朝日が昇る前なのに、夕日が沈むことを願うな
キシンティルクの指示で都の出口付近に井戸を掘り始める。
今日は東側に掘り、一泊してから西側に掘って帰る予定だ。
私たち【ジッガ団】が井戸掘りする間、カカンドらはキシンティルクたちから情報収集して、今後の方針を話し合っている。
本当に【戦争】になったならば【リベーレン自治区】から兵士を派遣することとなる。
私一人で参戦するつもりだったが、先程の会議後既に皆から『独断専行が過ぎる』と説教を喰らってしまっていた。
『【区長】としての立場を理解しろ』と散々に絞られた。
戦争に参加したとして、【仲間】の誰かが死ぬことを想像してみろ、とカカンドから真顔で怒られた。
軽々しく『戦争に参加する』などとは今後絶対に言うなとソムラルディからも小言をもらった。
確かにそうだ、ソムラルディが【ディプボス】へ事後報告で構わない、と堂々と参戦表明をしていた態度につられてしまった。
彼らには長い歴史背景がある、私たちとは立場が違うのだ。
自らの軽率な言動を反省しつつツルハシを振るい続けた。
無事に地下水脈まで貫通し、深井戸が完成した。
見物していた獣人たちから大歓声を浴びつつ、館へ戻りゼダックヘインと共に夕食を摂ってから就寝した。
眠る前、眉尻を下げたリルリカが話しかけてきた。
「ねぇ、ジッガ。
またジッガは分かって無さそうだから言うけどね?
皆が怒ってたのはジッガが『一人で戦争に行く』って感じたからだよ?
実際そう思ってたでしょ?
皆、ジッガに死んで欲しくないの、
危ない真似は絶対にやめてね?」
「……あぁ、わかった。」
全然わかっていなかった、皆の心配する気持ちを。
いつになれば私は人の心を理解出来るようになるのだろう?
少し悲しい気分で目を瞑っていると、さらにリルリカが言葉を連ねた。
「ふふ、【精霊様】だと人間の考えることに疎いのかな?
ちゃんと覚えていくんだよ? 精霊様。」
「いや、ただの頭の悪い人間だよ。
身体強化魔法を解くと何の役にも立たなくなる小さな存在だ。」
「そんなことないよぉ。
みんなジッガのこと凄いと思ってるんだよ?」
「そうだよ。
何か悩みがあるなら全部話して?
私たちはジッガの【仲間】で【同志】で【友】なんだから。」
カンディとゲーナも話を聞いていたようだ。
三人が私の布団へ入ってきてワイワイと頭を撫で合い始め、騒がしい就寝となった。
終いには【祝福の光】が飛び出し、カンディによる【精神安定魔法】で強制的に眠らされてしまった。
翌日の井戸掘りは快調に進んだ。
慣れてきたのもあるし、各人の魔法の熟練具合も関係しているのだろう。
エンリケもリルリカも魔力を尽きさせることなく深井戸を完成させた。
「ジッガ、また来い。
俺も手が空いたら、会いに行く。
闘うの、楽しみだ。」
能天気な狼男と別れの挨拶を交わし、私たちは馬上の存在となり家路についた。
帰りの道すがら、馬を気遣い小休止を何度も挟んだ。
その度に今回の旅で得た情報を話し合った。
「都の西側にある山中に【鉱脈】があるそうだぞ。
採れる鉱物は少ねぇみたいだがよ。」
「僕も聞いた。
鉄より固い金属があるんだってね。
加工できないから王様の館に仕舞ってあるんだって。」
「南側には【連なる山々】が壁みたいに続いてるそうだよ。
連合王国はそれを回り込んで
東の【低い山脈】を越えてやって来るみたい。」
「東側と言えばよ、
【ガーランテ皇国】がすぐそばに在るんだな。
もっと遠くに在るのかと思ってたぜ。
つまり【アバディマヘイド】も近いってこったろ?」
「しかり。
近き、とまではいかねど、
さばかり遠くはあらずな。
皇国には少し伝手もあり。
争いにはならじ。」
ソムラルディが建国に携わった永世中立国は、思っていたより近くに存在しているらしい。
確かに深い森に引き篭もるエルフがそんなに遠出をする訳がない。
ガーランテという大国は東側に在る帝国との長年の争いに憂き、獣人を通してエルフを招いたそうだ。
ガーランテは昔から獣人と争ったことは無く、そんな経緯もあるので私たちに干渉してくる見込みは無い、とソムラルディが断言していた。
つくづく思うが、ソムラルディの同行は幸運以外の何物でもなかった。
この老齢のエルフのおかげで何度も助けられている。
嫌味な物言いさえ何とかしてもらえれば【尊敬】に値するのだが。
夕日が山影に差し掛かる頃、私たちは何事も無く扇状地の扇端に帰り着いた。
到着を聞きつけたスムロイが真っ先に駆け寄ってきた。
「ジッガ、
着いて早々疲れてるとは思うが、来客じゃ。
また【精霊国】から使節が来ておる。」
「え? そうか。
用件は聞いてるか?」
「うむ、どうやら移住希望者がいるらしい。
五十人ほど、受け入れられるか訊かれとる。」
「移住者?
んー、会う前に皆で話そう。
どこか空いてるか?」
聞けば前回同様チュバリヌたち三名が昨日やってきて建設中の集会所に泊まっているらしい。
私たちは【区役所】の一室に移動して事前相談を始めた。
話し合いに役立たないマグシュはすぐさま逃げ出し、アグトも丁寧に断りの挨拶を残し去っていった。
疲れが見えるエンリケとリルリカも休ませ、残るはカンディ以外頭脳労働に向いた面々となった。
「【移住者】とはどんな者たちだと考えられる?」
「そうだなぁ。
好意的に考えりゃ【精霊様】の力を持つジッガに仕えたい、
そんな奴らじゃねぇかな?」
「ではそうで無かった場合は?」
「【精霊の力】や【魔法使い】を自国に引き込みたい、
そんなところか。」
「なるほど」
カカンドの意見に皆頷いている、私にも納得のいく考えだ。
「他の可能性は無いか?」
「んー、【口減らし】っていう可能性もあるかな。
精霊国の状況が分からないから何とも言えないけど。」
「精霊の奇跡を失いし今、
彼らの生活は侘しきものならん。
チュバリヌが精霊研究に精を出だすも、
また奇跡の力を得んと欲すれど故なり。」
「ほぉ、そうなのか」
ソムラルディの口ぶりから、彼が精霊国に赴いた経験があることが示されている。
実際に見て比べた上での発言だろうと思われた。
「でも先生、
前回の来訪時にチュバリヌさんたち、
食糧とか鉄器具とかをくれましたよ?
そこまで貧しい暮らしでは無いのでは?」
「鉄器具は使い古されしものなりし、
食糧もさも多からざりき。
使節団の人数の少なきはそれを隠すためなり。
なお観察眼を養うべきぞ、ゲーナ。」
「恐れ入ります、先生」
なるほどと思い至るソムラルディの言だが、ゲーナが彼を「先生」と呼んでいることに不安を感じる。
エンリケ同様にゲーナにも釘を刺しておく必要性を感じた。
これ以上研究馬鹿が増えては堪らない。
「経済状況が悪いと言うが、
かの国の周囲は亜人の国に囲まれ、
唯一国境を接する人間の国は内乱続く連邦だけ、
口減らしが必要になるほどのものかのぅ?」
「ま、他の可能性が無い以上頭に入れとくだけでいいんじゃねぇか?
何にしろジッガたちの【力】を知ったことで、
自分たち側に引き込みたいってのは間違いねぇだろ。
上手く立ち回れば悪い事にはならねぇと思うぞ?」
「上手く立ち回る、とはどうすればいいんだ?」
「お人好しな行為をしなきゃいいってこった。
向こうがくれる、って言うならもらっといて、
何かくれ、って言われたら余裕のある物をくれてやりゃいい。
いま俺たちは無理して何かする、なんて出来ねぇんだからよ。」
「なるほど、肝に銘じよう。」
事前準備を終え、チュバリヌたちの待つ部屋へと向かう。
挨拶を交わし話し合いを始めたが、前回と違いソムラルディと研究談義を始める気配は微塵も無かった。
初めから視線を動かすことなく、私を見詰め続け、飛び出た言葉に驚かされた。
「ジッガさん、我が精霊国をお救い下さい。」




