二度あることは三度ある、よくある話だ
聖公国から狂信者がやってきてから数日後、今度はまた別の国からの訪問を受けた。
前回は『連れてきてしまって申し訳ない』と謝っていたキシンティルクが、今回は笑顔で三人の使節団を伴ってきた。
今回のお客さんは【ヘネローソ精霊国】から来たらしい。
聖公国の時と同じ顔ぶれで面会したところ、ソムラルディの知り合いだった。
「チュバリヌ、久しぶりなり。
息災なりきや?」
「あら、ソムラルディ先生、お久しぶりです。」
チュバリヌと呼ばれた女性は前回のナールメイナと同様、三十代半ば頃に見えた。
永世中立国関連ではなく、精霊研究での知り合いだそうだ。
精霊国を運営する議員の一人らしい、高位な地位とみて間違いない。
和やかに始まった会談だが、何用か知れないため緊張感は解けないでいた。
「ジッガさんは【精霊の力】が使えるとか?
先生もいらっしゃいますし、本物っぽいですね?」
「さもありなん。
まことありがたき幼娘なり。
精霊の力はなお成長中たり。」
「まぁ! どんなことが分かりました!?
是非是非教えてください先生!」
チュバリヌは私そっちのけでソムラルディと熱い討論を交わし始めた。
私たちは仕方なく他二名の使節と話し合い、精霊国について教えてもらった。
聞いてみると【ヘネローソ】はかなり近くに存在していた。
草原の川を北上した先が精霊国だったのだ。
アヴェーリシャからも直線距離で言えば近いが、断崖の道が使えない限り、【連なる山々】を迂回するしかないので辿り着くまで数か月かかるだろう。
遠い地と思われていた国だったが、近いと分かった途端に興味が湧いた。
確か十数年前まで【精霊】は実在していたと聞いている。
彼らもその頃に精霊と会ったことがあるらしい。
だが、既に【力】は失われていて、【聖なる泉】の中で命を永らえているだけの存在なのだそうだ。
現在は稀にその姿だけを見せてくれるという。
三十年ほど前に枯れた井戸を蘇らせたのが最後の【精霊の奇跡】だと話してくれた。
研究馬鹿二人が一向に論究をやめないので、使節二人が諦めた表情で持参した支援物資を説明し始めた。
食糧の他、鉄製の調理器具など貴重な品が入っていた。
丁寧に礼を尽くし、なけなしの食材で一晩歓待して帰国を見送る。
チュバリヌは最後まで【精霊】関連の話をやめなかった。
結局何しに来たんだ、という思いをした数日後、また別の国からの訪問を受けた。
無礼な狂信者たちに引き合せてしまった時と同じ轍は踏まず、キシンティルクは来訪者たちの情報を早馬で知らせてくれた。
その国の名を聞き、私たちは一様に身を震わせた。
つい半年前までアヴェーリシャと戦争を繰り広げていた国、【ルイガーワルド】からの一団だったのだ。
リベーレン自治区の主だった面々が集会所に集って会議が開かれた。
前二国と違い、ルイガーワルドは物見遊山で訪れたはずがない。
その意図をみな計りかねていた。
「アヴェーリシャの動向を確認するためでは?」
「国から逃げ出した俺たちにか?
意味無いだろ、普通に考えて。」
「何より我々がここに来てからまだひと月も経ってないんだぞ?
伝達速度がおかし過ぎる。
見張られていたのではないか?」
侃侃諤諤の議論が交わされるが一向に結論は出ない。
結局、遠い地にある避難民の私たちに危害を加えるとこはないだろう、と会談を受けることにした。
話を聞かないことには何も始まらない、と腹を括ったのだ。
翌日、またキシンティルクの先導で使節団が現れた。
その数は三十を超えるもので、物々しい武装がなされている。
明らかに訓練を受けた兵士たちだと一目で分かる。
見守る自治区の民らが怯えてしまっている様子が見て取れた。
連れて来たキシンティルクらも数が多い。
ボストウィナの姿も見える、【有事】に備えて駆り出されたのだろう。
「ジッガ、【ルイガーワルド】の、方々だ。
戦闘するつもり、無いはず。
支援物資も、あるらしい。」
剛毛の戦士の後を引き継ぎ、人間の兵士たちから進み出たものが馬から降り、話し始めた。
「アヴェーリシャから決死の逃避行を成功させた戦士たちよ。
我々はルイガーワルドより派遣された使節団である。
私は団長の【ハッゲル】という。
君たちの長という【ジッガ】殿はどなただろうか?」
どうやら獣人たちは彼らに私のことを伝えていないらしい。
目の前に立つ私をどう捉えたのか、視線を背後の人だかりに向けて話していた。
つまり我々の情報は詳細に掴んでいないということか。
「ハッゲル殿、ジッガとは私だ。
このリベーレン自治区の長を務めている。」
私の言葉にハッゲルは眼を剥く。
驚きの表情のまま背後を振り返ると、キシンティルクに問い質し頷き返されていた。
「お、おぉ、失礼したジッガ殿。
長たる貴女のことを聞き及んでいなかった。
相済まない。」
「謝罪には及ばない。
では来訪された用件を伺いたい。
ただ、我々の集会所は狭い。
数人だけ来て頂けないだろうか?」
「構わない。
三名で伺おう。」
そう言うとハッゲルは二名の兵士の名を呼び、私たちと共に集会所へ入っていく。
着席して挨拶を済ませると、ハッゲルが神妙な顔で話し始めた。
「まずは近年までの戦争による死者の霊を弔おう。
望まぬ戦いとはいえ、私たちは貴女がたの身内と殺し合いをした。
お互い謝罪などすべき立場ではないが、
罪無く命を散らした兵たちの魂は報われるべきと考えている。」
孤児院で憎き仇と教え込まれた相手のなんと気高き精神であることか。
実際にその殺し合いに参加していたモンゴらも面食らっている。
「ハッゲル殿、その考えに私も深く同意する。
まずは愚かな戦争に傷ついた人々を悼み、
心底から、かの魂たちが安らかなることを祈ろう。」
私の言葉で、その場の全員が瞑目し、祈りを捧げた。
戦争によって命を落とした父と、その悲しみによって後を追った母。
私は今になって初めて、二人の冥福を穏やかに祈ることが出来た。
「な! なんだ!?」
ハッゲルら三人が驚愕の叫び声を上げた。
祈る私の身体から無数の光が飛び出し舞い上がったのだ。
それは今までの比では無い。
恐らく何千もの魂の欠片が吸い出され、天へと昇っていった。
この中に両親の魂もあったのだろうか?
うねるように光り輝く室内は、昇っていく光の残滓を僅かに輝かせ、やがて静けさを取り戻した。
「ジ、ジッガ殿?
今のはいったい?」
「私には【精霊の力】が宿っているそうだ。
今の光はこの大地に漂っていた戦死者の魂の欠片が、
天にある【大自然の偉大なる魂】へと還っていったものらしい。」
「大自然の? よく分からないのだが?」
「こちらにいるエルフのソムラルディが存じている。
後ほど色々訊かれてはどうだろうか。」
ここで初めて彼らは外套を被った【エルフ】の存在に気付いたようだ。
「ほぉ! エルフの助力も得ているのか!
聞きしに勝るとはこのことだな!」
「ハッゲル殿、まずはそこから聞きたい。
どこから我々のことを【聞いた】のだ?」
「うむ、どこから説明しようか、
それほど難しい話ではないのだがな。」
彼の話は確かに難しくはなかった。
ただ、荒唐無稽な話ではあった。
ルイガーワルドは【精霊の友人】が創った国と聞き及んでいる。
現王もその血筋を引き継いでいて、魔法とは違う、不思議な力を持っているらしい。
その【力】とは【夢を見る】力なのだとか。
今回の件もまた、王の夢から始まった。
愚かな国アヴェーリシャを見限り、獣人の国へと旅立つ集団がいて、その集団はやがて発展し、ルイガーワルドへ助力する存在となっていく、そんな夢だったらしい。
この夢に従い、彼らはアヴェーリシャを南から迂回して数ヶ国の国境を越え、数週間の旅路の末、獣人の国ヌエボステレノスへ辿り着いた、そういう話だそうだ。
「我らが王の意向に従い、
私たちは君たちと友好関係を築くべく来訪した。
ここに至るまでに食糧はほぼ潰えたが、
武器防具などの物資は損なわれていない。
役立てて頂ければ幸いだ。」
自治区ではもうそろそろ畑の収穫に目途が付いている。
青銅をすっ飛ばして鉄製武具を得られることは、食糧よりも大変ありがたい。
だが糧食尽きたという彼らはどう帰国するつもりなのだろうか?
「そこで相談というか陳情となってしまうのだが、
どうか暫く我らをこの地に置かせてもらえないだろうか?
我が国が友邦である証明を私たちが誠意をもって示したい。
数日分の糧食しか持たぬ身で厚かましいが、なにとぞ!」
七年近く戦争をしていた相手とは思えぬ提案だったが、私の心は既に決まっていた。
周囲を見回しても難色を示す者は居なかった。
彼らルイガーワルド兵士団三十二名がリベーレン自治区に客分として滞在することが決定された。
自治区の民を広場に集め、詳細を話して聞かせる。
先程集会所から舞い上がった光が戦争による犠牲者の魂であることも伝えた。
アヴェーリシャへの反抗心を持つ彼らは、ルイガーワルドに対して含むところは然程無い。
共に暮らしていくうちにその振る舞い次第で信頼関係を築けるだろう。
少しの間は距離を置いた扱いとなるだろうが、あまり心配はしていない。
両親の魂を安らげるよう導いてくれた彼らに、頑なだった私でも感謝を抱いているのだから。




