何も考えず生きられるほど人生は甘くない
私たちは今日の予定を話し合い、まずは村の集会所へ向かった。
集会所ではニーナのように戦争で家族を亡くした女性が集まり、布作りなどの室内作業をして生計を立てていた。
「ニーナおばさん、ちょっとだけお話ししていいかな?」
「あいよ、昨夜の話だね。
【シェーナ】、頼まれてくれるかい?」
「あぁ、いいよ。
開墾の話だよね?」
以前は畑仕事をしていたというシェーナという女性。
ニーナよりもぐっと年配と思われるシェーナは皺だらけの顔で優しげに笑う。
「婆の昔話で子供らが頑張れるなら、いくらでもしてあげるさ。」
私たちはシェーナから開墾についての知識を三十分ほど聞いた。
簡単に言えば、畑の区画内からとにかく固いものを取り除き、土を何度も何度も掘り返して柔らかくし、種を蒔いたら育ちきるまで虫を除去したり害獣を退治する、作物が実って収穫したら肥料を与え混ぜ返し、掘り返す所からやり直す、ということだった。
「それでいいのかな? シェーナおばさん。」
「ふぁふぁふぁ、全くの荒地なら大変だけど三年放っぽいた程度なら大丈夫さ。
種はあそこに見える野菜なんかの買取所で売ってるからね。
うまくいきゃ二、三ヶ月で一丁前のものが出来るよ。
途中途中で婆を呼ぶといい、問題ないか診てあげるよ。
ほれ、婆からも少しだけ種をあげるよ、頑張んな。」
「ありがとうシェーナおばさん。」
「「ありがとう!」」
私たちに礼を言われたシェーナは照れくさそうに笑うとまた仕事に戻った。
私はニーナにも礼を言って集会所を後にする。
「エンリケ、カンディ、まずどの畑からやる?
それとも狩りのことも訊きに行くか?」
「まずは僕の家を住めるように掃除や片付けをしない?
それに道具がどんなの残ってるか確認もしないと。」
「あ、あ、そうだよね、私の家に畑用の道具があったかも。」
「いや、それはもう私が確認してある。
みんなの家に作業用の道具はあるから問題ない。
でも確かにエンリケの家の掃除は必要だな、先にやってしまおうか。」
「えぇ? いつの間に?」
私は索敵魔法で各家の状況確認を済ませてある。
しかしまだ二人に魔法のことを打ち明けるつもりはない。
「昨日村長にまとめ役を任されたからな、張り切っているんだ。
エンリケ、君の方が歳上だけど私がリーダーで問題はないかな?」
「ん、あ、あぁ、僕もジッガがリーダーに適任だと思ってるから・・・」
「ワタシは最初からジッガについてくつもりだよ。」
「カンディ、嬉しいけれど依存は良くない。
いずれ一人で生活することも考えておいた方がいい。」
「えぇ? イゾン、ってなぁに? どんなの?」
「頼りきりになって甘えちゃうことだよ、ね?ジッガ。」
「あぁ、私たちはもう両親がいない。
自分の足で立って歩いていかなければいけない。
毎日を自分の成長の糧にするんだ。」
「ジッガってすぐ難しいこと言うよぉ。」
「でも本当のことだ。
さ! エンリケの家に行こう、掃除するぞ!」
「はぁい。」
不承不承頷くカンディを宥めつつ、私とエンリケは歩き出した。
かび臭くなっていたエンリケの家の掃除が全て済んだ頃、日は高く昇っていた。
村の井戸から水を運ぶ作業に少しだけ辟易したが概ね順調に終わった。
私やカンディの生家とは違い、室内に土が入っていなかったのが幸いだった。
相談の上、私たちの家の布団や道具で使えるものはエンリケ家に移した。
朝食は村の販売所で買った安い果物で済ませた。
エンリケの家のトイレは孤児院にあったものより上等で、使い勝手が良かった。
ただ置いてあった拭く用の植物布が劣化して使いものにならなかったので、カンディが私を大声で呼んで騒いだのには参った。
すぐさまエンリケが販売所に走って買いに行ってくれて事なきを得た。
私が魔法でトイレの後処理をしていることが露見しなくて本当に良かった。
準備を済ませてまずはエンリケ家の畑に向かった。
「うわぁ、ワタシん家の三倍はあるよー。」
「確かに広いな、何を育てていたんだ?」
「僕が知ってる範囲だと【ダイコン】【ニンジン】【ネギ】かなぁ。」
エンリケの言葉の中で【ダイコン】などは私の脳内で前世の知識に合致するよう変換された結果だ。
本来はこの世界の野菜の名前で話しているが、私の前世の記憶に合わせイメージが重なるものへ変化させているのだ。
「そうか、確か最初なら【イモ】がいいとシェーナおばさんが言ってたな。
種もあるし、エンリケが言った三種と【イモ】から始めてみようか。」
「あぁ、失敗出来ないから何種類か試した方がいいかもね。」
「うんうん。
あれ? ジッガ? どうしたの?」
話している内に私はこちらに近付く野生動物に気付いていた。
畑の道具のうち【鍬】を両手で持ち構える。
「カンディ! エンリケ!
あっちの木に登るんだ! なるべく高く!」
「え? ジッガ何言って・・・」
「早く!!」
「わかった! カンディ! さぁ!」
「う、うん・・・」
孤児院である程度鍛えられた二人は近くの木にスルスルと登っていく。
残った私の前方二十メートルの所にはこの畑を荒らしていただろう【害獣】がいた。
「あれは! 【イノシシ】か!?」
「ジッガ! 危ない! 早くこっち来て!」
カンディが心配してくれているが私に逃げる気はない。
遂に鍛えた【魔法の力】を試すことが出来る時がやってきたのだ。
カンディたちに顔が見える角度でなくて良かった。
いま私はきっと笑ってしまっているだろう。
【イノシシ】は敵対の構えを見せる私に威嚇の鳴き声を上げている。
なかなか突っ込んでこない【イノシシ】に私は足元の小石を拾い投げつけた。
魔力を込めた小石は狙い通り【イノシシ】の眉間にぶち当たる。
大したことないと見くびった小石が予想外のダメージとなり、【イノシシ】は怒りに滾って私に向かって一直線に突っ込んできた。
が、【イノシシ】は見えない何かに躓いたかのように勢いよく転んだ。
私が【イノシシ】との中間地点に魔力の塊を置いておいたのだ。
転んだ【イノシシ】に向かって私は高く跳ね上がり、魔法で身体強化を行い全身の力を込め【鍬】の石突をねじ込み眼球から頭蓋までを貫いた。
ブモォォォ!!!
【イノシシ】は断末魔を上げ何度か痙攣を繰り返し、やがて死んだ。
他者の命を絶った感触に私は感情を乱し、深呼吸して平静を取り戻そうと努めた。
前世の記憶にある【イノシシ】より凶暴そうな面相だが、話に聞く【魔物】ほどの脅威は無いらしい、単なる野生動物だ。
害獣とはいえ生き物を殺したのだな、と心の中で罪を反芻する。
いつの間にか木から降りてきたカンディとエンリケが隣に立っていた。
「ありがとうジッガ、私たちの代わりに戦ってくれたんだよね?」
「大丈夫かい? 怪我してない?」
そんな言葉で罪の意識が少し和らぐ、自分の単純さに少し笑みが零れた。
二人の気遣いに礼を言い、【イノシシ】をすぐに買取所へ運ぶことを提案した。
どうやらちゃんと思考を続けることは出来ているようだ。
おそらくこの【狩り】の獲物は売ることが出来るだろう。
その価格などもきっちりと覚えておく必要がある。
二人を促し柄の長い道具の真ん中に【イノシシ】を縛り、買取所へ急いだ。
「ほぉ! この【イノシシ】をお前たちが!?
街で兵士の訓練してたって!? にしてもスゲーな!!」
買取所の年配男性は私たちを褒めつつ【イノシシ】を買い取ってくれた。
想定外の収入で半月分ほどの生活費を得ることが出来た。
買取所の男性は村の警備団にもこの話を伝えておく、と嬉しそうに話していた。
兵士崩れの野盗の話が村人に恐怖心を与えているようだ。
村の戦力増強は嬉しい話題として広まるだろう。
「よし、だけど作物が実るまでの生活費にはまだ足りないな。
畑の作業と並行して今みたいな【狩り】も視野に入れていこう。」
「えぇ? ジッガ大丈夫? 危なくない?」
「僕らでも【狩り】出来るかな?」
「武器が欲しいところだが、鳥や小さな獣なら大丈夫じゃないか?
それに大型の相手は私がやろうと思う、孤児院でもそうだったろう?」
「うん、まぁ、確かに。」
「さっきみたいに運搬などは私一人では出来ない。
あとエンリケたちには血抜きなども頼むかもしれないな、
頑張ってほしい。」
「うん! 色々覚えなきゃだね!
でもジッガがいれば何とかなりそう!」
「カンディ、依存は駄目だぞ?」
「うんうん! わかってるって!」
本当に理解しているのか怪しいが折角のやる気に水を差すのも憚られた。
とにかく村に帰ってきてから二日目、今まで我流で鍛えた魔力鍛錬だったが、日々の生活に役立つであろうことは大きな収穫だった。