無為な時間を強要されるのは人生の無駄遣いだ
「かの山麓の川向こうに魔物出でそむ。
今日はかの手前に夜を越せど上策ならん。」
まだ夕刻とはなっていないが、ソムラルディの献策によってこの場所での野営が決まった。
空模様から見ても雨の心配は無い。
川が有るので水も確保できるし、彼の言葉を信じるならば魔物も出ない。
我々は比較的悠々と野営の支度をすることが出来た。
私はいつもの仕事として皆に魔力を流し始めた。
ソムラルディは背後にピッタリとついてきてその作業を見守っている。
初めて【エルフ】を目にした村人たちは、緊張した面持ちで私の魔力を受け入れていた。
なんとなく気になるからあっちへ行ってくれ、とも言えず、私はいずれ慣れることを期待して放っておいた。
ギルンダたち老人の一団へと近付くと、エルフを伴い現れた私に彼らは大興奮だった。
「【精霊様】と呼ばれたりや?」
老人たちの騒ぎがひと段落した後、ソムラルディに尋ねられた。
その澄ました表情から感情を見て取ることは出来なかった。
まだまだ修練が足りない、ゲーナから更に色々と学ばなければ。
「不思議な現象が連発されたからな。
村の年寄り連中からすると【精霊】のように見えるのだろう。
決して【偉大なる魂】を貶める気持ちは無い。
どうか寛大な心で許して欲しい。」
「いや、ヒトどもの縁性を妨ぐるつもりは無し。
ただヒトにも精霊の力を感ぜらるや、
と疑問を抱きしばかりなり。」
どうやら負の感情は抱いていないらしい。
私は安心して彼の疑問に答える。
「私たちの住んでいた国にも精霊の話は広く伝わっている。
【魔力】以外の不思議な現象ならば、
【精霊】が関わっていると考える土壌があるんだろう。
精霊の力を直接感じ取っているわけではない。」
「ほぉ、げにな」
納得した表情に変わったソムラルディは改めて周囲を見回した。
「ここなる年寄りどもよりは、
君の【精霊の力】の【残り香】強がらる。
何か理由やあらん?」
ギルンダ達には精霊の力が他の者より強く影響されているらしい。
私はソムラルディにいくつかの可能性を伝えてみた。
「うむ、おそらく信心の深さならん。
以前検証せるが有り。
なお実例を眼前に究むるぞ一番なる。
同行せし甲斐ありきというものなり。
好しやな、好しやな。」
上機嫌の彼の言によると、ギルンダ達が私を深く信じたことで精霊の力が比例して深く浸透したと思われる。
活力が若者より多く与えられたことに納得出来た。
ジッガ団の面々の急成長もこの理由からだろう。
納得と同時に嬉しさも感じられた。
好意を受けていることが実感され、私の心を爽やかな感情が撫でていった。
「おおっ!?」
「あぁっ!」
また光が降り注ぎ、歓喜の表情を浮かべた老人たちへと吸い込まれていく。
ギルンダたちは跪き、祈り始めてしまっている。
そんな中、ソムラルディは棒立ちのまま、表情を失くし私を見つめていた。
出会ってからの数時間で初めて見せる表情に戸惑ってしまう。
「どうしたソムラルディ?
これが【精霊の力】ではないのか?」
私の問い掛けにソムラルディはウンウンと頷きつつも、まだ言葉を発しない。
アゴへ手を当て長考し始めた。
日が暮れる前に村人全員に魔力を流したい私としては、このまま彼を置いて行こうか迷うところだ。
色々な意見を訊きたい存在ではあるが、時間の使い方に関してやはり違和感を覚える。
「ふぅむ、
なお長く生きば、かかる実例を知るべしや。
好しやな、好しやな。」
漸く口を開いたソムラルディの言葉だが、少し引っ掛かったものを感じた。
「【実例】?
さっきも言ったが今のは結構頻繁に起きてる現象だぞ?
エルフなら色々見てきたんじゃないのか?
あ、というかキミの年齢は幾つなんだ?」
私の疑問に彼は首を左右に振った。
「有り難き、と言いきべきぞジッガ。
精霊国の物語は近き日頃のものとはいえ、
げに目にせし者は多からず。
魂の光の麗しさはかくも神聖なるかな。
フフ、フフフフ。」
【偉大なる魂】を祀って暮らすエルフでも実際には目にしない【珍しい】現象だったらしい。
嬉しそうに含み笑いを続けている。
「そうか、
私としても何が何だか分からぬままなのは気持ち悪い。
色々調べてくれて構わない。
ところで、結局何歳なんだ?」
「九十は超えなありそ、
良く分からずなりきたれど百まではいけるまじ。」
「なにぃっ!?」
九十越えの爺さんだと!? 信じられない!
見た目で言えば二十代から三十代前半にしか見えない。
長命のエルフと言えど、平均寿命は八十歳ぐらいで長生きしても百五十歳ぐらいが限界と聞いている。
つまり人間で例えれば60歳から70歳ぐらいの老人ということだろう。
種族の違いをまざまざと見せつけられた気がする。
明日からの移動は徒歩ではなく馬車に乗っていけばどうかと気遣ったが、不愉快そうな顔で拒否された。
ツェルゼンと似た気風を持っているのかもしれない。
上手く付き合っていかなければな、と彼の若々しい容姿を改めて確認しながら考えていった。
緩やかに流れる小さな川では魚が獲れるらしく、ソムラルディに教わりながら木の枝や槍に糸を結び付けて【釣り】をしてみた。
村人たちは半信半疑だったが、釣れる者が次々に現われ歓喜の声が上げられた。
十五分ほど粘ったが私は全く釣れなかった。
釣りは諦めて、同じく釣れないで飽きていたマグシュを誘い、下流の森側へ移動して木製槍にて直接突くことにより、何匹か仕留めることに成功した。
槍に何匹か突き刺した状態のままで皆の元へ戻り、タルに放り込んだ。
魚の血で濁り始めたが、カンディの浄化魔法でなんとかなるだろう。
満足いく釣果とソムラルディの呆れ顔を得ながら、私たちは野営場所に戻っていった。
昨日は糧食を節約して粗末な食事を摂っていたが、今日の夕食は豪勢だった。
焼き魚の他にエルフからもらった果物もあるのだ。
水分を多く含む果実はすぐに腐るため、今日の内に食べてしまうことにした。
あまり食べたことの無い魚や、貴重な果物を食して皆嬉しそうだった。
老人たちは警備団員や子供たちに果物を譲ろうとしていたが、充分に数は有るのだからと私がひとつひとつ手渡していった。
私もひとつ食べてみたが驚くほど美味しい。
見た事の無い小さ目の果実だが、ソムラルディによるとエルフにとってはありふれた果物とのことだった。
百五十人を超える人数が食べたのにまだ数十個余っている。
今度こそ子供たちに譲られていき歓声が上がる。
私にも一個回ってきた、正直嬉しい。
果汁を一滴も漏らさぬように大事に食した、美味い。
果物を食べ終え、私かマグシュが獲ったらしき、胴体に豪快な穴の開いた焼き魚に齧り付く。
魚を食べたのはいつ以来だろうか、とても美味しく感じられた。
両親の顔がふと思い出された。
もしかしたら幼い頃に食べていたのかもしれない。
込み上げる涙を拭っていると、ふとソムラルディと目が合った。
不審げにこちらを見てくるので、大丈夫だと告げ食事を続けた。
味や匂いは時折、とても強く記憶を揺さぶってくることがある。
そして記憶と同時に感情をも揺さぶる。
魚を食べると再び込み上げる涙を抑えつつ、想い出に暫し浸った。
夕飯後、私はソムラルディから食事中の涙について問われていた。
周囲が楽しげにしている中、何か悲しむことがあったのかと疑問に思ったらしい。
哀しみではなく、郷愁からくる涙だったと話すが、その感覚は上手く伝わらなかった。
何の得にもならない想い出を何故ずっと持ち続けるのか、と疑念を呈された。
損得ではない。
消し去ろうにもそれが許されない、宿業のような昔日の面影である。
魂に刻まれた煩悩であるとも言える。
そのように言葉を重ねると、「懐慕の念の強きや、さもありなる」と腑に落ちた表情でまた考え込み始めた。
親しい者への情念が深いという私の一面に、彼は何を思ったのだろうか?
【エルフ】という立場から見ると、私は一体どんな存在なのか?
私たちの【行い】は、私の【志】は、アヴェーリシャの非道を体験していない人々には受け入れられないことではないだろうか?
全ての人々に理解してもらおうとは思わない
ただ、【私の】集団にいるのならば、【邪魔】は許さない
もし邪魔立てするなら、【消えてもらう】しかない、と心に決めた




