表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滂沱の日々  作者: 水下直英
44/123

殴り合いの喧嘩は基本的に恨みしか残さない


 兵士たちの姿が視界に入り、その全容が明らかになっていく。


馬に乗った十人程の騎士の後ろを、徒歩かちで四十人程が追走していた。


どうやって我々の接近を知ったのか、みな武装していて闘志に溢れた顔つきをしている。


いや、正直に言えば数人の者の表情は全く分からない。


彼らの顔は濃い体毛で覆われていて、喜怒哀楽を読み取ることは不可能だった。



 兵士長らしき最も毛むくじゃらな男が、多分男が、大きな声で叫んだ。


「止まれっ! 止まれ―――っ!」


こちらは既に行進を止めている。


おそらく味方の兵士たちに呼び掛けたと思われる。


五十人程の獣人たちは、すぐに戦闘に入ることは無さそうだと判断したのだろう、こちらの動向を観察している。


年老いた村長やツェルゼン、御者台で杖を片手に持つ義足のカカンドらを目にして、戦闘集団ではないとすぐに分かった様子だった。


もしかしたら最も手前にいる私の姿から判断したのかもしれない。


毛むくじゃらからは感情が読み取れないが、周囲の者たちからは明確に戸惑いの心境が感じられた。



「お前たち、人間だな?

 何しに来た?」


毛むくじゃらが問いかけてくる。


「我々は【アヴェーリシャ】という国から逃げてきた!

 安心して暮らせる【新天地】を求めてやってきたのだ!

 国の辺隅へんぐうでもいい!

 どうか自活することを許してもらいたい!」


私の大声での要求に獣人たちは目を丸くした。


ほとんど人間と変わらぬ徒歩の兵士たちはもちろん、毛むくじゃらの眼にも動揺が見て取れた。


「こども、なぜお前が話す?

 偉い人間の、こどもか?」


毛むくじゃらが当惑した声色のまま質問してくる。


存外気のいい連中なのかもしれない。


「私は【魔法】が使える!

 この集団、百六十五名の中で最も強い!

 キミたちと同じだ!

 最も強い私がみなを率いているんだ!」


「おぉ!」

「おおぉ!」


獣人たちが大きくどよめき、喧騒に包まれる。



しずまれぃっ!」


毛むくじゃらの一喝で獣人たちは静寂を取り戻す。


「こども、俺たちのこと、少し知ってるか。

 しかしここは、獣人だけが、住むべき国。

 人間は要らない、早く立ち去れ。」


そう言われても、はいそうですか、と引き下がる訳にはいかない。


さらに言葉を紡ぎ、挑発も混ぜ込むことにした。


「私たちが向かうべき場所は最早この国にしか無い!

 必要ならば【力】を示そう!

 私がキミたちを打ち据えれば居住は叶うのか!?」


これには獣人たちの中にも憤る者が現れ始めた。


ざわめく部下たちを再度黙らせ、毛むくじゃらが答えた。


「アヴェーリシャ、知ってる。

 戦争ばかりする、愚かな国。

 俺たち、争いらない。

 早く出ていけ。」


思っていたより知性が高い。


あの国の悪評も知っていて、騒乱の種を近くに置きたくないのだと知れた。


だが引けない。


どうあっても押し通してみせる。


「その愚かな国を倒すために私たちは逃げてきた!

 この国のはしで力を蓄え、

 祖国を打ちほろぼすためいずれ出て行こう!

 キミたちに迷惑を掛けないことを約束する!

 【居住】を納得してもらえるよう、

 私は【力】を示し続ける【覚悟】だ!」


「おぉぉ!」

「なんたるわらべか!」


毛むくじゃらは騒ぐ兵士たちを止める素振りを見せなかった。


馬上で腕を組み、じっと私を見つめ続ける。


視線をぶつけ合ったまま、数十秒、無言の時が流れた。


息を呑んで成り行きを見守る人間たちの荒い呼吸音と、次第に大きくなる獣人たちの荒ぶる声が鼓膜を震わせる。



 やがて、毛むくじゃらが一人の獣人の名を呼んだ。


「【ボストウィナ】、このこどもと、戦ってみるか?」


「おう!」


名を呼ばれた者が進み出てきた。


髪は短く刈られているが、声も高いし見た目からも女性だと分かる。


「武器、使うな。

 素手だ。

 こども、どうだ?」


「異存は無い!

 怪我をしないよう手加減するから安心して欲しい!」


「なっ!?」


私のような子供が明白な挑発をしたのだ。


獣人たちは一斉に闘志を取り戻し、ボストウィナを応援し始めた。


「ジッガ、

 獣人は素手の戦いに優れている。

 決して油断するなよ?」


「あぁ」


ツェルゼンの警告に頷きながら槍を預け、私は前に進み出た。



 ボストウィナはかなり頭に血を昇らせているらしく、私を睨みつけながらグルグルと首や手首を回している。


「俺、審判する。

 正々堂々、誓えるか?」


「あぁ」

「やるぞ! 覚悟しろ!」


毛むくじゃらが私たちの顔を交互に見て頷く。


「始め!」



 開始の合図とともに、ボストウィナが左ジャブから右ストレートという【ワンツー】を放ってきた。


獣人たちは毛の濃い方が戦闘力が高いと聞いている。


彼女は毛が濃く見えない、人間と大差ない能力と判じた。


左ジャブはダッキングでかわし、右ストレートの手首を左手で掴まえ、一本背負いで放り投げた。


頭を打たぬよう上半身は持ち上げておいたが、尻からドスンと落ちた。


ボストウィナはポカンとした表情で私を見上げていた。


一瞬後、慌てて身体を起こそうとしたが、右腕をじることで私がそれを許さない。


それを見て毛むくじゃらが審判を下した。


「決着!

 こども、お前の勝ちだ。」



 その後、次々と人を替え、勝負は続けられた。


十連勝を越えた辺りで、毛むくじゃらが首を振り、勝負を止めた。


「もういい。

 こども、名は何だ?」


「ジッガだ、姓は無い。

 必要ならば【リベーレン】と名乗ろう。」


私の言葉に【リベーレン】の村人たちがさざ波のような歓声で空気を震わせた。


「そうか、ジッガ・リベーレン。

 大口に値する、良き【力】。

 【王】に報告する。

 今日は、この先、村ある。

 そこで待て。」


そう言って毛むくじゃらは手招きしたあと、馬を反転させ道を進み始めた。


獣人たちもそれに従い、ゆっくりと移動を始めた。


私が振り向くと、既に出発準備は整っており、村長の指示で前進し始めた。



 獣人の中で名を覚えていたボストウィナに、毛むくじゃらの名前を聞いたところ、【キシンティルク】というらしい。


獣人たちに先導され、私たちは小さな村へと入っていった。


家の様式は違うが、どこかリベーレンを思わせる、長閑のどかな田舎の景色だった。


突然人間が大挙して訪れたことで、獣人の村人たちは一時騒然とした。


だが、キシンティルクが何事か説明すると、みな大人しく引き下がった。


ボストウィナに、彼が高い地位のものかどうか尋ねてみたところ、「結構偉いぞ」と簡潔な答えが返ってきたので、それ以上訊かなかった。


この村の人々を落ち着かせた後、キシンティルクは私たちに提供する食料が無いことを詫び、大丈夫かと問いかけてきた。


数日の余裕があることを告げると、一両日中に戻ると言い残し去っていった。



 何故かボストウィナが残され、何でも訊いていいと言うので、まず何故ここにいるのかと尋ねたら、ここは彼女の住む村だった。


彼女は兵士兼農夫らしく、有事の際に駆り出されるそうだ。


今日がまさに【有事の際】だったのだろう。



 ただ待っているのもバツの悪い気がして、動ける村人全員でこの村の農作業を手伝った。


見た限り特別体毛の濃い獣人は見当たらず、外見は人間と何も変わらないが全員獣人なのだろう。


突然の人間との交流に獣人たちは最初戸惑ったが、ボストウィナが私の【力】を声高に喧伝けんでんしたことで、なし崩しに交流が行われ作業し始めた。


中には意気投合する者も現れ、談笑する様子が随所に見られた。



 かくいう私もずっとボストウィナと話していて、人間と獣人の違うところを探して言い合っている。


カンディたちも近寄ってきたので、【魔法使い】だと紹介した。


獣人の国に魔法使いは一人もいないとのことで、様々な魔法を披露した。


やがて歓声に誘われ、獣人たちが我々の周囲へ群がってきた。


リルリカの風魔法が一番驚かれたが、私やアグトの身体強化による腕力が最も歓声を浴びた。


やはり【力が全て】の気風があるのだと感じられたが、特に嫌悪感無くみな呑み込めた。


獣人たちの素直さがそうさせたのだろう。



あとはキシンティルクが【戻って】きた時が勝負だ。



彼が誰を連れてくるのか?


どんな条件をだすのか?


人間と獣人は分かり合えるのか?



なるべく平和的に解決をしたい



私たちのためにも、彼ら自身のためにも




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ