人付き合いの難しさはどこでも変わらない
【国】という頸木から逃れ得た我々だが、それは良い面ばかりな訳ではない。
流浪の民である我々は【ヌエボステレノス】国と友好的ではあるものの、庇護下に置かれておらず、一時的な【自治権】を得ているに過ぎない。
今後ヌエボステレノス以外の国が干渉してきた場合、対応に苦慮することになるのは明白だ。
住みついて半月経った今は、私がスムロイに代わりこの【リベーレン自治区】の長となっている。
百六十五名の自治区民の命を背負い、自治区の未来を見据えて計画を練り直さねばならないだろう。
また、未だ食糧自給も儘ならず、住み始めた当初に【借用】という形で穀物を一週間分輸送してもらったが、その後は【漁】と山林の木の実で命を繋いでいる現状である。
ゼダックヘインやキシンティルクからは『返却はいつでもいい』と言われているが、これから国を興そうと志している私からすれば【矜持が許さない】状況だ。
彼らとて食糧が余っているわけではない、これ以上【借用】する訳にいかない。
二頭立ての馬車数台で山間の獣道を駆け抜け、【ディプボス】との中間にある川で投げ網漁を行い、日帰りして可能な限り干物などの保存食に加工する。
獣人たちは薄味を好むため、塩などの調味料は流通量こそ少ないものの安価でいずれ仕入れられる。
通貨や作物を持たぬ今は調味料を溜め込む意味が無い、存分に使用して魚を加工し続けた。
数日に一度の頻度で訪れるキシンティルクたちには井戸から汲み上げた【水】を利子代わりに贈っている。
二度目からは彼らの方が空の水瓶を持参して大量に持ち帰るようになっていた。
カンディの【浄化魔法】がかかっていることも喜ばれている。
ソムラルディによるとこの【浄化魔法】は【殺菌効果】が強いもので、人に掛けると病気に対しての抵抗力が弱まることを注意された。
今まで人に対して【浄化】していなくて本当に良かった。
何にしろ水や食料に対してならば有用な魔法なので重宝している。
キシンティルクにも『幼い子供に安心して与えられる』と好評だった。
投げ縄漁の護衛を終えて帰ってくるとツェルゼンとモンゴが揃って報告に来た。
「またゴブリンが出たのか?
何度目だ? 近くに巣でも有るんじゃないか?」
「そうかも知れん。
一度深めの探索が必要だろう。」
「警備団は今のところ警戒範囲が狭いから人手が余ってる。
周囲の山林へ伐採の仕事をさせてはどうだ?」
ゴブリンは今回二十匹程度だったのでツェルゼン含め十人程の戦闘員で全滅出来たとのことだ。
警備団以外の若者らも徐々に戦い慣れてきている。
モンゴの言う通り警備は持ち回りにして伐採に着手しても良いかもしれない。
家屋を建築した時のようにアグトに任せれば大丈夫だろうか。
扇端にある集落や畑には魔物はほとんど現れない。
あの地域はギルンダたち元気な年寄り連中に警備させておけばいいだろう。
問題は果樹園付近だ。
この地に住み始めてから既に五度、ゴブリンの群れから襲撃を受けている。
まだ果実は生っていないが、匂いに釣られてきている可能性が高いとソムラルディが言っていた。
ただ、周囲の山林はかなり広い。
闇雲に探索すると冗談ではなく遭難する。
伐採と同時進行で、地図を作りながら着実に探索していくしかないだろう。
畑の生育が順調なことには心を慰められている。
【イモ】など私たちにとって一般的な作物は、違う環境のここでもすくすくと育っていた。
【トマト】が最も良い経過を見せている、土地が合っているのかもしれない。
畑に関しては私が口出しすることなど殆ど無いので、逆に指示を貰って言われる箇所へ魔力を込め耕すだけだった。
何度目かのキシンティルクの訪問で、ついに私たちの秘密が詳らかになってしまった。
「ぬ! 長耳か!?
何故長耳が、人間と共にいる!?」
そう、獣人と仲の悪い【エルフ】である【ソムラルディ】が見付かってしまったのだ。
毎日が生活出来るギリギリの状態で暮らしている為、外套を着ず姿を晒しているソムラルディに皆が注意することを怠っていたのが原因だった。
ソムラルディとて毎日暑い中ずっと外套は着ていられない、キシンティルク来訪の予定を伝達出来ていなかった我々の方に落ち度が大きいだろう。
何にしろ、人間側の代表である私に、両者の間を取り持つ責任がある。
「キシンティルク、黙っていてすまなかった。
旅の途中で【ディプボス】近くを通った際、
エルフたちと出会い、彼一人が同行することになったんだ。
彼らとキミたち獣人の仲が良くないとは聞いている。
余計な諍いを嫌って身を潜めてもらっていた。」
「ぬぬ、
俺たちは、長耳を好かぬ。
かつては、直接戦った、仲良くない。
【古の盟約】あれど、関わりたくない。」
最近は少し慣れてきたのか、剛毛に覆われた彼の表情から感情が読み取れるようになっている。
今は明らかに不機嫌だ。
「それは我らとて同じ。
ヒトと違い獣人は偽りを吐かぬが長所なれど、
我らの意見を尽く心得んとせず。
素手の戦いのみに価値を計るなど、
浅慮さが獣人の短所かな。」
「ぬ! また俺たち、馬鹿にしたな!?
【決闘】で、貴様の命、縮めてやろうか!」
ドンと足を踏みしめ、今にも飛び掛からんとするキシンティルクと、静かに佇むソムラルディの間に、私は慌てて割って入った。
「待て待て! 待ってくれ!
二人には今までとても世話になっていて感謝しているんだ!
真剣な争いは止めてくれ!
それに何故そんなに仲が悪いんだ!?
まずそれを落ち着いて教えてくれ!」
割って入ったまま、二人の顔を交互に見上げる。
こういった時に、自分が子供であることを実感する。
子供に仲裁された大人は、大概バツの悪い表情を浮かべ、気勢を削がれてしまうからだ。
「よし、ひとまず喧嘩にはならないな?
まずは獣人とエルフが何故仲が悪いのか教えてくれ。
あと、【古の盟約】とは何だ?
聞いたことの無い言葉なんだが?」
「ふむ、では我が語らん。
さて良しや?」
「構わん」
二人に了承を得たところで場所を変える。
周囲を怯えた表情の区民たちが取り巻いていたからだ。
仮住宅の中で集会所として使用している家に案内し、水でもてなしてから話し合いを始めた。
ソムラルディは相変わらず話が長い。
キシンティルクが何度も苛立たしげに机を叩く、私も内心同感だった。
同席したカカンドとゲーナは落ち着いて聞いており、時折相槌を打ちながら話を結論へと誘導していく。
他にもモンゴやリルリカなどが同席していたが、全く発言しようとはしなかった。
リルリカ辺りは頭が良いのだから、もう少し積極性を持ってもらいたいものだ。
結局ソムラルディから聞いた内容とキシンティルクの補足で、ある程度両種族の関係性は理解した。
五百年前ぐらいから、【ヌエボステレノス】周辺で【亜人】と呼ばれる【エルフ】・【獣人】・【ドワーフ】らは【人間】と骨肉の争いを繰り広げ始めた。
話す言葉や食べるものもほぼ同じ、【魔物】を敵とする環境も同じ、それなのに【人間】は彼らを【亜人】と称し、自分たちと【違う存在】であると迫害し始めたのだ。
何故突然そうなったか、原因は判明していないそうだが、迫害される側の【亜人】たちには関係ないことだ。
怒りに燃えた三種族は、【古の盟約】と呼ばれる同盟関係を築きあげ、亜人同士手を取り合い人間と戦った。
百年ほど激しい戦いが続いたが、人間側がまた突然憑き物が落ちたように戦意を鎮静化させた。
そうして人間と亜人の争いは鎮まっていったが、亜人たちは人間への怒りと不信を抑えらず、古の盟約は結ばれたまま現在に至った、という話らしい。
だが、エルフ・獣人・ドワーフはそもそもの性質に違いが大きい。
【ドワーフ】はディプボスの北にある未踏の高山に囲まれた土地へと真っ先に引き篭もり、他種族との交流をほぼ断ち切った。
【エルフ】もまた同様に深い森の中央での暮らしを続けたが、最近一部の変わり者たちが【アバディマヘイド】という永世中立国へ移り住み、第二の故郷を築いた。
それでも大半は未だ『森の民』で在り続けている。
そんな中、【獣人】が三種族で最も人間との関わりを取り戻していた。
とは言っても国民は獣人のみで統一されており、人間の悪意を容れないように配慮はされている。
人間の行商人の通行を許している程度だ。
友好的な【精霊の興した国】との交流も持っている。
ただそんな【気の良い】獣人の在り様が他二種族から不安視された。
『人間との関係を断ち切るべき』と要請するエルフたちに獣人は『干渉するな』と反発した。
しつこく言ってくるエルフらに先々代の獣人の王がブチ切れ、ディプボス手前まで進軍したこともあったというのは以前聞いた話と繋がった。
人間が原因で【盟約】が成り、人間が原因で【仲違い】したらしい。
つくづく人間は欲深い。
おそらく五百年前に始まった争いも【欲】から起こったものだろう。
そして五百年経過した今も、人間である私が『争いをやめて欲しい』と一方的に【欲して】いるのだから。




