王の器というものを間近で感じたならば
夕方になり、互いの村長が合意したことで、獣人と人間が合同で夕食を摂ることとなった。
私たちは保存食や【イモ】を提供し、獣人たちが採れたての新鮮な野菜と一緒に料理をし始めた。
ゲーナが味見をしたところ、かなりの薄味だが素材の良さが感じられる、という曖昧な評価だった。
みなに料理が行き渡り、ざわめきの中で雑然と夕食は始められた。
確かに薄味だが美味しい。
初めて食べる黄色い野菜は、今まで垣間見た前世の記憶では該当しない、不思議な食感だった。
収穫を手伝ったこともあって、特に嫌悪感無く食べることが出来る。
獣人の子供が人間の子供と戯れている。
獣人は人間と比べ、やや寿命が短い分、子供が産まれ易い。
子供が多い光景というものは平和を感じさせてくれる。
老若男女が種族の違いを問題とせず同じ料理を分かち合う。
もしかしたら眼前の光景は、平和な世界を象徴した一場面なのではないだろうか?
隣のボストウィナやマグシュにそれを興奮気味に語ったが、『難しいことを考えずに食べろ』と同じ答えが返ってきた。
獣人たちの畑を眺めていて、いくつか考えられることがあった。
まず、畑の広さに対して実りが少ない。
リベーレンはシェーナの【実りの種】の魔法によって実りが良かったが、それを差し引いてもこの村の畑は同じ区画内でも生育状況のひどい部分が多く見られる。
土の栄養にバラつきがあるのでは、と思われた。
また、土がかなり乾燥している。
聞けばこの【ヌエボステレノス】は今の時期だと雨の日が少なく、飲み水も節約しているのだとか。
カンディの魔法で水は増やせるが、ソムラルディ曰く、それは魔力によって水分を周囲から集めて元からある水へと引き寄せているという原理らしい。
分かり易く極端に説明すると、使い続ければ周囲の人間たちがミイラになるような魔法らしい。
それを聞いて以来、カンディはあまり水を増やす魔法を使わなくなってしまった。
やはり水は貴重なのだ。
畑に十分に水が行き渡っていないことも、作物の成長が阻害される大きな一因だろう。
「ねぇジッガ、それなら井戸を掘ればいいんじゃない?
きっとみんな喜んでくれるよぉ!」
嬉しそうに話すカンディだが、私はやんわりと否定し説明した。
『雨が少ない』ということは『地下水も少ない』ということだ。
空の水源から水を汲み上げることは出来ない。
ガッカリするカンディの頭を撫でながら他の案を考える。
低く連なる山々に囲まれたこの国は広大な盆地となっている。
ボストウィナの言によると大きな川が無いため、いつも雨を待ち侘びているという。
悪政が無くとも平民の悩みは尽きないものだな、とやり切れない気持ちに陥る。
真剣に話し合う私たちに困惑したのだろう、ボストウィナが宥めるように声を上げた。
「お前たち、難しい話、もうやめろ。
水、本当に足りない時、あっちの川、行く。
それで、大丈夫。
水の話、終わり。」
どうやら私たちが大量に魚を得たあの川のことらしい。
それであの【獣道】が出来たのだなと思い至る。
それなら工事によってあの川をこちら側へ流せばどうかと考えたが、途方もない労力になることが目に見えている。
魔法でどうにか出来るような話でもない。
渋々思考を断念した。
気のいい獣人たちに何か手助けが出来れば、と考えていたが、昨日今日辿り着いた人間たちの浅知恵では小さな一助ともならないようだ。
「ジッガ、どうする?
寝るか?」
ボストウィナが問いかけてくる。
「そうだな、
ではこのままこの広場を貸して欲しい。
馬車と天幕で寝床を作りたい。
あぁ、
あと一応夜間に周辺を警備する。
気を悪くしないで欲しい。」
「お前たち、国から逃げてる。
ワタシたち、気にしない。
大丈夫、好きにしろ。」
好意的な言葉に嬉しくなる。
「ありがとう、ボストウィナ。
貴女だけでなくこの村に住まう人々にも
最大限の感謝を贈ろう!」
感情を昂ぶらせたせいだろうか、【祝福の光】が現れ、獣人の村人たちの頭上へ降り注いでいった。
突然起こった現象に村人たちは大パニックになった。
「なんだ!? これなんだ!?」
「人間か!? 人間! 何かしたか!?」
人間側から慌てた声で『大丈夫だ』『精霊の力だ』『祝福の光だ』と説明が飛んでいくが、獣人たちの混乱は収まらない。
獣人にはそもそも【魔法】に関しての知識が無く、【精霊】も仲の悪い【エルフ】の崇める良く分からないモノ、という認識だ。
ただ、光が消え去った今、何も身体に悪い影響が出ていないことから次第に落ち着いていった。
呆れた表情のボストウィナが腰に両手を当て、私に注意してきた。
「ジッガ、何かするなら、先に言え。
ワタシたち、こどもでも知ってる。
いいな? 気を付けろよ?」
「わかった、悪かった。
感謝の気持ちが溢れただけなんだ。
すまなかった。」
好意が通じず、少し悲しい気分になったが、最悪の事態にならず安堵する。
危うく村人同士の平和な交流を【まとめ役】の私がぶち壊す所だった。
カカンドやアグトらにも怒られてしまった。
フードを深くかぶったソムラルディにも白い目を向けられる。
「軽はずみなる行いするものなり。」
と、草原での一件が再燃しそうな言葉を投げかけられる。
最後にマグシュから「反省しろよ」とトドメを刺され、やや不貞腐れながら寝床についた。
翌朝、久々に何も考えないでゆっくりと意識を覚醒させながら周囲を見渡した。
天幕に覆われ、布の敷かれた寝床にはカンディとリルリカがまだ寝息をたてている。
彼女らを起こさぬようにそっと抜け出し表へ出ると、警備をしていたツェルゼンとばったり会った。
短く朝の挨拶を交わすと、彼は感慨深げに話しかけてきた。
「獣人とは善性濃き者たちだな。
ワシらとは比べるべくもない。」
「そうだな、私も驚いている。
力尽くで認めさせようと考えていた自分が恥ずかしくなるな。」
「まぁ【力】を示したから、とも言える。
卑下するな。」
「あぁ、ここからが【本番】だしな。
何とか居住を認めてもらい、
良い関係性を築きたいものだ。」
「ワシらはお主を信じておる。
結果がどうなろうが恨みはせん。
思い切りやるがいい。」
ニコリともせず真顔で語る老人に笑顔で頷き、その太い二の腕を軽く叩いた。
本当は頭を撫でたいところだが、実行すれば説教が返ってくるだろう。
朝食まで鍛練の相手をしてもらい、【本番】に備えた。
今日もまた、みんなで農作業の手伝いを行う。
することが無い、というのもあるが、みなツェルゼン同様に獣人たちの気の良さに好感を抱いていたからだ。
昼過ぎぐらいまでボストウィナと一緒に畑を耕していると、獣人たちが騒ぐ声が聴こえてきた。
『来たようだな』
私は鍬を置き、ボストウィナと共に声の聴こえる方向へ歩みだした。
着いた先では獣人たちが人の輪を形成しており、人間たちはそれを遠巻きに眺めていた。
「王様だ!」
「王様が来てる!」
と、人の輪の中心にいる人物に向かって獣人の子供が駆け寄る。
私が獣人の人垣の外でその内側を見やれば、そこには見紛うことなき【狼男】が異形の存在感を放っていた。
キシンティルクら剛毛の騎士を脇に置き、【王】は子供たちと戯れている。
「おう! 元気か!?
飯は食えてるか?」
「食べてる!
昨日の、美味しかった!
人間の飯!」
「へぇ! 俺も、食ってみてぇな!」
随分とフランクな王だな、という第一印象だ。
完全に【魔物】側の見た目だが、人望は厚いようだ。
獣人たちの強い信頼が見てるだけで伝わってくる。
これが【王の器】を持つ者の【風格】ということだろうか。
気付けば狼男に向かいキシンティルクが何か話しかけ、私の方を指し示している。
さぁ、【本番】だ。
【彼】に私の【王の器】を見せつけ、我々の【自由】を勝ち取らねばならない。
今まで仲間や村人たちと積み上げ集めてきた【魂の光】が、私の背中を押してくれている気がした。




