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滂沱の日々  作者: 水下直英
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慣れたなと感じる頃が一番油断し易い


 川を渡った場所で私たちは野営の準備を始めた。


まだ太陽が下り始めたばかりの時刻だが、川で食料を確保するためだ。


食糧が減っていくぶん、馬車の積荷は旅の間に作成された道具が積まれている。


丸太は短い物しか持ってこれなかったが、【縄】などは全て持参出来た。


エンリケが疲労困憊な為、リルリカが主導してニーナら縫い物が得意な女性が集められ、【漁】のための【網縄あみなわ】が作成されていった。



「それっ!」


力自慢の村人たちが息を合わせて投網漁とあみりょうを始めた。


私は膂力りょりょくが違い過ぎるため警備に回っている。


川には魚以外に危険生物や【魔物】がいる可能性もあるためツェルゼンが見張り役を買って出ていた。



 警備を行いながら、私は索敵魔法の改良に取り組んでいた。


ソムラルディからエルフ式の索敵魔法に関する鍛練法を学び、『薄く拡げる』生命看破魔法を身に付けるべく実践していた。


このやり方で熟練していけば、魔物に察知されることなく、一方的に索敵が出来るようになるという。


すぐに私は『さすがはエルフの知恵』と感心することになった。


今までよりずっと広範囲に索敵を放てる感覚に驚かされた。


しかし驚きと同時に緊張を感じた。


『【何か】が近付いてくる!?』


【害意】があることから【魔物】と思われた。


おそらく【オーク】よりも強い。


すぐにかたわらの警備団員に声を掛け伝令に戻ってもらった。


そして私は【魔物】に向かって突進を敢行した。



 北の草原からやって来た【魔物】は一匹だけだった。


のっそりと動くその魔物は、二足歩行する巨大な【アリクイ】の様な外見だった。


高さは三メートルぐらいか、緑の毛を生やし、長い鼻を揺らし、右手には棍棒のような太い木の枝を握っている。


鈍そうに見えるが、先程の索敵で感じた移動速度はかなり速かった。


油断は出来ない。


初めて戦う相手だ、前情報も何もない、慎重に戦う必要がある。


加勢が到着するまで、まだまだ掛かるだろう。


楯を構え、用心深く距離を保った。


やにわに【アリクイ】が私に棍棒を振り下ろした。


「うぉっ!?」


油断しているつもりは無かった。


ただ動き出しが掴めなかったのだ。


大きく跳び退すさって躱した一撃は地を穿うがった。


【アリクイ】は叩きつけた棍棒をさらに横薙ぎに払い、私を襲った。


ガンッ!


激しい音を鳴らし、私は受け止めた楯ごと吹っ飛ばされる。


体勢を立て直すが、眼前に【アリクイ】が迫り来る。


ガボォッ!


「うわっ!」


棍棒の振り下ろしと同時に、鼻から細長い【舌】のようなものが飛び出てきて楯の端を打ち砕いた。


鼻に見えたが、実は口だったようだ。


突き抜けた【舌】の軌道を読み、逆に距離を詰め脇腹に槍を突き入れる。


だが深く突き刺すことが出来ず、浅く入った穂先を抜きつつ駆け抜け、再び距離を取った。


痛手を加える為には、私とこの槍では重さが足りないように感じた。


どうにか頭部に突き刺さねば。


眼、耳、どちらかの穴から突き入れれば致命傷足り得るだろう。


【アリクイ】は【オーク】より知性が高いらしく、今の攻撃で警戒心を強めたらしい。


棍棒による牽制で接近を許さぬまま、伸ばした口先からさらに【舌】を突き入れ、私に風穴を空けんと攻撃を繰り返す。


この槍が刃の付いた鎌槍だったならば伸びた【舌】の迎撃も可能だったのだが。


無い物ねだりをしていても仕方がない。


手に持つ槍と壊れかけの盾でなんとかするしかないだろう。


さらに何度か【アリクイ】の攻撃を躱していると【援軍】が到着した。



 索敵魔法で援軍の存在に気付いてはいたが、誰なのかまでは確認出来ていない。


命の掛かった戦いで悠長に認識魔法を飛ばしていられないからだ。


加勢に来たのはモンゴとハテンサだった。


私はすぐに彼女の射線から身をズラした。


プギィッ!


音も無く放たれた彼女の弓は狙いあやまたず、【アリクイ】の右目に突き刺さった。


闇雲に棍棒を振り回し始めた【アリクイ】の肩口に、モンゴが放った矢が命中する。


『今だっ!』


私は【アリクイ】の背後から高く跳躍し、全体重を乗せ、頭部に付いた耳部分へ槍を貫きいれた。


ブギュギュゥ


異音を鳴らしながら【アリクイ】は両膝を突き、地に倒れ伏した。


生命看破魔法で命が消えたことを確認し、大きく息を吐いた。



「モンゴ、ハテンサ、助かった、礼を言う。」


私の感謝の言葉に、二人は笑顔になり手を振った。


「なになに、大したことはしてねーさ。」


「そうとも、【ユメクイ】を倒せるジッガの方が大したもんさね。」


「ユメクイ?」


ハテンサはいま斃した魔物のことを知っていた。


戦争中に任地で遭遇したことがあったらしい。


十数人掛かりでやっと仕留めたが、死傷者を多数出したそうだ。


「群れは作らないで一匹で行動する魔物だよ。

 たぶん近くに仲間はいないんじゃないかな。

 ま、油断は禁物だけどね。」


「あぁ、索敵してみたが大きい存在はいないな。

 おそらく大丈夫だろう。」


「おぉ、魔法で分かるのか。

 便利なもんだな。」


二人と一緒に【ユメクイ】を解体する。


【舌】を加工すれば強靭な【ムチ】が作れるらしい。


槍での戦いに限界を感じている私としては色々な武器を試してみたい。


残された【棍棒】を振り回しつつ、『戦い方の幅を広げなければ』と物思いに沈んだ。



 次々と到着する仲間たちに【ユメクイ】の処理を任せ、同じく到着したツェルゼンに【棍棒】での戦い方を指南してもらいながら野営地へ戻る。


「うむ、その身体では軽い槍との相性が良いとは言えぬな。

 魔法の力があるならば重い【棍棒】や【両手剣】の方が向いてるか。

 むろん、振り回されぬ技術が要るがな。」


ツェルゼンの言に頷きながら更に武器のことについて話し合った。


【獣人の国】では使い慣れたこの【青銅の槍】で力を示すつもりだが、いずれ自分に合った武器に変えようと思っている。


魔法に関してもそうだが、今までは環境の整わないまま技術を得てきた。


我流というか、選択肢の少ない状況だった為、適性を考慮することが出来ていなかったのだ。


【獣人の国】が近くなってきた。


選択肢を多く持つ為にも、彼らに畏怖されるような【力】を見せつけねば、と気合を入れた。



 村人たちの所へ戻ると、彼らは【大漁】の喜びに沸いていた。


どうやら投網漁がうまくいったようだ。


若者たちを労い、魔力を流して回る。


アグトやマグシュも参加していて嬉しそうに釣果を誇っていた。


二人の頭を撫で強めに魔力を流したら、無邪気に「痛ぇってジッガ!」と笑っていた。



 私と一緒に戻ったハテンサの胸にベルゥラが飛び込むのが見えた。


そういえば彼女の魔力をソムラルディはどう判じただろうか?


問いかけてみるとエンリケと似ていると評されたらしい。


便利そうだが戦い向きではない。


やはり生まれ持った性格が魔力にあらわれるのか、と感じられた。


ハテンサも戦闘向きではなかった娘の能力にホッとしている。


娘を想う母の姿に込み上げるものがあり、視線を逸らした。



 ソムラルディはどうしているかと姿を探したところ、御者台でカカンドと話し込んでいた。


まだ疲れが残っているのか、いつもの冷厳な雰囲気は無く、足を伸ばしくつろいだ体勢で歓談している。


誰とでも上手く打ち解けるカカンドの話術は大したものだと思う。


考えてみるとあの気難しいツェルゼンと長年付き合っているのだ、他人の心をゆるめるすべを会得しているのかもしれない。


それも是非学びたいものだ。


だいぶ人との付き合い方がこなれたように思っていたが、自分の足りない部分が次々に自覚され、少し気落ちしてしまった。



ため息を吐いていると、カンディがやってきて無言で頭を撫でてくれた。




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