素直である、というのは良い面ばかりではない
「すごいぞ!
あのこども! すごいぞ!」
「さすがジッガだ!
いけるぞ! その調子だ!」
私たちの常人には為し得ない攻防を目の当たりにし、見物していた村人の緊張した空気が、感嘆の叫び声で打ち破られた。
ゼダックヘインも表情こそ汲み取れないが、肩を揺らし笑っているようだ。
薄く肉球が拡がったような手の平で何度か拍手をしている。
その音に気付き村人たちは再び私たちを注視し始めた。
「ジッガ、いいぞ。
膝蹴り、いい【力】だ。
俺の動き、ついて来る奴、久々だ。」
「そうか」
どうやら彼はまだ【全力】を出していないようだ。
心の中で冷や汗が流れる。
ツェルゼンとの格闘訓練が活きているが、正直桁違いの戦闘能力相手に躱し続けられる気はしていない。
どうにか突破口を見付けなければ。
躱すだけでは勝てない、躱しつつカウンターを当てるしかない。
だが先程の飛び膝蹴りへの反応を見るに、反射速度もまた図抜けている。
カウンターを仕掛けても更にカウンターをもらう可能性が高い。
再び戦闘態勢に入った【神祖返り】とやらの存在は、私が初めて出会う【勝ち目を感じさせない】強敵だった。
爪による打撃を抑える為だろう、狼男は両手を握り込んで構えている。
聞いたところゼダックヘインは四足での移動攻撃も得意なのだそうだ。
昨夜ボストウィナが自分たちの王を誇らしげに語っていた。
だがあの丸めた拳では四足移動は出来ないだろう。
いくつかハンデを貰っているのだなと思ったが、その数瞬後にまるでハンデを感じさせない怒涛の攻撃が待っていた。
再びフェイントを織り交ぜた動きで接近してくる狼男。
裏拳をダッキングで躱し腹部へ右ストレートをカウンターで合わせる。
だが私の右拳は空を切り、逆に狼男の右ヒジが頭上から降ってきた。
頭を下ろし躱しつつ、左脚を勢い良く後ろへ跳ねあげ、蠍の尻尾のようにカカトで迎撃する。
一連の攻防の中で初めてクリーンヒットの手応えを感じた。
カカトがどこに命中したかは掴めなかったが、当たった勢いを利用して後方へ跳ね飛び、再び距離を取った。
が、その距離を一瞬で詰められた。
カカトから感じた手応えほどにはダメージを与えられなかったらしい。
真っ直ぐ飛び込んできた狼男は殴ると見せかけ、私の両腕を掴んだ。
この体重差である、捕まれば【終わり】、と誰もが思っただろう。
「じぇいっ!」
私は掴んできた両手首を逆に掴んで、相手の力を利用し、捻りを加えた動きで相手の体重移動を阻害し投げ飛ばした。
体格差のある相手に有効な技だ。
ツェルゼンの厳しい鍛練に感謝する。
小さな体格の私を心配した師範に何度も叩き込まれた動きが自然に出てきた。
狼男は受け身を取るために手を離さざるを得ない。
受け身を取りつつ全身のバネを使い跳ね起きる。
綺麗に投げることは出来たが、やはり左程ダメージを与えられていないようだ。
私の方はノーダメージだが、恐らく一撃でも喰らったら【終わる】。
何故自分が投げられたのか納得のいかない様子でゼダックヘインは首を捻っている。
戸惑っているならばこちらの好機だ。
今度は私の方から仕掛けた。
カウンターによる【待ち】の姿勢では、いずれ堪え切れなくなり【一撃】をもらってしまう。
勝ち目を感じさせない巨体の狼男を【一瞬】でも屈服させるべく、攻勢に出た。
正面から飛び込んできた私に、狼男は殴打で対応した。
狼男としては掴みかかると先程のように投げられるし蹴りだと隙が大きい。
細かいジャブの連打で私の突進の勢いを削がんとする。
その膂力を考えれば、ジャブすら一発たりとも喰らうわけにはいかない。
私は防御に回るしかない、見ていた者も全員そう考えただろう。
だが、
「おおっ!?」
私はスライディングして高い股下をくぐり、【尻尾】を掴んで速度を殺し、背後から飛び乗り狼男の頭部を捕らえた。
「てぃっ!」
「ぐがっ!?」
拳での迎撃が飛んでくる前に、アゴに両手を掛け全力で引き上げた。
不意打ちにより首をガクンと引かれた衝撃で狼男は、両腕で頭上を掻きながら上半身を回転させ、小さな人間の子供である私を振り払う。
「止めっ!」
ここで審判役のキシンティルクが制止の声を上げた。
「王様、そろそろ、どうか?
これ以上だと、本気過ぎる。」
私としては本当に最良のタイミングだ、これ以上この狼男の戦闘能力をいなし続けられる自信が無い。
ツェルゼンやアグトら見届け人たちも息を呑んで【ヌエボステレノス国王】の言葉を待つ。
「む、むむむ」
狼男は腕組みし、腰を回しながら尻尾を振り、思い悩んでいる。
私たちが事前に想定した中で最悪な事態は、獣人たちから『食糧を与えるから他国へ行ってくれ』と提案されることだ。
彼らの『善性』と『掟を守る』立場を考えれば、その選択が一番無難だ。
人間を匿って他国から横槍を入れられることも無い。
不安を抱えながら、悩む狼男の答えを待つ。
「まだだ! やはりまだだ!」
闘い好きの国王様はまだ闘いを求めているようだ。
これ以上戦っても私に勝ち目は無いと思われる、絶望的だ。
だが、狼男の言葉はまだ終わっていなかった。
「まだ俺も、ジッガも、満足いってない!
闘えていない!
何度も、何度も、闘いたい!
ジッガ! 【これからも】! 闘うか!?」
この国王様の言葉に私は期待の言葉を被せた。
「つまり、
【この先も】闘っていける未来を選択した、
そう受け取っていいのか?」
「ああ! 構わん!
ジッガは! 充分に! 【力】を見せた!
強き者! 歓迎しよう!
また闘え!」
「あぁ! いいとも!」
狼男の毛深い右手が頭上から差し出されたので握り返す。
わっと歓声を上げる村人たち、ゲーナらが安堵してへたり込むのが視界の端に映る。
と、狼男が握った手を引き寄せて私を持ち上げた。
そのまま肩に担ぎ、周囲で見物していた村人たちに手を振り始めた。
「ジッガ! お前も、手を振れ!
応援の礼、しろ!」
「え? あ、あぁ、そうだな」
言われるがままに片手を振る。
これは【王】としての自覚による振る舞いだろうか、それともただノリが良い性格からくるものか。
場内を一周して、二週目に入ろうとしたところでキシンティルクから「王様、そろそろ」と止められた、どうやら後者だったらしい。
「ジッガ、
お前の【力】、裏表無い、佳きものだ。
キシンティルク、そうだな?」
「はい、いまの闘い、良きもの。
間違いない。」
何の忖度も無い称賛の言葉に喜びを感じる。
「今まで、何度か、人間と会った。
あまり、良い印象、無かった。
口先だけ、嘘も多い。
ジッガ、お前は違うか?」
「んん、そう聞かれると答え難いな。
人間の社会では、馬鹿正直に生きると損ばかりする。
それに感情に任せて生きても他者を傷つける。
人間は【強かさ】と【優しさ】を持ってるんだ。
私はそう考えている。」
「ふん、
人間、面倒な考え方。
難しいこと、キシンティルク、任せた。」
鼻を鳴らし腕組みをするゼダックヘイン、不満な気持ちを露骨に表している。
取り成すようにキシンティルクが話を引き受けた。
「ではジッガ、住む場所など、話そう。
話す者、お前だけか?」
どうやら国王の仕事は闘うことだけで、会議はキシンティルクが担当するらしい。
村の中央広場に戻り、私たちが馬車に天幕を張り作った野営地で、今後の方針を話し合った。
国王の参加している会議とは思えぬ、雑然とした雰囲気のまま話は進められた。
私たちは通ってきた道の北側にある山際に滞在することが決められた。
何故か参加していたボストウィナが『この村に一緒に住めばどうか?』と提案したが、却下されていた。
キシンティルクは明言しなかったが、私はその理由を察していた。
この国の獣人たちは『善性』が濃過ぎるのだ。
人間たちと交流しても恐らく獣人側が一方的に損をし、傷ついてしまうだろう。
恐らくそんな過去の出来事が何度もあったと思われる。
『獣人以外住ませない』そんな国の掟は自然に出来上がったに違いない。
会議後、私はその旨を村長らに伝え、獣人側へ最大限配慮する規則作りを始めた。
彼らとの価値観の違いで互いの信頼関係が崩れないようにする、【まとめ役】としての責務を感じての行いだった。
再び握手した後、「また来る」と言い残してゼダックヘインは帰っていった。
キシンティルクらは残って私たちが定められた場所へ移動するまで面倒を見てくれるらしい。
私たちの当面の食糧や、仮設住宅を建てる人手などは既に手配済みだった。
明日届くとのことで、この地にもう一泊することとなった。
私がゼダックヘインにあっさり負けていた場合はどうするつもりだったのだろうか?
もしかしたらそれでも食料は分け与えてくれたかもしれない。
獣人たちの底抜けの『善性』に、私の方が心配な気持ちになってしまった。




