良い子悪い子と決める判断基準を教えて欲しい
アグトたちから気にするなと慰められ、村長の所へ行く前に共同生活に賛同する旨を伝えられた。
アグトとゲーナだけではなく、リルリカとマグシュも賛同している。
村長宅へ向かう途中聞いたのだが、ロイガは街の孤児院でも問題ばかり起こしていたそうだ。
暴力沙汰が最も多かったらしいが、脱走までしていたとのことだ。
何度も孤児院を脱走したが、数日すると食べ物を求めて結局戻ってくるらしい。
窃盗などの犯罪をしたわけではないので孤児院も彼を追い出さなかった。
それで兵士になったとしてもすぐに脱走兵になる未来しかなさそうなものだが。
しかし彼には彼なりの言い分がきっとあるのだろう。
広場にいた人の中にも少しだけロイガに同情する者がいた。
幼い頃に父を亡くし、唯一心を許していた母は彼をコントロール出来なかった、だからロイガが暴れ回る度に母親が必死に謝っていたのだそうだ。
その母も亡くし、今のロイガはタガが外れてしまったんだろう、と。
だがそれはこの場の孤児全員にも当てはまる境遇だ。
ロイガに同情し話していた人もそれにすぐ気付いて話は尻つぼみになった。
村長宅では改めて孤児たちの生活についての相談があったが、目新しい話は無かった。
私たち同様、それぞれの生家と畑を自由に使う許可と共同生活の許可が得られた。
アグトはもう十四歳だが、十歳の私がまとめ役で問題無い、と宣誓していた。
普通であれば異常なのだろうが、私たちは既に孤児院で共同生活を経験している。
そして私は三年前、孤児院で既に七歳の頃からまとめ役だったのだ。
リルリカとマグシュが少し懐疑的な様子だったが、先ほど私がロイガを打ち倒しているのを目撃していたせいか何も言わなかった。
午後から私たち七人は共同作業を開始した。
それぞれの生家を聞き取り調査したところ、ゲーナの家が石造りだと判明した。
他の家は土壁らしく、再利用は絶望的と判断した。
実際に確認してみるとゲーナの家はエンリケの家より広かった。
男女比が男三:女四なため、エンリケ宅を男性用、ゲーナ宅を女性用とした。
そう取り決めてまずは全員でゲーナの家と周辺を掃除した。
ゲーナの家は村の共同井戸が近くて便利だった、だがその代わり畑がやや遠い、エンリケ家の畑のすぐ隣に位置していた。
またそれぞれの家から布団や調味料などを運び出し、女性用男性用に振り分けた。
エンリケの家から私たちの布団をゲーナの家へ運ぶ時、エンリケが大変残念そうな顔をしていた。
両手に花の夢の生活が崩れて残念、と思っているのだろうか?
エンリケの感情の機微を把握することは今の私には難しいようだ。
食材管理や料理の設備はゲーナ宅の方が上質なため、毎日七人揃ってゲーナの家で食事を摂ることにした。
男たちにとっては畑の作業をする上で遠回りになってしまう。
しかし特に文句は無いようだった、むしろ食事の支度をする負担が減って良かったという雰囲気が伝わってきた。
つまり女たちは朝食の準備をし、午後は畑の作業を早めに切り上げ夕飯の支度をするのだが、これも異存は無いようだ。
私は男同様に畑の作業をするので料理の負担軽減ということになる。
だが私からも何ら言うことは無い。
朝は歩かず朝食を食べ、しかも夕飯後歩かなくてもよいのだ、私にとってとても都合が良かった、だからそれを口外しなかった。
午後の残り時間は各畑を見回る巡回を行うことにした。
各家の畑はどれも同じようなものだった。
そのうちの一ヶ所で【ウサギ】を見付けたので石を投げて仕留めた。
連れ立って歩き、買取所で換金した。
大した金額にはならなかったが、皆の経験として狩りと換金を行うことが出来た。
いずれ血抜きや解体なども覚えなければいけないだろう。
私は【イノシシ】の時ほどの罪悪感は感じなかった。
これが【慣れ】だろうか?
それとも私の心がどんどん【壊れて】しまっているのだろうか?
やがて人を殺すこともあるのだろうか?
それには慣れたくない、と強く思う。
戦争で見ず知らずの人たちと殺し合うことなどしたくない。
戦争はもう起こらないでほしい、小康状態とのことだが、なるべくそれが長く続いてほしいと心の底から願っている。
「ジッガ、大丈夫?
また怖い顔してるよ?」
気が付けばカンディが心配そうに私を見つめていた。
「いや、大丈夫だ。
やはりまだ生き物を殺すことに抵抗があるんだ。」
笑顔をつくりカンディに答えると、何故か彼女はとても悲しそうに見つめてきた。
「ジッガはとっても強いけど、心は強くないんだよね?
やりたくないことも無理してやってるんだよね?
ゴメンね?
ワタシいっつもジッガの役に立てないでいる・・・」
やがて泣き出してしまったカンディの頭を撫でながら私は慰め続けた。
幼い頃、母を慰めることにはいつも失敗していたが、カンディを慰めることはいつも成功している。
そんな私たち二人をゲーナが包むように抱きしめ、夕飯を食べようと私たちを促し歩き出した。
【ウサギ】の肉を少しもらったので今日のスープは美味いだろう。
ゲーナは料理を得意としているのだ、いつの間にかカンディも笑顔になっている。
美味しい料理を明日への活力にしよう。
私たちは毎日を必死に生きていくしかないのだから。
ゲーナの料理の腕前は衰えておらず、むしろ上達しているように感じた。
支援兵士として料理ばかりしていた、とゲーナは話していた。
私たち七人は夕食時にそれぞれの近況報告と自分の得意なことを話し合った。
明日からの役割分担や仕事のスケジュールを話し合い、本日は解散となった。
男たちは就寝の挨拶をしてエンリケの家へと帰っていった。
私たちも食器を洗い場に片付け就寝の準備をした。
私は皆に先に休む旨を伝えてから布団に入った。
そして集中を始め魔力を練り、全力の索敵魔法を放った。
日課となってきている村の集会所の観察をするのだ。
この村ではいま二百人程度の村人が暮らしている。
私の両親が生きていた頃は三百人を越えていたと聞いている。
六年以上続いた戦争によって三分の二以下にまで人数が減ってしまった。
戦死者はもちろんだが、半分以上は他国への移住によるものだ。
親戚の縁故や何かしらの伝手で戦争の無い他国へと避難していった。
家や畑と自分の家族の命を天秤にかけ、命を取ったのだろう。
私は索敵魔法によってそんな集会所での話を聞き情報収集をしていた。
集会所では夜に大人たちが集まり様々な話し合いをしていた。
本日は主にモンゴたち帰還兵が街や戦地で得た情報を皆に伝えていた。
その情報によって周囲の野盗への警戒や、今後街を通して税として収める作物の品種や、街での売価と村での買値売値の取り決めなどが話し合われている。
重要な話が終われば各々(おのおの)が愚痴をこぼし始める。
戦争や徴税に関しての国への不満、作物の不作具合からの不安。
みなそれぞれに悩みを抱えながら生きていることが窺えた。
そんな中、ロイガの話に併せ私の父にも関係する話を聞くことが出来た。
戦争で駆り出された村人の中にはロイガのような荒くれ者が他にもいたそうだ。
そんな血の気の多い兵士たちは最前線の戦地で暴走しがちらしい。
ここ一年ほどは隣国との戦争は最前線でも睨み合いばかりだった。
しかし始まって数年はまさに血みどろの殺し合いが行われていたという。
その引き金はだいたいそんな血の気の多い荒くれ者から始まる。
手柄を求めて上からの指示を無視して飛び出していってしまう。
それに引きずられて意味や戦術の存在しない素人の殺し合いへと発展する。
私の父の死もそんな同郷の村人の突貫から起きてしまったとのことだった。
だがその荒くれ者の村人も既に戦死しており、家族も残されていない。
私の父を含め戦死した者たちへの哀悼の言葉ばかりが集会所を埋めていた。
時折その荒くれ者の村人への罵倒の言葉もあったが、意味の無いものなのですぐに止んでしまう。
同様の気質のロイガを問題視する言葉があり、皆で監視することも決まっていた。
ロイガに戦死者の責任をなすりつける者もいたが、他の者に宥められていた。
ロイガはこの戦争で自分たちと同じ被害者の立場なのだと諭されながら。
私も索敵魔法で聞きながら同じ気持ちでいた。
確かに父の死の引き金はその同郷の荒くれ者だったかもしれない。
だが誰が父の死の原因なのかと問われたらそれはこの国の指導者たちだと答える。
そしてロイガにはその責任が欠片も存在しない。
馬鹿どもが戦争を起こしたから私の父は死んだのだ。
『私はきっと生涯この怒りを抱えたまま生きていくのだろう』
私は帰還してからニーナをはじめとして、この村の人たちから【良い子】だと褒められることが多い。
だが私は自らを【良い子】だとは思わない。
王族でもなく貴族でもない、小さな村の孤児でしかない私だが、いずれ私は【この国の王を打倒する者】となる、そう決意しているのだ。
そのために私は自分自身の【個】の力を磨き、
自分と同じ【志】を持つものを集め【集団】を創り上げる。
そして私はその【集団】の力によってこの国を【滅ぼす】のだ。
そんな私はこの国にとって【悪い】存在だろう。
もしかしたら私の願いが成就した時、この村の何割かの人々は不幸になってしまうのかもしれない。
だが私はこの志の旗を降ろすつもりはない。
この国を潰すことによってこれ以上不幸な人を生み出さないようにする、などと【綺麗ごと】を言うつもりもない。
ただ知って欲しいのだ
この戦争を引き起こした者たちに
【死】が
どんなに辛く
苦しいものであるかを