拍手は片方の手の平だけだと鳴らせない
『無理矢理繋げられて』治癒した直後の【ツセンカ】には、『身を屈めると痛む』『食後に腹から不快感が襲う』などの症状が見られた。
新天地での生活が落ち着いた頃、医師から報告を受け、ソムラルディ立会いのもと、再び【全力で】魔力循環を行うことになった。
結果、わずかだが症状が軽減されたようだ。
研究に憑りつかれた眼をしながらソムラルディが興奮気味に語る。
「げに、
確かに【魔力】より【精霊の力】感ぜらる。
これがヒトの言う【奇跡の力】とやらに影響しけむ。
【精霊国】の伝承にも無し、我らの知識にも無し。
おそらく里の研究者も知らぬ【力】と覚ゆ。」
結局のところ、『初めて見る現象だからわからない』ということだろう。
ただ、大変興味は持ったらしく、ツセンカへの魔力循環の際には必ず同伴することを約束させられた。
しかもこの【研究馬鹿のエルフ】は、作業していた【片腕の若者】を連れてきて、彼にも魔力循環を行うよう指示してきた。
「今までも彼には結構魔力を流してるぞ?
何の意味が有るんだ?」
「そは抑えし魔力ならん。
【全力】の魔力を【祈り】込め流すなり。
それに、ヒトの心の交わりを持ちて、
ジッガの【精霊の力】は成長中と覚ゆ。
昨日までと同じ結果とは限らず。」
半信半疑な気持ちが無くも無いが、片腕の若者、【イスレノ】に全力の魔力循環を行った。
最初は痛みに顔を歪め身を震わせたが、横に立つカンディの精神を癒す魔法で落ち着いていく。
ソムラルディが『好し』と言うまで続けろとのことだったので、しばらくの間、目を瞑り真剣に祈りながら魔力循環を続けた。
どれくらい続けたのか、研究馬鹿から声を掛けられ魔力を止める。
少し疲労を感じ、カンディと共に休憩を取った。
私たちの見てる前で、研究馬鹿がイスレノの腕を観察したり眼球を覗き込んだりしている。
イスレノが身体を弄られながらも笑顔で声を掛けてきた。
「ジッガ、ありがとう。
お荷物にしかならない俺を連れてきてくれて。
同じ志を持つ同志、
あの話、感動したんだ。
精一杯、俺の出来ることを頑張るよ。」
「あぁ、志を同じくする者が周囲に多いことを心強く思ってる。
きっとこの先、その志が国を興し、
強き集団となる礎になるだろう。」
私の言葉にイスレノは嬉しそうに何度も頷いている。
そうしていると研究馬鹿が己の観察結果を熱を込め述べてきた。
「思いし通りなり。
【奇跡の力】と呼ばるるその【魔力循環】なれど、
恐らく人体を【在るべき正しきさま】へ戻す効果あらん。
ありつるツセンカもさりき。
好きぞ、好きぞ。」
「怪我を治す力が有る、ということか。
【病気】には効くのか?」
「症例が無ければ分からず。
もしその場面が来ば定めて呼ばなん。」
「わかったわかった。
必ず呼ぶから、離れてくれ。」
またズイズイと近付いてくる研究馬鹿を押し返し、イスレノの肘から先の無い左腕を手に取り観察した。
戦闘によって負傷した彼の左肘部分だが、魔力を流す前は黒ずんで生気の無かった肌が、ピンク色の血色の良い肉によって盛り上がってきている。
「え? 腕が生えてきてるのか?」
「えぇ!?」
イスレノとカンディも驚いて私同様、研究馬鹿のエルフに顔を向ける。
「言いけむ。
【在るべき正しきさま】に戻ると。
まさに【奇跡の力】になありそ。
ヒトの名付けの感性も中々のものなり。」
どうやら私の魔力循環によって、彼は再び腕を得ることが出来るようだ。
そう気付いたのは私だけではなかった。
イスレノが私の右腕をがばっと掴み、膝から崩れ落ちて、祈りを捧げるような体勢になった。
いや、実際に彼は【私に】祈りを捧げていた。
感謝の言葉を繰り返し、復活を約束された左上腕で溢れる涙を拭っている。
「俺は、俺は【本当は】このまま、
最前線に立たない【納得できない生】を送るしかないって、諦めてた。
でも、ジッガ! お前の! お前のおかげで!
俺は! 俺は……、また槍を、……振るえる、
皆の為に……、戦え、るんだ、……そうだよな?」
「あぁ、そうだ!
戦うだけ、が人生ではないが、
キミは再び【戦う力】を取り戻した!
まだまだ私たちの【集団】は戦闘力に乏しい。
イスレノ! キミの【復活】を!
その【志】を! 私は、嬉しく思うぞ。」
「ジッガ……、誓うよ。
俺も、今なら心の底から誓える。
お前の国の、一員となりたい。
命も、何もかもを賭けられる。」
イスレノの【誓い】により、私たちの周囲に光が舞い散り、キラキラと輝きながら空へと昇っていった。
光の行く先をソムラルディが陶然とした表情で見送っている。
私はイスレノを立たせ、その背中を叩き激励し、作業へと戻らせた。
研究馬鹿がまだぼんやりしていたので、私とカンディは彼を置き去りにして、カカンドへ全力の魔力循環を行おうと早足で歩きだした。
カカンドに関しては約束していないので、【アレ】の立会いは必要ないと判断したのである。
ただ、イスレノを連れて来たことに関してだけは、心の中で感謝しておいた。
私たちの新天地たるこの扇状地一帯の区域は【リベーレン自治区】という名称に決定した。
今のところ、明確な境界線の無い曖昧な地域となっている。
獣人の国【ヌエボステレノス】の国境内の話なので、国王のゼダックヘインが「いいぞ」と言っている限り問題は無い。
しかし、周辺の人間の国々がこれを知ればどう考えるだろうか?
かつて痛手を与えられた獣人共に、一泡吹かせたいと画策する国が現れても不思議ではない。
アヴェーリシャの愚王ほどではないだろうが、権力に溺れた人間の道徳心など信義に値しないのは確実だ。
この国の重要人物であるキシンティルクと連携して上手く立ち回っていく必要があるだろう。
そう、国王ではなく、その右腕たるキシンティルクが望ましい。
「ジッガ、来たぞ。
格闘訓練、すぐやろう。
ぬ? 場所? そこらでいいぞ。
ぬ? 嫌か? わがまま言うな。」
今、私の目の前で『闘おう、さぁ闘おう』とワホワホ言ってる狼男では頼りにならないのだ。
「ゼダックヘイン様、
気を悪くしないで聞いてもらいたいのだが、
キミに【仕事】は無いのか?
この国に【徴税】は無いようだが、
兵士の【訓練】やら領地の【巡察】やら色々有る筈だろう?」
そう、驚いたことにこの国に【税】は存在しない。
【善性】によって成り立つこの国は、国民が食べ物や珍しいものを【善意】によって王に【献上】する。
ほとんどの兵士が半農半兵なため、大昔からそれで成り立ってしまっている。
剛毛の騎士たちが着る革鎧も国民による手造りの献上物だという。
ゼダックヘインに関してはほぼ裸だ。
腰布のようなものしか身に纏っていない。
狼のフサフサの体毛で覆われているので問題と意識し難いが、まさに【裸の王様】だ。
井戸に向かって『王様の耳は【狼】の耳ぃー!』と叫んでもいいかもしれない。
いや、能天気な王様に引き摺られて馬鹿な冗談を考えてしまった。
それに【前世の知識】から成る冗談を現世で話したところで通じない。
下手に話して皆からの信頼を失えば、私自身が【裸の王様】になってしまうだろう。
まずはこの戦闘馬鹿の相手を【無難】にこなさなくては。
「仕事? あるぞ。
強くなること、これは、重要だ。
強くすること、これも、重要だ。
あとは、
困ってる民、助けること、
一番に、重要だ。」
「だから国民を『強くする』ために【訓練】すればいい、
『困ってる民を助ける』ために【巡察】すればいい、
なぜ【ここ】に来る!?
食べるものが少ないことぐらい知ってるだろ!?
畑の作物を早く実らせなきゃならないんだ!
戦いたいなら【周辺の魔物】と戦ってくれ!
私たちは忙しいんだ!!」
無難に対応するはずが怒鳴り散らしてしまった。
しょんぼりする狼男はキシンティルクが、肩を怒らせる私にはカカンドがついてそれぞれを宥め、引き離していった。




