新天地での生活に必要なものとは
キシンティルクは好奇心旺盛な人柄らしい、様々なことを訊かれた。
アヴェーリシャという国のこと、住んでいた村での生活、ここまでの逃避行の詳細、ソムラルディの存在だけ曖昧にして、他は包み隠さず話した。
私だけでは拙いので、カカンドが傍で補足してくれる。
カカンドの義足についても興味を持ち、その経緯をかいつまんで説明されていた。
「許せん! それが! 貴族の振る舞いか!
恥を知らん! 絶対に! 許せん!」
妻子を貴族によって喪った彼の過去に、キシンティルクが激昂している。
今まで【王の右腕】という冷静で有能な雰囲気だったので少し慌ててしまう。
カカンドが懸命に宥めてようやく落ち着いた。
聞けばキシンティルクは【前王】の息子という立場だった。
ボストウィナは彼のことを『結構偉い』と言っていたが、そんなあっさりしたものではなかった。
人の上に立つ教育をしっかり受けている、という印象を他者に与える好人物だ。
【神祖返り】というゼダックヘインが同時代に産まれなければ、彼が【王】になっていたという。
血族に縛られず、【力】が重視される獣人の国ならではの現象である。
「だが、満足だ。
この国、過去一番、安定してる。
王様の、おかげだ。」
善人の集まりであるこの国は、周囲にある人間の国からちょっかいを受け易い。
今までも何度か国境の山際で小競り合いが有ったという。
それがゼダックヘインによってピタリと無くなった。
【神祖返り】の圧倒的な戦闘能力の前には、人間など無力な存在だったのだ。
【王】に即位してからはその【力】を恐れ、人間の国々は沈黙を続けているらしい。
「俺が王でも、たぶん、問題は無い。
だが、ゼダックヘインが、王様、
それが、最高だ。」
剛毛の中に垣間見える目を細め、にこやかに話すキシンティルク、きっと本心からの言葉なのだろう。
ゼダックヘインが彼らの気持ちに応える【王の器】を持っていることを、私も感じている。
真っ向から闘い、ゼダックヘインの性根を少しだが理解できた。
真っ直ぐ過ぎるほど真っ直ぐで、他人に惑わされない、そんな【力】を感じた。
良い国だ。
あの王を頂点にして、『善性』で一枚岩となっているこの国を羨ましくすら思う。
そう話していたらゲーナとカンディに頭を撫でられた。
『私たちはジッガが創る国も【良い国】になるって信じてるよ』と。
次の日になり、私たちはキシンティルクに案内され、新天地へと向かう。
そこには【扇状地】が広がっていた。
「川が無いな?」
私の呟きにキシンティルクが頷く。
「昔は、川が有った、らしい。
よく分かるな? 魔法か?」
「いや、【閃き】だ。」
改めて考えてみると、この【前世の記憶】を時々覗き見る【能力】も魔法なのだろうか?
後でソムラルディに相談する必要を感じた。
が、まずは眼の前のことだ。
生きていくために【この土地】を何とかしなければいけない。
「この地、畑に向かない。
大雨の時期、地面崩れる。
難しい土地、大丈夫か?」
キシンティルクが心配そうに尋ねてくるが、この土地でも充分に好意的だ。
人間の国々に付け入られる口実を作らせない為、私たちをあからさまに国に住まわせるわけにはいかない。
同じ様な集団を送り込まれ、悪意に蝕まれないようにしないといけないからだ。
「工夫して何とかする。
工面してもらった食料もいずれ返す。
尽力に感謝する。」
「色々な、話聞けた。
当面は、それの礼だ。
気にするな。」
もしかしたら好奇心旺盛なのではなく、こちらの罪悪感を減らそうと彼是訊いていたのだろうか?
有り得る話だが、彼の気遣いを無にしない為に聞き質さなかった。
キシンティルクが手配した人員が、扇状地のすそ部分に家屋を建て始める。
周辺から木を伐りだし、運んできて木材に加工する。
これはアグトが中心となって行い、身体強化魔法を存分に活かしていた。
ツェルゼンやモンゴらは周辺警備をしている。
ヌエボステレノスを囲む山々には魔物が出没する、油断できる環境ではない。
だが野営地にいる老人や女性たちは村にいた頃より安心出来ると口々に伝えてくる。
『苛烈な国政は【魔物】より恐ろしいのだな』とキシンティルクが呟いていた。
私はカンディやエンリケらと【井戸】を掘る作業に入った。
【扇状地】ならば、川が見えずとも地の底に水が有る可能性が高い。
ゲーナが井戸に適したポイントをすぐに探り当てた。
今までで最も深く掘った気がする。
だがその甲斐あって一発で豊富な地下水を得ることが出来た。
キシンティルクが目を剥き驚いている。
それはそうだろう、国全体が水不足に喘いでいる中、目の前で人間たちが【魔法】によって簡単に水を得たのだから。
実際には簡単ではないし、途中で不安になる深さだった。
井戸の壁を魔法で固め続けたエンリケがクタクタになっている。
風を送り込み続けたリルリカもしんどそうだ。
私とカンディが元気なため、キシンティルクの驚きを助長してしまっているのだろうと思われた。
何にしろ、水は得られた。
まだ陽が高く時間はある、家屋の作製はアグトや獣人たちに任せ、次の作業へ移ることにした。
扇端の集落部分から山々の谷部分へ向かい、扇の始まりから扇端の半ば、扇央で足を止めた。
キシンティルクが付いて来なかったので、ソムラルディを連れてきてある。
「うむ、果樹園ならばここら良からん。
【ブドウ】ならば確実なり。
他の物も類次第なれど、
おおかた安穏ならん。
されど数年頃掛かるぞ?
それまで如何するなり?」
確かに果樹はどれも実が生るまで数年掛かってしまう。
カンディの【実りの種】と私の【練り込む魔力】を掛け合せても成長速度は三倍か四倍が限度だろう。
「【イモ】などの通常の畑を扇端より低地に作る。
そして【狩り】と【漁】もする。
生きるために、全てを行う。」
「ほ、ほう。
意地汚く生を欲すや。
されどそれこそ生類の本能もこそ。」
私の気迫にややヒいた様子のソムラルディだが、構っていられない。
その場で次々と魔力を込めて土地を耕し、カンディが魔力を込めた様々な果実の種を植えていった。
粗方耕し終わったので後は村人たちに託し、私は通常の畑の分も耕すために高台を駆け下りた。
驚いたことに僅か数時間で数軒の家屋の骨組みが出来上がっていた。
普通の人間と大差ないように見えるが、やはり獣人は身体能力が高いのだろう。
それに手先が器用らしい、一緒に作業した人間の村人らが感心している。
彼らを励ましたあと、私は道沿いの農地に向いた場所へ老人たちを引き連れ赴き、猛然と開墾を始めた。
夕刻まであまり時間が無く、満足いくまでは出来なかったが、ある程度の広さの畑にはなった。
人海戦術で小石などを取り除き、私やゲーナが岩や切り株を除去して耕した。
マグシュも土に魔力を練り込ませられるようになっている。
魔力を流せるようになったことも考えると、意外と器用なのかもしれない。
魔力循環や土に魔力を練り込むことが出来ないカンディは、黙々と種に魔力を注いでいた。
夕闇が迫る前に作業を切り上げ、カンディの頭を撫でながら集落へ戻った。
「果樹園か、それもまた、良し。
ジッガたち、きっと出来る。
井戸を見て、確信した。」
一緒に夕飯を摂りながら話し合っていると、キシンティルクが太鼓判を押してくれた。
今まで自分たちが苦労していた水問題をあっさり乗り越えたことが衝撃だったと思われる。
翌朝、私が老人たちと超特急で作り上げた畑から芽が出ているのを見て、キシンティルクは卒倒寸前になっていた。




