得体の知れない存在への恐怖は根源的なものだ
獣人の国【ヌエボステレノス】の北西端に位置するこの【リベーレン自治区】。
直接国境を接する国は北の【オンベリーフド連邦】しか存在しない。
北東の宗教国家【サラパレイメン聖公国】はヌエボステレノスと僅かに国境が重なるのみで、北西の【ヘネローソ精霊国】との間には【草原地帯】という空白地域を間に挟んでいる。
私たちは連邦を刺激しない程度に周辺を探索し、安全地帯を拡大させていく必要があった。
モンゴと相談の上で集められた【探索隊】の面々にカカンドとカンディを加え、【区役所】の一室で探索についての作戦会議が開かれた。
「今のところ、扇状地の東側の一部が開拓されてきている。
そうだなアグト?」
「あぁ、密集していた山林もだいぶ見通しが良くなっているな。
伐採場所は山裾に沿って東側に延ばしている。
安全性を考えるとそうなるらしい。」
アグトの伐採にはキシンティルクやソムラルディが知恵を貸してくれている。
その指導のもと伐採と地図作りは順調に進められていた。
「なるほど。
北の連邦との国境線はどのあたりか把握できているか?」
「ラポンソとキシンティルクの話から考えるに、
北の【山脈】の頂上を繋ぐ稜線が国境線と考えられてるみてぇだな。
山を越えなきゃ獣人側の領地ってこったな。」
「うん、分かり易いな」
分かり易いが、北側の山頂までは広く山林が広がっている。
全てを探索するにはかなりの時間が必要となるだろう。
「では探索はどこから始めてどの方向へ進めようか?
意見がある者はいるか?」
「非戦闘員が集まる集落を守る為、
東側から北上していくのが常道だろう。」
「いや、ゴブリンが現れるのは果樹園の北や西からが多い。
まずは奴らの巣を潰すためそっちから始めるべきでは?」
「【草原】へ向かう道の周辺を安全にする、という手もある。
ジッガはいずれ草原へ進出する考えなのだろう?
人員が増えていくならば早めに安全性を確保するのはどうだ?」
次々に出てくる意見にはそれぞれ必要性が感じられた。
優先するべきはどの案だろうか?
「ツェルゼン、どう思う?」
無口なこの老人は話を振らなければ殆ど口を開かない。
が、私はこの老練な元兵士の【勘】に信頼を置いている。
口数が少ないからこそ、彼の言葉には重みがあるのだ。
「うむ、ゴブリンの出現は、
果樹園に釣られている以外に理由が感じられる。」
「なに? どういうことだ?」
「ツェルゼン、
つまり【ゴブリン以外】の魔物がいるかも、ってことか?」
「うむ」
この意見によって、会議室内に沈黙が訪れた。
確かに、扇状地内に現れるので果樹園狙いかと思われていたゴブリンたちだが、実際に果樹園まで近づいてくる動きは見せたことは無いのではないか?
「ゴブリン以上の【魔物】に追い立てられてる、ということか?」
「確信は無い。
不自然な出現の仕方をしている、というだけだ。」
「ツェルゼンが【不自然】と感じているならば、
それは【信】に足る意見だと思う。
皆はどうだ?」
「それでいいと思う」
「アタシも同意見だ」
「俺たちは従うだけだ」
他の面々が次々頷き同意を示す。
「では折角集まったんだ、これから北側を少し調べよう。
カカンド、カンディ、守りは任せたぞ?
モンゴやハッゲルと連絡を密に取ってくれ。」
「あぁ任された」
「気を付けてね」
武器や備蓄の準備を整え、【探索隊】の九人で扇状地の扇頂へと登り始めた。
扇頂まで辿り着くと、ゴブリンの後始末を終えた警備隊の若者たちが残っていた。
「みんな、どうしたんだ?
ゴブリンは埋め終わったのか?」
「あぁ、ジッガ。
そうなんだが、聞いてた数よりゴブリンが少なかったんだ。
それで周囲を調べてたら【ヤバいもん】をさっき見付けた、こっちだ。」
言われるままに全員でついていくと、大きな【足跡】があった。
「大きいな、【ユメクイ】か?」
「いや、人型の足跡だ。
噂に聞く【翼の四足獣】でも無いな。」
ツェルゼンの見立てに間違いは無いと思われる。
皆の顔に緊張が走っていく。
この付近で【オーク】は見当たらないし、キシンティルクからも生息情報は聞いていない。
つまり【未知の魔物】だ。
この辺りは獣人の生活範囲外なため、彼らの知らぬ魔物がいても不思議ではない。
それに皆を緊張させた原因が目の前に転がっている。
「ゴブリンを【喰らう】人型の魔物か。
慎重に調べなきゃならないねぇ。」
ハテンサの言葉に強がりの感情が見受けられる。
【足跡】の傍らには喰い散らかされたゴブリンの【残骸】が残されていたのだ。
若い団員たちを帰らせ、私たちは未完成の地図を睨むゲーナの指示に従い、探索範囲を絞って山登りを始めた。
足跡から推理される予想が加味され、私は怪しい場所を指し示されながら、そこに索敵魔法を飛ばし続けた。
だが、数時間に及ぶ今回の捜索は空振りに終わった。
未知の魔物とのニアミスに緊張感を強いられた初回の探索は、危険な魔物が徘徊している、という新たな問題を発見した成果のみを残した。
集落に戻り、建設中の集会所にある食堂で夕食を摂った。
モンゴやハッゲルに【未知の魔物】に関しての情報を伝え、それについて話し合う。
「オークより大きいだろうな。
人型の足を持つ巨人の魔物だろう。」
「噂に聞いただけのものだが、
【トロール】【オーガー】【サイクロプス】なんてのがいるらしい。」
「どう違うんだ?」
「草みてぇな体毛に覆われてるとか、
一つ目だとか、そんな違いしかわからん。
正直アヴェーリシャにいない魔物だとお手上げだ。
倒し方のヒントでもありゃ結構違うだろうがな。」
「うーん、ソムラルディが戻ったら訊いてみよう。
キシンティルクにも確認しなくてはな。」
あのゴブリンの【残骸】を見るに、オークより弱いとはとても思えない。
区民に被害が及ぶ前に【駆逐】すべき存在だ。
「ねぇ、【魔物】ってどうやって生まれるの?
動物とは違うんだよねぇ?」
カンディの素朴な質問に、皆が顔を見合わせた。
「ぬ? 誰か知ってるか?」
「いや、聞いたこと無ぇな。」
「昔から人間・亜人問わず【人類の敵】なんだろ?」
「太古の昔に善き神が【人類】を、
悪しき神が【魔物】を創った、って聞いたような?」
「というか【魔物】って雄とか雌とか無いんだろ?
どうやって繁殖するんだ?」
「ぬお? 確かにそうだな」
自治区の知恵袋たるカカンドが知らないならば望み薄だが、年寄りの中で誰か知ってる者が居ないだろうか?
スムロイやギルンダ、ニーナなどにも声を掛け、知っている情報を集めさせた。
「今日の所はこんなものだろう。
明日も探索に行けるか?
早目に処理したい案件だ。
犠牲者が出ることなど許されないぞ。」
「うむ、そうだな」
「やるしかないだろう」
夜間警備はモンゴやハッゲルらに任せ、私たちは明日の探索に備え身体を休めた。
翌日は朝早くに食事を終え、探索に出掛けた。
鉄製片手剣を腰に据え、巨人の痕跡を辿る。
【勘】に優れたツェルゼンとハテンサに前後を任せ、ゲーナの推理を参考に北西に足を延ばした。
やがて、山中に複数の【魔物】の存在を感知した。
索敵を飛ばすと【洞穴】が見え、その奥にいると思われた。
探索隊の面々にそのことを伝え、駆除方法を相談する。
「穴の奥はどうなっている?
深いようなら面倒だぞ。」
「さほど奥行きの無い一本道の洞窟だ。
石を投げつけて誘き出そうか?」
「ジッガと俺の腕力なら有効だろう。
ゴブリン程度なら一撃で仕留められる。」
「いや、ゴブリンとは限らない。
暗くて様子が分からない。
巨人などではないと思う存在感だが。」
「しかしそれでいくしかない。
まずは投石に向いた石を集めろ、
音は立てるなよ。」
「あぁ」
石を拾い集め、洞穴を取り囲むように位置取りする。
ツェルゼンの手信号によって迎撃態勢を整える。
老練な指揮官の合図で、私とアグトの手から拳大の石が洞窟内に次々投げ込まれていった。
その結果、ゴブリンの断末魔は聞こえて来ず、思ってもいなかった【魔物】がわらわらと姿を見せた。




