答えを知らぬままに努力を重ねる為には
翌日は明け方から重労働が待っていた。
川を渡るため、森から木を切りだし丸太を作り、両岸を繋ぐ作業を開始する。
丸太を固定するために大きな石を浅瀬に運び、川底へ沈めていった。
昨日の内に行えれば良かったのだが、暗い中での作業は危険かと躊躇われて、偵察のみに止めていた。
丸太の凹みや段差には砂利等が敷き詰められ、それをエンリケが固めてなだらかなものにしていく。
おかげで馬車の通行が可能になったので真っ先に移動してもらう。
数時間かけて作成された頑丈な橋により、次々と対岸に村人が溜まっていった。
最後にエンリケやアグトらが渡り切ったのを確認して、私は身体強化を最大にした力で丸太をズラし川下へ流した。
ここからは【魔物】が跋扈する領域となる。
再びツェルゼンを先頭集団に据えた隊列が形成され、慎重に進み始めた。
山裾の森と繋がる部分に差し掛かると、早速『魔物が現れた』という伝令が走ってきた。
急いで駆け付けると、状況は【乱戦】となっていた。
緊張した若い村人らが楯を構え、やや距離を空けた先で魔物と戦うツェルゼンらを見守っている。
ツェルゼン・ハテンサ・モンゴ・アグトら戦い慣れたものに混じり、警備団員たちも戦闘訓練の成果を見せ奮戦していた。
彼らを取り囲む形で飛び回っているのは猿に似た魔物だった。
コボルドと大差ない体格だがとにかく素早く、数が多い。
包囲に加わらないモノが左右にひしめいている。
合わせて五十はくだらないものと思われた。
控えている魔物の集団を蹴散らそうと私が突貫の構えを取ると同時に、横から裂帛の気合を込めた一撃が放たれた。
「ソハッ!」
声と共にソムラルディの右腕から、ぼんやり蒼く光る魔力が高速で打ち出されていく。
蒼い魔力は離れた場所にいた魔物たちの中心へ届いた瞬間、鋭い氷柱を大量に発生させ飛び散らせた。
脚や胴体を貫かれ叫び声を上げる魔物たち。
頭を貫かれ絶命したものも数体見られる。
「あれは【マシラ】と呼ばるる魔物なり。
疾きばかりに、攻め力は低し。
こなた手強しと知らば、様は見せずなる。
全力に追い払うなり。」
「あぁ! わかった!」
今の魔法を使用したことで息を荒くするソムラルディを置き去り、槍を小脇に挟んで、反対側で遊軍化している群れに突貫した。
キキ―――ッ!
『素早い』とソムラルディは評していたが、私の身体強化の前では無力に等しい。
次々と青銅の穂先で貫かれ、儚い命を散らしていく。
予備戦力を無くしたことで、ツェルゼンらと戦っていたマシラ達は顔色を失い、甲高い鳴き声を上げながら退散していった。
後にはマシラの死体が数十残され、凄惨な光景となっている。
私は皆の奮戦を褒め称え、一人一人の背中を叩き、魔力を流して回った。
怪我人が誰一人いないことも私の気持ちを高揚させる。
彼ら自身も己の力に手応えを感じられたのか、笑顔を見せている。
戦闘後の疲れも見せず、みなマシラを埋めるための穴を掘り始めた。
最後にソムラルディの許へ戻り魔力を流す。
「ほぉ、コレが君の魔力か。
我らの物とは何かな違いそ。
なお我流に鍛練せし故に歪みたりもこそ。
悪しき物にはなりたらねど。」
「歪んでるのか?
これからの訓練で修正出来るか?」
「鍛練次第なり。
今は身体強化に傾けばあるぞ。
四大元素の力も憶えざらばな。
基礎の基礎すら無さそうなり。」
「四大元素?
火や水などか、後でカンディたちも一緒に診てくれ。
基礎とはどれぐらい難しいんだ?」
「鍛練次第なり」
疲れにより、問答が億劫になったのか、ソムラルディは中列に戻っていった。
ツェルゼン達がマシラの始末を終え、こちらに戻ってくるのが見える。
後を任せて私も中列に下がることにした。
この山裾の森はさほど深くない。
頭上の木々の隙間から陽光も差し込んでいる。
木陰から蛇や毒虫が現れてもこの明るさならすぐ発見出来るだろう。
警戒しつつ前進していく。
数十分ほど歩いて短い森を抜け、最後方から『全員森を抜けた』とマグシュが伝令に訪れた。
頭を撫でてやるとマグシュは嬉しそうに最後方へ戻っていった。
横を歩くソムラルディに現在位置を確認すると『この移動速度ならばあと十日はかからぬだろう』という答えだった。
近くのカカンドとゲーナにも相談してみる。
「予定より少し順調ってぇとこか。
悪くねぇんじゃねーか?」
「体力の無い幼児や老人たちからも不満は上がってないよ。
このペースで大丈夫なんじゃないかな?」
今朝、川が有ったことにより給水も出来ているので、残る問題は食糧だけだ。
川で魚を獲ったが、村人全体で考えれば僅かな節約しか出来ていない。
森で果実が採れないかソムラルディに相談したが、答えは『難しい』だった。
エルフが暮らす森の中央は手入れされた果樹園が存在しているが、森外周部分は魔物によって食い尽くされているだろう、とのことだった。
それはそうだろう、計画に無かった望外の【エルフの知恵】を手にしたことで少し気持ちが浮ついてしまっていたかもしれない。
気を引き締めなければいけない。
我々は決死の逃避行をしているのだから。
空が赤くなり始めた頃、野営に向いた場所を発見して、この日の移動はここまでとなった。
村人たちが食事の準備を始める。
比較的若い者らはきびきびと動けている。
【精霊の力】が効いているのかギルンダら老人の一団も元気でいた。
ただ幼子を抱える母親たちに疲れが見える。
母の気持ちが伝わってしまうのか、赤ん坊が頻繁に泣きだし、その都度カンディが駆け寄り魔法で鎮めていた。
私は一歳半で物心が完全に定着したので、幼児の頃の思い出はハッキリとしている。
間近に顔を寄せ、私を慈しんでくれた両親の顔が鮮明に思い出される。
「母の愛を受けているお前は幸せなんだぞ」と赤ん坊の頬を突いた。
そうしていると、傍にいて母親の代わりにもう一人の赤子を抱いてあやしていたニーナが、声を掛けてきた。
「ねぇジッガ、
この子らにも【祝福の光】を与えられないのかい?
そしたらもう少し落ち着くと思うんだけどねぇ。」
ニーナの言葉に私は考え込む。
今まで光は【誓い】や【決意】に反応して発現していた、赤子では無理なのでは?
いやそれ以前に気になることがあった。
「ニーナおばさん、
【祝福の光】とは何だ?
初耳なんだが。」
「おんや? 聞いてないかい?
ギルンダたちは『精霊様の力だ』って言ってるけどさ。
村長たちは『ジッガは【聖女】だ、アレは【祝福の光】だ』って。
どっちがホントか分かんない話なんだけどね。
でも村を出発する時にさ、ジッガ、
自分で言ってたじゃないか、【祝福はなった】って。
それに【祝福の光】の方が語感が良い気がしないかい?」
「はは、は、どうだろうな。」
いつの間にかニーナの背後にはソムラルディが接近していて、興味深げに今の話を聞いていた。
「【祝福の光】か。」
「ひぃぃっ!」
ニーナが背後に立つ彼に気付き、赤子を抱きしめたまま大きく跳び退る。
それに構わず、研究に憑りつかれたエルフは己の疑問をつづっていく。
「探究心をそそらるる言の葉なり。
【祝福】とは誰より与えらるや。
神か?
偉大なる魂か?
それともジッガ自らか?
そは如何なる力か?
如何なるしるしか?
いとゆかし!
如何にもやりてみてくれジッガ!」
ソムラルディは徐々に興奮していき、私に迫ってくる。
「わかった、ソムラルディ。
彼らを祝福してみよう、
やるから早く離れてくれ。」
私は彼との間に両掌を差し込み衝立とし、早口で答えた。
やっと自分の状況に気付いたらしく、彼は「すまず」と一言詫びて身を引いた。
ニーナが抱く赤ん坊が、先程の一連のやり取りでまた泣き出してしまった。
近付き、ニーナに赤ん坊の名を尋ねた。
「【ミクゥサ】だよ、
女の子だからね、『彼』じゃないよ。」
「あぁ、そうだったか。
すまないな、ミクゥサ。」
右手の指で『彼女』の頬を撫でてやるが全く泣き止まない。
一度彼女の頭を撫でた後、私は祈り始めた。
「無垢なる子、ミクゥサ。
私の旅路に同行してくれて感謝する。
願わくば、今も、この先も、
貴女と安らぎがともにありますように。」
願いの文言を言い終えた数秒後、私の胸から光が溢れ出し、ミクゥサの小さな身体へ吸い込まれていった。
彼女は途端に泣き止み、スヤスヤと愛らしい寝息を立て始めた。
驚き感心するニーナと、探究心を激しく揺さぶられたソムラルディが言葉を失う中、もう一人の赤子を抱えた母親が『我が子にも』と願い出てきた。
私は了承し、もう一人の子にも【祝福】の祈りを捧げる。
同じように【光】が出て同じように吸い込まれていった。
その場にいた数人の幼児たちにも同じように祈りを捧げていった。
子供らの親の中には、子供に光が吸い込まれるのを見て感激で泣き出す者もいる。
ソムラルディにこの現象について訊いてみたが、答えは「わからず」だった。




