殴られる者の気持ちを理解しているのか
いよいよこの時がやってきた。
明け方、月が日の出によってその姿を呑み込まれていく中、私たちは集会所の広場に集合していた。
百六十名を越える村人を前に激を飛ばす。
「みな聞いてくれ!
私たちはこの国の権力者たちによって辛酸を舐めさせられ続けてきた!
そしていま!
あの馬鹿どもは私たちの【命】を奪おうとしている!
いずれ奴らには【死の報い】を与えよう!
だが今は耐えねばならない!
逃げて逃げて【新天地】を手に入れる!
再びこの村に帰ってくる時はきっと来る!
我が【同志】たち! 私を【信じて】ついてきてくれっ!!」
おおぉぉぉ!!!
私の鼓舞に村人が応える。
次々と右拳が突き上げられていく。
そして、
おおおおぉぉぉぉぉ!!!!!
広場全体に光が降り注いだ。
朝日の煌めきと共に輝く光は村人全員に吸い込まれていった。
この機に乗じ、私は号令をかけた。
「祝福は成った!
行くぞ!
今こそ【出発】の時だ!」
村から森へ向けて大移動が始まった。
以前からの作業により、森から断崖の道へ至る獣道は拡大工事が済んでいる。
この工事の際、私は身体強化魔法により、常人を遥かに超えた膂力を発揮していた。
大木を斧によって軽々切り倒し、倒れた方向が悪く道を塞いだなら片方の端を持ち上げ修正出来た。
悪路はカンディの地面を柔らかくする魔法で均し、エンリケが固めた。
馬車での移動もなんとか行える程度には整備が済んでいた。
事前にそのことを伝えていたはずのカカンドすら、出来上がっている道に驚いている。
足が悪いため馬車の御者を務める彼から「街道よりいい道じゃねぇか」と褒められた。
冷却魔法で糧食の保存担当のゲーナがそれを聞き微笑んでいた。
だが、実際のところ笑える余裕などほとんどない逃避行である。
不安気に幼子を抱え歩く母親の顔は不安で引きつっている。
もしかしたらカカンドは、彼女らの気分を変えようと軽口を叩いているのかもしれない。
ただ村人は不安な様子を見せるものばかりではない。
ギルンダや片腕の青年らが周囲を鼓舞して進んでいる。
「【精霊様】についていけば間違いない!
あの光を見たじゃろう!?」
そう言って周囲を励ましてくれている。
出発から五時間、ジッガ団だけならば既に【断崖の道】へ辿り着いている時間だ。
しかし半数以上が非戦闘員の集団移動だ。
断崖までの道程はやっと半ばを過ぎた、というところだ。
途中で【はぐれゴブリン】が森から現れ前方の列に襲い掛かったが、ツェルゼンが難なく退治した。
前方にツェルゼン、中央に私、最後方にエンリケ、と索敵に優れた者を配置してある。
索敵がやや弱いエンリケに心配が残るが、後方には警備団員や比較的若い男性たちで固めてある、強敵が追いかけてきたら時間を稼ぎつつ中央へ逃げることも出来るだろう。
私は馬車三台と年寄りや女性に囲まれて、隊列の真ん中あたりを警戒しつつ進む。
前後どちらに難敵が現れても対応出来るようにだ。
配置的には前方にツェルゼンはじめアグトやモンゴ、ハテンサなどの強者を置いている。
訓練してみて分かったのがハテンサの戦闘能力の高さだ。
さすが夫が徴兵されたのに代わりに兵役を請け負うだけのことはある。
私がいる中列は女性が多いので、ちょくちょく伝令を飛ばし小休止をとった。
子を抱える女性、その分多く荷物を背負う老人、足弱だった老婆たち、休憩中全員に魔力を流し励ます。
カンディも精神安定魔法で村人の不安を消していく。
何度かはぐれゴブリンやはぐれコボルドの襲撃は受けたものの、なんとか夕方には断崖の道手前の場所まで辿り着くことに成功した。
「第一段階は成功、といった所だな。」
「あぁ、思っていたより順調だ。」
「まぁ何かしら問題は起こるだろうけどな。
何せ【未知の世界】に飛び込んで行くんだからな。」
カカンドの言葉はきっと正しいものだろう。
断崖の道、深き森【ディプボス】、獣人の国【ヌエボステレノス】。
これらの詳細な情報など何も無いのだ。
噂や過去の文献による情報でここまで来たが、私たちは二週間後、どこでどのようにしているのか確信は持てないでいる。
不安は尽きないが今はやるべきことをやるだけだ。
野営の準備をする村人を横目に、私はカンディらを連れて作業に向かった。
以前この断崖の道を発見してから、私たちはここに井戸を掘っておいた。
カンディが土を柔らかくし、長いロープを結わえられた私が真下に深く掘っていく。
掘った穴の壁はエンリケが同様に吊るされながら固めていく。
底が硬くて掘れなくなったらまたカンディを降ろしてもらい柔らかくする。
掘った土は四隅に縄を付けた布に積んでツェルゼンやアグトに引き上げてもらう。
それを繰り返せば一時間程度で地下水脈に辿り着くことが出来た。
実際には一回目の掘削では水脈に当たらず、場所を変えての成功だったが、ツェルゼンの言によると非常に幸運なケースだったらしい。
何にせよこの場所での野営は非常に楽になった。
引き上げられた水は念のためカンディによって浄化され、さらに煮沸することで飲み水として使用出来る。
野営準備が整い、私たちの作業も終わり、一息ついた頃に予期していた出来事が起こった。
「来たぞっ!」
私は大声で警鐘を鳴らした。
森から村へと至る私たちが整備した道。
そこからこちらへ高速で近付いてくる一団を察知したのだ。
ツェルゼン指揮のもと、戦闘力が高い者たちによって迎撃準備が成されていく。
怯える村人を囲むように警備団員たちが配置された。
私も最前列に位置したまま、生体看破魔法で一団の接近を確認しつつ、遠距離認識魔法でその詳細を探る。
「騎馬隊だ! 数は十二!
全身鎧を付けている! 武器は全員槍だ!」
私の報告でツェルゼンがさらに陣形を適応したものに変えてゆく。
道の向こうには既に馬蹄で巻き上げられた土煙が目視できる。
待ち受けるアグトやゲーナたちから唾を飲み込む音が漏れる。
戦いの時が迫っていた。
ヒヒヒィィ―――ン!!
ブルルァッ!!
「うわぁっ!」
「なにぃっ!?」
騎馬隊が森から抜け出さんと速度を維持したまま、入り口に仕掛けておいた私たちの【作業】による【罠】に掛かった。
道の出口はカンディの土魔法で柔らかくされており、それに嵌った馬から兵士たちが次々投げ出されていく。
「よぉしっ! 掛かれいっ!!
鎧の継ぎ目を狙え!」
ツェルゼンの号令で私たちは地に墜ちた兵士たちへ猛然と襲い掛かった。
前方へ放り出され強かに前進を打ちつけられた兵士らは満足に反撃も出来ない。
ハテンサら実戦を経験した者たちが次々と兵士を屠ってゆく。
アグトたち新兵も怖気を抑え込み槍を突き出している。
私も一人の兵士の腹を蹴り上げ、戦闘力を奪い、兜を剥ぎ取り、持参した縄で手足を縛りあげた。
後には十一名の兵士の死体と一人の捕虜、そして足の折れた憐れな馬七頭と、運良く骨折を免れた五頭が残されて、戦闘は終了した。
七頭のもう走ることの出来なくなった馬は介錯され、村人たちの食糧に回された。
十一人の遺体はモンゴ指揮のもと、カンディの土魔法により迅速に埋められていった。
私とツェルゼンは村長とカカンドの到着を待ち、尋問を始めた。
「貴様らっ! 自分たちが何をしているのか分かっているのかっ!?
我らが本気を出せば貴様らなぞ……ぐぁっ!」
威勢よく吼える兵士がツェルゼンの蹴り一発で苦しげに黙り込む。
既に全身鎧は剥ぎ取られていて、無防備な鳩尾に痛撃が見舞われたのだ。
聞けばやはり隣村の【ウングラク】を襲った【グリンゲルドバッハ伯爵】の手の者だった。
連絡の途絶えた【リベーレン】を不審に思い、偵察の為に訪れた先遣隊の一団であった。
余裕をもって設定された筈の準備期間だったが、実際にはギリギリのタイミングだったらしく肝が冷える。
聞いていた村長とカカンドも苦い顔をしている。
しかし、この一団を全滅させたことにより再び余裕が出来たはずだ。
街の様子や反乱軍の状況などを聞いてみて、私たちは驚かされた。
形勢は大きく展開していたのだ。




