一度聞いた話だが誰から聞いたか思い出せない
「ソムラルディは『人間と関わるな』という考えは持っていない。
私たちに同行しているのだからそれは証明されている。
キミたちに干渉しないことは私が保証しよう。
仲良くするよう強要もしない。
だから彼の滞在は許してもらえないだろうか?」
「むむ」
結局キシンティルクはやや渋ったものの首を縦に振ってくれた。
ソムラルディが九十越えの爺さんであることも影響したらしい。
【力が全て】という獣人の気風はあるものの、年長者に敬意を払う文化も存在しているようだった。
そして、その爺さんからキシンティルクを驚かせる提案が出された。
「かの村に居しほど、
地下深くに水脈の流れを感じき。
より深き井戸を掘らば水出づとぞ思う。」
「な!?」
かの村、とは【ボストウィナ】の村のことだろう。
村の井戸は水がほとんど枯れていたが、より深く掘れば更なる地下水脈が存在するのだろうか?
それが本当ならば獣人の国に対しての借りを、一気に返せる機会を得たことになる。
翌日、私たち【ジッガ団】はソムラルディを連れ、ボストウィナの村を訪れていた。
「ジッガ、
この辺良からん。
地の底より水の流れを感ず。」
ソムラルディ監督のもと、私たちは作業を開始した。
周囲ではキシンティルクやボストウィナたち獣人が、期待と不安の入り混じった目で、魔法による井戸掘りの様子を眺めている。
かなりの時間を掛け、何度も掘削が行われた。
カンディが柔らかくしたとはいえ、岩盤のような地層によりエンリケの強化した木製ツルハシは何個も犠牲になっていく。
空気を送り込むリルリカが音を上げ始めた頃、それは突然訪れた。
「水だ!」
固い地層を突き抜けた手応えと共に、流れる水音が鼓膜を震わせたのだ。
余りに深く潜ったため、私の声は地上に届かなかったらしい。
腰に巻かれた縄をぐいぐいと引き合図を送る。
引き上げられるのがもどかしく、エンリケの固めた側壁を蹴って地上へと駆け上がった。
井戸から飛び出た私に皆驚いた表情を見せたが、成功の報告によってみるみる歓喜のそれへと変化した。
「ジッガ! 水! 出たか!」
いつの間にかゼダックヘインが来ていて、私を抱え上げ歓声を上げる。
「あぁ! 大量の水音を感じた!
ちょっとやそっとじゃ無くならないはずだ!」
「すごいぞ! ジッガ!
民に代わり! 礼を言うぞ!」
周囲にいた村人たちも跳ね回って喜んでいる。
ぐったりしているエンリケとリルリカとは対照的だ。
しばらく狼男の両肩の上に乗せられ、村人の間を神輿のように担がれて回った。
お祭り騒ぎとはこのことだろう。
聞けば前回の逗留時に渡してあったカンディお手製の【実りの種】も、獣人の国各地で順調に育っているらしい。
まだまだ恩を返し切れてはいないが、返済の目途は立ったと言えるだろう。
獣人の国にはここと同じような村が百程度存在するという。
我々の生活が安定して、順々に巡り井戸を掘っていけば、借りを返すと同時に【信頼】も得られると思う。
ゼダックヘインとキシンティルクもその話に頷いてくれた。
ソムラルディも「好しや、好しや」と微笑んでいる。
もはや『エルフである』と殺気立つ者は居ない。
歓喜の賑わいに一層輪を掛けたのが、私の【祝福の光】だった。
今度は戸惑う獣人など一人もいない。
振り撒かれる光のシャワーに村人たちははしゃぎまくっている。
大喜びの獣人の見送りを受けながら、私たちは自治区へと帰っていった。
数日後、キシンティルクが再び訪れ、また食料を一週間分提供してくれた。
川での投げ網漁は乱獲が危惧されていたので非常にありがたい。
聞けばあの村に井戸が開通したことにより、近隣の村でも水不足が解消しつつあるという。
ここリベーレン自治区から水を運ぶより遥かに容易いため、荷馬車がひっきりなしに行き交っている状態なんだとか。
「改めて、礼を言う、ジッガ。
乾季のいま、水ほどありがたいもの、ない。」
「礼を言うのはこちらの方だ。
受け入れてくれたキミたちに少しだけ恩を返したに過ぎない。
もう少しで我々の畑には作物が実るだろう。
そうなれば遠出する環境も整う。
今回の食糧提供、ありがたく使わせてもらおう。」
「あぁ、期待してる。
お前たちに、栄え在れ。
神祖の導き、素晴らしき。」
キシンティルクとはだいぶ打ち解けた気がする。
国の要人と会談しているような雰囲気ではない。
あの気安過ぎる王の治める国なのだ、それも当然かと納得している自分がいた。
話が雑談に入ったのでキシンティルクに魔力循環を試してみた。
すると抑えた魔力量なのに、すぐに彼は痛みを訴えた。
同席していたソムラルディによると、獣人は魔力を受け入れる素地がかなり低いらしい。
その代わりに身体能力の高さが受け継がれているというのだ。
神祖返りのゼダックヘインに至っては治癒再生能力を持つらしく、少々の怪我などすぐさま完治するらしい。
前回手合せした際、手応えある打撃を喰らわせても即座に反撃をしてきたのはそういう訳かと腑に落ちた。
しかしそんな国王の秘密を気軽に話していいのかと問うたところ、『知られて困ることなど無い』と自信に満ちた答えが返ってきた。
万を越える獣人を束ねる王の強さとは、こんなにも配下を心酔させるのだな、と羨ましく感じた。
私ももっと強くなって、周囲を奮い立たせる王を目指さねばなるまい。
もう少しで自治区の生活は安定する。
そうなったら再び自分と仲間たちを鍛え上げ、強い国造りをしていこう。
獣人たちとの関係性が強化され、計画がしっかりと進んでいることが実感された。
カカンド・ツセンカ・イスレノに全力魔力循環をし始めて半月ほど経過した。
負傷部位の違いからか、それとも経年劣化に関係してなのか、まずツセンカが完治に近い状態となった。
警備団へ無事復帰し、身体の不調はほぼ無くなったという。
医師の見立てでも問題は無いらしく、私の【奇跡の力】を絶賛してくれた。
次いでカカンドが順調に回復している。
回復しているというか、失くした左足の爪先が【生えかけ】てきている。
衰えた筋力を取り戻すため、ツェルゼンの訓練を受け始めたらしい。
まだ無理をして欲しくないが、動けるようになってきたことが嬉しくてたまらないようだ。
イスレノの左腕は肘部分の再生が出来てきている。
曲げる肘部分の感覚に、また感涙していた。
だが恐らく完治するまでにはあと数ヶ月は掛かる、というソムラルディの見立てに肩を落としていた。
いずれにしろ経過は良好だ。
ますますスムロイやギルンダが【聖女】だ【精霊様】だと騒いでしまって、自治区の老人たちの話題の種となっている現状と成り果てていた。
そんな中、この【リベーレン自治区】は初めて【他国】の訪問を受けることとなった。
【サラパレイメン聖公国】というのが訪問者らの所属する国らしい。
かつて存在した【聖女】を中心として興された国で、既に聖女本人は病没されているが、現在は全ての国民が彼女の創り上げた教団の【信者】なのだそうだ。
キシンティルクが連れて来た五人の使節団は、旅に向かなそうな法衣を身に纏い、集会所で水を飲んで待っていた。
どうやら各国を渡り歩く行商人から『獣人の国に【聖女】がいる』という噂を聞きつけ、ゼダックヘインの許へ確認しに行き、ここまで辿り着いたという経緯らしかった。
「ナールメイナ殿、このこども、ジッガだ。」
「そうですか」
私が部屋に入るとキシンティルクが私を紹介してくれた。
五人の聖職者たちが立ち上がり、挨拶してくる。
ここは【国】ではなく、難民による【自治区】なので簡易的で構わない。
むしろ我々が礼を尽くさねばならないだろう。
「ジッガと申します。
この【リベーレン自治区】を取り纏めている者です。
こちらはカカンド、そしてゲーナです。
後ろに控えておりますのが旅の途中で同行することとなった、
エルフのソムラルディです。」
ソムラルディの存在に五人が息を呑む様子が伝わってきた。
どんな用件か知らないが、難癖を付けるつもりだったならばエルフの存在は想定外だっただろう。
「それで、本日のご訪問は如何様なものでしょうか?
我々は国を捨ててここまで逃げ延びてきた者たち、
【司祭】様のご訪問を受けるような立場などございませんが?」
かの聖公国では【司祭長】が首席と聞いている。
このナールメイナと名乗った女性は【司祭】らしい、かなり上位の地位と思われた。
現状では絶対に刺激したくない存在だ。
一度しっかりと片膝を突き、礼儀を払ってから席に着いて尋ねた。
ナールメイナは一度ソムラルディに視線を向けた後、私に向き直り詰問を始めた。
「ワタクシ共は、アヴェーリシャよりこの地に逃れてきた
【ジッガ】なる少女が【聖女】を僭称していると聞きました。
これは我が国として決して許されることではございません!
即時撤回し、二度と【聖女】を騙ることなきよう要求致します!」
開口一番、眉を吊り上げ捲くし立ててきた。
まともに相手をしたくない、アヴェーリシャの狂った指導者たちと同じ匂いを感じた。
「どうなのですか!?
お答えなさい! 偽聖女であることを認めなさい!」
さらに口角泡を飛ばす勢いで声を上げる彼女に対し、私は深々と頭を下げた。
狂信者が驚き言葉を失う、その隙を衝いて私は顔を上げ、言葉を紡いだ。
「御心を乱す行いをして申し訳ございませんでした。
私は僅かばかり魔力を持っておりまして、
共に避難した老人たちが気休めにて聖女様の幻影を見たようです。
二度と詐称致しません。
どうか、ご寛恕頂けますようお願い致します。」
そう言って私は再び机に叩頭した。
子供にしか見えない私の陳謝に、ナールメイナたちは一言二言捨て台詞を吐き、去っていった。
難癖を付けても何も毟り取れない、という判断もあったのだろう。
馬に乗った彼女らはすぐに見えなくなっていった。
ソムラルディに
「物狂い相手ならば、かの応えに上々なり。
好きぞ、好きぞ。」
と褒められて、気分は悪くなかった。




