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滂沱の日々  作者: 水下直英
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衣食足りても礼節を知らない者が多い


「【さきの世の思い出】なりや。

 げにゆかしな。

 いかなるものなり?

 【精霊の力】と繋がりは感ずや?」


案の定、【前世の記憶】の話はソムラルディに大変興味を持たれた。


しかも質問ばかりで答えは全く出ない。


唯一出た推論は『たぶん【魔力】は関係ない』というものだけだった。


では【精霊の力】が関係しているのだろうか?


ただ今の私にそれを悠長に考察している暇は無い。


皆で生き抜くために、今日も仕事は山積みなのだ。



「いたぞ、【ユメクイ】だ、音を立てるな。」


扇状地から山間部に入った場所でツェルゼンが【ユメクイ】の存在を察知した。


報告を受けすぐさま討伐隊が結成され、先日オーク五体と戦闘した際の六人で山へ分け入った。


ユメクイとの戦闘で最も気を付けるべきポイントは、不可思議な動き出しと、長い口から更に長く飛び出すあの鋭い【舌】だ。


オーク以上の腕力も脅威だが、スピードはオークと同等なので充分躱せる。


【舌】さえ封じた後なら、持久戦に持ち込めば私抜きでも倒すことが可能となる。


皆の戦闘勘を維持するため、今回私は極力手を出さない、そのように相談の上で結論が出た。


腰に結わえた【秘密兵器】をさすりながら皆の後方を歩き、ユメクイに接近していった。



「ジッガ!」


「応っ!」


ツェルゼンが強化した楯でユメクイの【舌】を受け止めた。


その瞬間に私は腰の秘密兵器、【片手剣】で長く伸びた舌を両断した。


キシンティルクから借り受けたもので、【ヌエボステレノス】内でも貴重品だ。


ユメクイは口元を抑え悶絶している。


その隙に五人の槍や弓矢が次々に打ち込まれ、舌を失った哀れな魔物は数分後、死へと追いやられた。


解体と処理は五人に任せ、私は次の作業場所へと向かった。



 比較的若い村人たちがせっせと汗水流して働いている。


彼らは大きな石を扇頂から運び、ソムラルディの指示に従い扇央に【堤防】を築いているのだ。


この地を紹介された時にキシンティルクは言っていた、『大雨の時期には【土砂崩れ】が起きる』と。


扇端の集落・畑と扇央の果樹園は何としても死守しなければならない。


その為の【治水工事】だ。


乾季の今、干上がっている川跡をソムラルディが観察し、雨で増水した際にどんな流れになるか予測をしてもらい、【堤防】によって流れの勢いを止めつつ被害が出ない方向へ逸らす。


エルフの里でも果樹園を保持しているので、似たような整備方法は知っているそうだ。


【エルフの知識】には非常に助けられている。


いきなり逃避行に同行された時には懸念を感じていたが、思いのほか馴染んできている。


中身がかなりの年寄りだと判明したのが大きいように思う。


多少トゲのある物言いも、九十歳以上の爺さんが言っていると思えば、なんとなく聞き流すことが出来た。


今も私は彼の指示で大きな岩の位置を、全力の身体強化でズラしている。


「おおっ!」という若者たちの歓声を耳にしながら、力を込めて岩を押し進めた。


そして若者たちの掘った浅い穴に落とし込む。


ドゥタンやアグラスたちが「さすがジッガ!」と喝采してくれていた。


これであとはエンリケの仕事となる。


エンリケの固着魔法はエルフから見ても珍しいモノらしく、ソムラルディによる【細かい指示】と【細かい質問】と【執拗な観察】を受けながら作業をしていた。


少し気の毒だが、それで【新しい発見】が出来ればこの【共同生活】の力となる。


背中を叩いて励ますと、微笑みながら頷き、また堤防の固着作業に入っていった。



 気付けばベルゥラもソムラルディの横にいて、何やら講釈を受けながらエンリケを観察している。


彼女も魔力を流し続けた成果により、最近魔力発現のきざしが見え始めた。


そんなソムラルディにとって「有り難き」存在が、放っておかれる筈が無かった。


討伐で母のハテンサが不在なこともあり、ベルゥラはこの毒舌エルフに引き回され、【魔力】について学んでいるわけだ。


汗が引いた私は休憩を終え、彼女らに挨拶して集落への道を降っていった。



 この【新天地】での生活が始まり、一週間も経過していない。


問題は山積みだ。


だがしかし、今の生活には笑顔が溢れていた。


今までの村での生活とは一変しているが、やるべきことは沢山あり、しかも一歩一歩の成果が目に見える。


慌ただしさが皆から現実を不安視する力を奪っているのかもしれない。


国の圧政から逃れることが出来た、という解放感もあるだろう。


会う人会う人全員からやる気が満ち溢れているのが分かった。


今もまた、バッタリ会った村長スムロイとギルンダに片腕ずつ掴まれ、【会議】に参加するよう連れて行かれようとしていた。



「なるほど、この集落の【名前】か。」


簡単なようで難しい議題だ。


そもそも私たちの集団の位置づけが、判断に迷うところだろう。


【避難民】ではあるが、獣人の国からは【自治】を許されている。


だが僅か百六十五名の集団だ、【国】は名乗れない。


名乗ってもいいかもしれないが、隣国に難癖を付けられ滅ぼされるのは勘弁だ。


【善良】な獣人にちょっかいを掛けてくるような国なのだ、どんな対応をされるか分かったものではない。


ソムラルディが建国の手伝いをした【アバディマヘイド】という国では外交的な問題はほとんど無かったらしい。


【永世中立国】を宣言したのが大きい要因だそうだ。


戦争に疲れた両脇の二国が後ろ盾となっているのも、他国への牽制となったという。


二つの大国が『もう戦争はしたくない』と興した、『エルフ』たちによる『永世中立国』にちょっかいを掛ける国は中々存在しないだろうと思われた。



 ひるがえって、自分たちの状況をおもんばかる。


根本的には【避難民】である、立場は弱い。


【永世中立国】も名乗れない、いずれ【アヴェーリシャ】を打ち倒す予定なのだから。


いっそ【真・アヴェーリシャ】と名乗ってやろうか、王族らが青筋立てて怒ることだろう。


村長らに提案したら愉快そうに笑ってくれたが【却下】された。


あの愚かな王たちは怒りに任せてここまで攻め込んでくる可能性があるから、だそうだ。


確かに今の状態であの【馬鹿共】を相手にしたくない。


狂っている者たちは思考が読めない、損得が通じないし、そもそも理屈が通じない。


他者への礼儀は欠片も尽くさず、他者からの無礼は欠片も許さない。


そんな王族・貴族の話はアヴェーリシャにごまんとあった。


自分で言い出した冗談だが、思い出して不愉快になってしまった。



 話題を変える為、名前の話に戻した。


「ではもう簡単に【◯◯(なんとか)自治区】でいいんじゃないか?」


言ってみてから『おや?』と違和感を覚えた。


こういう時にはカカンドやゲーナから、フォローなり第一案なりが出されるのが常だ。


見回してみて、年寄りばかりでいつもの会議の面子とは異なっている、と今さら気付いた。


「【祝福の聖女】自治区はどうじゃ?」


「いんやいんや、【いくさ精霊による】自治区じゃ、

 言葉の響きもいいじゃろ?」


「な~にを寝惚けとる!

 【ジッガ・リベーレン】自治区に決まっとろぉが!

 キシンティルク殿も認めてたじゃろ!」


「そりゃただジッガが名乗っただけじゃ!

 確かにありゃ嬉しかったが今の話は別物じゃろ!

 ジッガは【神の使徒】じゃ! その一択しかない!」


老人らの議論はすぐにヒートアップして収拾がつかなくなっていく。


白熱する彼らに気付かれぬよう、そっとその場を離れた。



 集落から少し歩いた先には【畑】が並んでいる。


新生活初日から着手した【荒地】の開墾は続けられており、老若男女が小石の除去や害虫の駆除、クワでの掘り起こしをしていた。


「ニーナおばさん、大丈夫か?

 疲れてるんじゃないか?」


屈み込んだ作業で腰を痛めたらしきニーナを見付け、魔力を流す。


「おや、ありがとよジッガ。

 ……んー、

 村にいた頃にゃ、

 こんな風になるなんて想像出来なかったねぇ。」


「ん、そうだな」


「シェーナにも、……見せたかったねぇ」


「うん」


空を見上げたニーナにつられ、私も晴れた空を見上げる。



うるみかけた瞳を風が優しく撫でる。



『大丈夫だよ、見てるよ』とシェーナに言われた気がした。




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