殴り合いの喧嘩は基本的に恨みしか残さない
兵士たちの姿が視界に入り、その全容が明らかになっていく。
馬に乗った十人程の騎士の後ろを、徒歩で四十人程が追走していた。
どうやって我々の接近を知ったのか、みな武装していて闘志に溢れた顔つきをしている。
いや、正直に言えば数人の者の表情は全く分からない。
彼らの顔は濃い体毛で覆われていて、喜怒哀楽を読み取ることは不可能だった。
兵士長らしき最も毛むくじゃらな男が、多分男が、大きな声で叫んだ。
「止まれっ! 止まれ―――っ!」
こちらは既に行進を止めている。
おそらく味方の兵士たちに呼び掛けたと思われる。
五十人程の獣人たちは、すぐに戦闘に入ることは無さそうだと判断したのだろう、こちらの動向を観察している。
年老いた村長やツェルゼン、御者台で杖を片手に持つ義足のカカンドらを目にして、戦闘集団ではないとすぐに分かった様子だった。
もしかしたら最も手前にいる私の姿から判断したのかもしれない。
毛むくじゃらからは感情が読み取れないが、周囲の者たちからは明確に戸惑いの心境が感じられた。
「お前たち、人間だな?
何しに来た?」
毛むくじゃらが問いかけてくる。
「我々は【アヴェーリシャ】という国から逃げてきた!
安心して暮らせる【新天地】を求めてやってきたのだ!
国の辺隅でもいい!
どうか自活することを許してもらいたい!」
私の大声での要求に獣人たちは目を丸くした。
ほとんど人間と変わらぬ徒歩の兵士たちはもちろん、毛むくじゃらの眼にも動揺が見て取れた。
「こども、なぜお前が話す?
偉い人間の、こどもか?」
毛むくじゃらが当惑した声色のまま質問してくる。
存外気のいい連中なのかもしれない。
「私は【魔法】が使える!
この集団、百六十五名の中で最も強い!
キミたちと同じだ!
最も強い私がみなを率いているんだ!」
「おぉ!」
「おおぉ!」
獣人たちが大きくどよめき、喧騒に包まれる。
「鎮まれぃっ!」
毛むくじゃらの一喝で獣人たちは静寂を取り戻す。
「こども、俺たちのこと、少し知ってるか。
しかしここは、獣人だけが、住むべき国。
人間は要らない、早く立ち去れ。」
そう言われても、はいそうですか、と引き下がる訳にはいかない。
さらに言葉を紡ぎ、挑発も混ぜ込むことにした。
「私たちが向かうべき場所は最早この国にしか無い!
必要ならば【力】を示そう!
私がキミたちを打ち据えれば居住は叶うのか!?」
これには獣人たちの中にも憤る者が現れ始めた。
ざわめく部下たちを再度黙らせ、毛むくじゃらが答えた。
「アヴェーリシャ、知ってる。
戦争ばかりする、愚かな国。
俺たち、争い要らない。
早く出ていけ。」
思っていたより知性が高い。
あの国の悪評も知っていて、騒乱の種を近くに置きたくないのだと知れた。
だが引けない。
どうあっても押し通してみせる。
「その愚かな国を倒すために私たちは逃げてきた!
この国の端で力を蓄え、
祖国を打ち滅ぼすためいずれ出て行こう!
キミたちに迷惑を掛けないことを約束する!
【居住】を納得してもらえるよう、
私は【力】を示し続ける【覚悟】だ!」
「おぉぉ!」
「なんたる童か!」
毛むくじゃらは騒ぐ兵士たちを止める素振りを見せなかった。
馬上で腕を組み、じっと私を見つめ続ける。
視線をぶつけ合ったまま、数十秒、無言の時が流れた。
息を呑んで成り行きを見守る人間たちの荒い呼吸音と、次第に大きくなる獣人たちの荒ぶる声が鼓膜を震わせる。
やがて、毛むくじゃらが一人の獣人の名を呼んだ。
「【ボストウィナ】、このこどもと、戦ってみるか?」
「おう!」
名を呼ばれた者が進み出てきた。
髪は短く刈られているが、声も高いし見た目からも女性だと分かる。
「武器、使うな。
素手だ。
こども、どうだ?」
「異存は無い!
怪我をしないよう手加減するから安心して欲しい!」
「なっ!?」
私のような子供が明白な挑発をしたのだ。
獣人たちは一斉に闘志を取り戻し、ボストウィナを応援し始めた。
「ジッガ、
獣人は素手の戦いに優れている。
決して油断するなよ?」
「あぁ」
ツェルゼンの警告に頷きながら槍を預け、私は前に進み出た。
ボストウィナはかなり頭に血を昇らせているらしく、私を睨みつけながらグルグルと首や手首を回している。
「俺、審判する。
正々堂々、誓えるか?」
「あぁ」
「やるぞ! 覚悟しろ!」
毛むくじゃらが私たちの顔を交互に見て頷く。
「始め!」
開始の合図とともに、ボストウィナが左ジャブから右ストレートという【ワンツー】を放ってきた。
獣人たちは毛の濃い方が戦闘力が高いと聞いている。
彼女は毛が濃く見えない、人間と大差ない能力と判じた。
左ジャブはダッキングで躱し、右ストレートの手首を左手で掴まえ、一本背負いで放り投げた。
頭を打たぬよう上半身は持ち上げておいたが、尻からドスンと落ちた。
ボストウィナはポカンとした表情で私を見上げていた。
一瞬後、慌てて身体を起こそうとしたが、右腕を捻じることで私がそれを許さない。
それを見て毛むくじゃらが審判を下した。
「決着!
こども、お前の勝ちだ。」
その後、次々と人を替え、勝負は続けられた。
十連勝を越えた辺りで、毛むくじゃらが首を振り、勝負を止めた。
「もういい。
こども、名は何だ?」
「ジッガだ、姓は無い。
必要ならば【リベーレン】と名乗ろう。」
私の言葉に【リベーレン】の村人たちがさざ波のような歓声で空気を震わせた。
「そうか、ジッガ・リベーレン。
大口に値する、良き【力】。
【王】に報告する。
今日は、この先、村ある。
そこで待て。」
そう言って毛むくじゃらは手招きしたあと、馬を反転させ道を進み始めた。
獣人たちもそれに従い、ゆっくりと移動を始めた。
私が振り向くと、既に出発準備は整っており、村長の指示で前進し始めた。
獣人の中で名を覚えていたボストウィナに、毛むくじゃらの名前を聞いたところ、【キシンティルク】というらしい。
獣人たちに先導され、私たちは小さな村へと入っていった。
家の様式は違うが、どこかリベーレンを思わせる、長閑な田舎の景色だった。
突然人間が大挙して訪れたことで、獣人の村人たちは一時騒然とした。
だが、キシンティルクが何事か説明すると、みな大人しく引き下がった。
ボストウィナに、彼が高い地位のものかどうか尋ねてみたところ、「結構偉いぞ」と簡潔な答えが返ってきたので、それ以上訊かなかった。
この村の人々を落ち着かせた後、キシンティルクは私たちに提供する食料が無いことを詫び、大丈夫かと問いかけてきた。
数日の余裕があることを告げると、一両日中に戻ると言い残し去っていった。
何故かボストウィナが残され、何でも訊いていいと言うので、まず何故ここにいるのかと尋ねたら、ここは彼女の住む村だった。
彼女は兵士兼農夫らしく、有事の際に駆り出されるそうだ。
今日がまさに【有事の際】だったのだろう。
ただ待っているのもバツの悪い気がして、動ける村人全員でこの村の農作業を手伝った。
見た限り特別体毛の濃い獣人は見当たらず、外見は人間と何も変わらないが全員獣人なのだろう。
突然の人間との交流に獣人たちは最初戸惑ったが、ボストウィナが私の【力】を声高に喧伝したことで、なし崩しに交流が行われ作業し始めた。
中には意気投合する者も現れ、談笑する様子が随所に見られた。
かくいう私もずっとボストウィナと話していて、人間と獣人の違うところを探して言い合っている。
カンディたちも近寄ってきたので、【魔法使い】だと紹介した。
獣人の国に魔法使いは一人もいないとのことで、様々な魔法を披露した。
やがて歓声に誘われ、獣人たちが我々の周囲へ群がってきた。
リルリカの風魔法が一番驚かれたが、私やアグトの身体強化による腕力が最も歓声を浴びた。
やはり【力が全て】の気風があるのだと感じられたが、特に嫌悪感無くみな呑み込めた。
獣人たちの素直さがそうさせたのだろう。
あとはキシンティルクが【戻って】きた時が勝負だ。
彼が誰を連れてくるのか?
どんな条件をだすのか?
人間と獣人は分かり合えるのか?
なるべく平和的に解決をしたい
私たちのためにも、彼ら自身のためにも




