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滂沱の日々  作者: 水下直英
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ありのままの自分とはどの自分なのだ


 逃避行に同行している村人にとって、【オーク】とは噂話程度でしか聞いたことの無い恐ろしい怪物であった。


それを彼らの【まとめ役】たちは、真っ向から五匹と戦いこれを斃し、後方に現われた十数匹の群れを【魔法】で起こした岩雪崩いわなだれによって全滅させたというではないか。


さらにはその戦いで負傷し、もう助からないだろうと医師にさじを投げられた警備団員を【奇跡の力】で救ったらしい。


「ジッガについていけば間違いない」


「きっと我々を導いてくれる【神の使い】だ」


「【精霊様】じゃ! ワシらは【精霊の国】の一員になれるぞ!」





「ってなこと言われてんぞ、ジッガ。」


「なるほどなぁ」


危機を乗り越えた私たちは、断崖の細道を進み続けている。


もう空は赤くなりかけているが、先方の列から【出口発見】の報は届いていない。


このままではツェルゼンの懸念が現実になってしまう、とじりじりした気持ちで伝令を待っている状態だった。


代わりにドゥタンが後方からやってきて、村人たちの様子を伝えてくれた。


私は今、御者ぎょしゃをするカカンドの横で馬車に揺られている。


ツセンカを救うために全力の魔力循環を行い、力を消耗し過ぎた為だ。


オークとの連戦で疲れてなければ、きっとこうなってはいなかっただろう。


だが【こうなって】いるからこそ、皆の命を救えたのだ。


そう思えて私は満足感を得るのだった。


ゲーナに言わせればまた『私たちをもっと信頼して』と怒るかもしれないが、【全力で守る】と覚悟していた以上、【こうなる】他は無かった。



「そんなにあがめられてる私だが、

 今は指すら震わしているぞ?

 おそらくスプーンも握れないだろう。」


「はっは、そんだけ頑張ったってことだろ?

 胸張って褒められとけよ。

 じゃあそろそろ戻るわ。」


「あぁ、出口が近付いたら知らせる。」


そう言ってドゥタンを見送ろうとした時、待望の報せがやって来た。


「ジッガ! 出口が見えた!

 【ディプボス】が見えたぞ!」


伝令役の警備団員が大声で皆に聞こえるように叫んでいる。


おそらくモンゴにそうやって伝えろと指示されたのだろう。


疲れた顔を見せていた周囲の女性や老人たちが彼の伝令を聞き、最後の気力を振り絞った様子が見て取れた。


私もやらねばならない。


おそらく出口に着いたら【魔法】による様々な作業が必要になるだろう。


私も少しでも多く気力体力を回復させねばならない。


ゲーナとカンディに頼んで後方の医療用馬車に移してもらい、僅かの時間となるだろうがツセンカの隣で仮眠を取ることにした。


一日歩き通しだったためか、先程はツセンカと医師しかいなかった馬車の中には、数人の足弱たちがへばり切っていた。


私もまた人のことは言えないくらいへばっている。


空いているところに横になり、カンディに精神安定魔法を掛けてもらうとすぐに眠りに落ちた。



 目を覚ますと暗闇の中だった。


薄い毛布をめくり身を起こすと、医師がこちらへ振り返った。


「おぉ、目覚めたか。」


馬車の中は再び医師とツセンカだけになっている。


もう【ディプボス】についたのだろうか?


「あぁ、着いとるぞ。

 じゃがお前さんは疲れ切っとったでな。

 飯の支度が終わるまで寝かせとくことにしたんじゃ。」


「そうか、でも井戸を掘ったり出入り口の警戒を」


「あぁ! いらんいらん!

 皆で話してすぐ出た結論じゃ、

 お前さんをしっかり休ませるとな。

 いいからまだ横になっとれ。」


そう言ってまた医師は向こうへ身体を戻し、何やら作業を再開した。


言われた通り私は身体を横たえ、毛布をかぶった。


なんとなく医師の背中を見ていると、暗闇に目が慣れてくる。


視線を移せば月明かりによって馬車のほろの枠組みがうっすら透ける。


離れた場所でがやがやと作業をしている村人の声にも今さらながら気付いた。


身体に魔力は戻ってきているが、身体強化は使用していない。


今は回復に専念したいからだ。


【魔法】を使わねば私は10歳半の女児のままだった。


視力も、聴力も、身体の力全てがとても頼りなく感じた。



 ふと、隣から気配を感じた。


見るとツセンカが目を覚ましていた。


「あれ? ここは?

 ジッガ……か? 俺はどうなったんだ?

 俺は……死んだのか?」


何故私が居る場所が【死後の世界】だと思ったのだろうか?


とりあえず彼への説明は近付いてきた医師に任せることにした。


医師の話を聞くうちに記憶も戻ってきたのだろう、エンリケや仲間たちが無事かどうか確認している。


そうして現在までの状況確認を終えると私に礼を言ってきた。


「ありがとな、ジッガ。

 俺の為に限界まで【魔法】を使ってくれて。」


「いや、私の方こそ礼を言おう。

 エンリケを助けてくれてありがとう。

 キミの【勇気】に感謝する。」


私に礼を返されツセンカは照れ臭そうに笑った。


「へへ、勇気か、確かに振り絞ったぜ。

 俺たちの後ろには村の皆がいたからな。

 死ぬ気になりゃあ何とかなるもんだな。」


「馬鹿もん、本当に死ぬところじゃったんだぞ?

 何ともなっておらんかったんじゃ。

 ワシなどもう諦めとったわ。

 ジッガの【奇跡の力】に感謝するんじゃな。」


医師の言葉を聞き、ツセンカは笑顔のまま私の方を向いた。


「諦めねぇでくれたんだな、俺のこと。

 ……俺はよ、学も無ぇし力もそれほどじゃねぇ。

 でもよ、村のため、みんなのため、

 そんでよ、ジッガ、お前の創る国のため、

 俺はずっと命を張り続けるぜ。」


そう言ってツセンカは笑いながら右拳を突き出してきた。


この若者の男気に感じ入り、私も右拳を突き合せた。


すると、


「あっ!?」

「おぉ!」


光が降り注いだ。


どういう訳でこの現象が起きているのかはっきりしないが、誰かの【誓い】や【決意】を私が受け入れるとこうなるのかもしれない。


研究と、より多くの検証が必要だろう。


【魔法】についての知識も要るかもしれない。


これが【魔力】に関係するかどうかもわかっていないからだ。



 考えていると幌の入口が開きリルリカが覗き込んできた。


「ジッガ、また光が出たの?」


「あぁ、ツセンカの決意を受け入れたら出た。」


「またそんなことして大丈夫? 疲れてない?

 もうちょっと休んでていいからね。」


そう言って彼女はめくっていた布を下ろし、去っていった。


少しの間、沈黙の時間が流れた。


「……なんか、あれだな。

 こんな不思議な光が出てんのに、

 あんま驚いてなかったな。」


「あぁ、結構起きてる現象だからな。

 でもツセンカの【男気】、嬉しかったぞ。」


「へへっ、任せろ。

 これからも頑張るからな。

 お前も頑張ってくれよ?」


「あぁ、任せろ」


そう言い合って微笑みあったあと、私たちはまた寝転がり、医師が調合しているらしき薬草の匂いを嗅ぎながら、意識を薄くしていった。




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