順風に帆を上げた瞬間、風向きが変わった
ハッゲルらルイガーワルドの兵士が到着して数日経ち、私たちは待望の実りを手にした。
「ほらジッガ! 見て見て!」
「あぁ、見てる。
こうしてみると壮観だな。」
はしゃぐカンディを、今は制止する気になれない。
漸く畑の作物が、収穫の時を迎えたのだから。
自治区の民が総出で収穫した作物が、次々と倉庫へと運ばれてゆく。
ふと、作物の詰まった一際大きなカゴを背負い運んでいる【仲間】が目についた。
「アグト、木材は足りてるか?」
「あぁ、ハッゲルさん達が来てくれたから人手が増えた。
資材置き場は順調に埋まってきてる。」
伐採という専用任務を与えられ、アグトはだいぶ張り切っていた。
生真面目ゆえに挫折した時が心配になってしまう、時々肩の力を抜くことを覚えて欲しい。
半年前再会した頃に比べ、体格的には大きく成長している。
もう少年とは言えない風格を漂わせ始めていた。
彼は魔力に関しても生真面目一徹で【身体強化魔法】しか使えない。
しかしそれ故ほかの誰よりも上手く身体に馴染ませることが出来ていて、自治区の中で私に次ぐ腕力と脚力を誇る。
有り余る身体能力を持っているはずだが、戦いに関する経験が足りないのか模擬戦ではツェルゼンにいなされる場面が多く、遅れを取っていた。
倉庫に入っていく彼がゲーナと話している。
ゲーナはソムラルディから【氷結魔法】を主に学び、熟練を重ね、日常生活でも食材保存能力を活かし、物資管理をほぼ全て任せてある。
補佐としてリルリカとマグシュを付けてあるのだが、ゲーナの指示によるものなのか区内の各地で二人の姿を見掛けることが多い。
最近マグシュは見掛ける度に『ゲーナの人使いが荒い』と愚痴を零している。
しっかりと働けているようで何よりだ。
『自分は役立たずなのではないか』と悩んでいた半年前の気持ちを忘れず、リルリカ共々(ともども)頑張って欲しい。
今もまた、リルリカとマグシュはゲーナの指示によって、運搬に疲れた区民たちに魔力循環をして回っている。
心なしか、二人の表情に充足感が感じられた。
現在、自治区集落の中心には大きい施設が次々と建設されている。
集会所を建て直し、物資倉庫を必要なだけ増やし、そして大きめの武器防具製作保管庫を建築した。
獣人式の建設方法を会得した区民たちによる、会心の出来の施設だ。
ここは主にエンリケとベルゥラに任せてある、はずだが、実質はハテンサが実権を握って武器管理が為されているように見える。
最近鉄製の武器防具や道具を入手したので、エンリケは研究用の部屋に籠もって改良に腐心しているらしい。
ソムラルディもちょくちょく訪れてエンリケに助言を与えているようだ。
「より良きを求むる探究心の前にはヒトも森の民も無関係なり。
エンリケも我と同じ資質を持つ。
好きぞ、好きぞ。」
端正な顔を不気味に歪ませニンマリと笑う研究馬鹿のエルフ。
出来ればエンリケにはこうなって欲しくない。
「エンリケ、
ソムラルディから知識を学ぶのはいいが、
エルフの価値観に毒されることは避けてくれよ?」
「あはは、大丈夫だよ。
【先生】の話って僕には難しくてさ、
あんまり理解出来ないことが多いんだ。」
研究馬鹿を『先生』と呼んでいる時点で不安が募る。
先日訪れた精霊国の研究馬鹿も確か研究馬鹿を『先生』と呼んでいた。
もう一度しっかりとエンリケに釘を刺してから武器保管庫をあとにした。
集会所が新たに建設されている為、旧集会所は『区役所』と呼ばれ、区民の問題解決相談所と役目が変化していた。
ここにはカカンド、スムロイなどが基本的に詰めていて、区民から問題点を吸い上げ、自治区のバランスを取る仕事を行っている。
大袈裟に言えば自治区内の頭脳労働を一手に引き受け、行政司法立法を担当する責任者が集まっていると言えるだろう。
ただ、今は『自分たちの新天地を創り上げるのだ!』と区民たちが昂っている為に、問題はほとんど起きていない。
小さな国にあった小さな村という【狭い世界】で生きてきた彼らには、国を逃げ出したあとの【未来への展望】など脳裏に描くことが出来ないのだろう。
私やソムラルディの方針に異を唱えることなど考えもしないようで、ただ純粋に作業に打ち込んでいた。
そのため、カカンドは治りかけの足を引き摺り訓練場へ赴くことが多く、【聖女】と口に出すことを禁じられたスムロイら老人たちも不毛な議論を止め、畑仕事に精を出している。
唯一医師の【コゥヌス】だけが診療所に常駐し、留守番のような役目を担っていた。
「先生、最近怪我人や病人は出てないか?」
「ふぁふぁ、出とらんよ。
お前さんの【魔力循環】が効いとるんじゃろ。
暇で暇でしゃあないわい。」
「医師が暇なのは良い事だ。
予防が出来ているのだから誇っていい。
あとは事前準備を怠らないことだな。」
「ふぁふぁ、小憎たらしいことを言いよる。
ちゃんと薬などは準備しとるし、
普段の食事に薬膳を取り入れるよう進言しとるよ。」
「うん、出過ぎたことを言った、すまない。」
餅は餅屋、ということわざは前世のものだったろうか?
現世で【モチ】など見た事が無いので恐らく前世だろう。
いずれにしろ私一人の力には限りがある。
以前ツェルゼンに言われたように、私は自分の腕が届く範囲で頑張るしかない。
気持ちを新たに、【区長】として次の【視察】場所へと移動した。
集落の西側にある訓練場は大賑わいだった。
西側にあるというか、【何も無い】西側の土地が【訓練場】と称されているだけなのだが。
転んだ際に危なくないよう石や切り株などが排除された、だだっ広い場所で訓練が行われている。
私を除けば区内最強戦士であるツェルゼンが、軍隊式の鍛練で若者たちを扱いている。
扱かれている若者の中にドゥタン・キャンゾのウングラク組と、アグラス・ゲルイドのやんちゃ組が見える。
ドゥタンは相変わらず力任せな戦い方だが、キャンゾの動きには技術が感じられた。
二人とも警備の主力を担当させても構わないように見受けられる。
アグラスとゲルイドも以前とは見違えた動きを見せるものの、まだ体格が出来上がっていないためゴブリン相手でも危ういだろう。
テビンスが息子相手に熱血指導を行っているが、既に息子は音を上げかけていることに気付いて欲しい。
それに比べるとハッゲルらルイガーワルド兵士団の動きは素晴らしい。
恐らく一対一の闘いならばツェルゼンが一歩先んじるだろうが、集団戦ならば戦える区民が百人掛かりで挑んでも三十二名に敗北を喫するだろう。
それだけ熟練され統率された兵士たちと思えた。
ハッゲルたちに転がされた若者たちが次々と魔力循環を求めて私の所へやってくる。
数え切れないほど繰り返してきた仕事だ、魔力を流すことに私も熟練したものを感じてきていた。
やってくる人々に合わせた強さに魔力を調整することが可能になってきている。
痛みを感じる寸前まで強く魔力を流す。
相手の身体を巡る魔力の流れ方が把握出来てきており、皮膚感覚で強さを変化させられるようになった。
「ふむ、中々究めきてなありそ。
好きぞ、好きぞ。」
背後で研究馬鹿のエルフが呟いている。
私の【区内巡察】にはソムラルディとカンディがずっとついてくるのが常となっている。
研究馬鹿は私の【精霊の力】がどう成長するのか興味津々でついてくる。
一方のカンディだが、以前『依存するな』と言わないようゲーナに注意されたので実行したところ、それから彼女は私にピッタリついてきて離れないようになった。
何か仕事を言いつけない限り、この二人は常時私の傍に居続けている。
少しだけイラッとしたら即座にカンディの精神安定魔法が飛んできた。
振り返ったら満面の笑顔が迎えてくれたので、何も言えず頭を撫でておいた。
次は果樹園に行こうか、と腰を上げた時、周辺警備をしていたはずのモンゴがこちらへ走ってくるのが見えた。
焦った表情とその急ぎ足によって、何か【緊急事態】が起きたと理解できた。
近寄っていくと小声で囁かれた。
「ジッガ、【難民】を見付けた。
どうする?」




