ、私に【爪先】を見せ付ける。


数ヶ月前は義足をはめ込んでいた彼の爪先は既に完全回復を果たし、もう【奇跡の力】が必要なくなっていた。


「そうか、でも無理はしないでくれ。

 キミの頭脳にこそ、私は期待しているのだから。」


「おぉ、そう言われるとちと複雑だが、

 期待されるのは悪い気がしねぇな。」


「うん、

 で、ハザラの件だが、やはり【有能】だな。」


真面目な顔で言葉を掛けたのだが、カカンドは悪戯っぽい目つきで私を見たあと、視線を空へとさ迷わせてから再度こちらへ向き直り、きっぱりとした口調で答えた。


「あぁ、確かに【有能】だ。

 でもな、ジッガ。

 やはり俺らがいただくべき【王】はお前だと実感した。

 お前の持つ【王の器】の方が何十倍もデカく感じるぞ。」


「ん、そうか」


冷静に応えたつもりだったが、少しにやけてしまったのだろう。


背後に居たカンディに頬をつつかれた。


「優れし相手の良き所まねび、

 悪しきところ、己をいましむ。

 ジッガ、心得こころえおけ。

 君の王の器が確かに大きなる事もな。」


「お、うん、わかった。」


ソムラルディが直接的な表現で褒めてくれるなど初めてではないだろうか?


嬉しいより先に困惑してしまった。


「大先生様のお墨付きも貰ったんだ。

 ジッガ、堂々と【王様】やろうぜ。」


「あぁ! 任せておけ!」


グッと握り締めた拳から【誓いの光】が溢れだす。


天上の【偉大なる魂】へと昇る光を見送ったあと、皆で笑い合った。




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