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滂沱の日々  作者: 水下直英
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狭い世界から飛び出すときの【覚悟】とは


 翌日も脱出準備がせわしげに進められている。


しかし突然始められた昨日よりは皆心構えが出来てきており、転んで怪我をする者も無く、喧騒度合いを抑えて働いていた。


畑での作業も粗方終えたらしく、村人の大半が集会所と訓練場に集合している。


「国に納めなくていいと思って働いたらいつもの倍は動けたぞ。」


「全部自分たちで食べていいと思うと野菜が違って見えたな。」


収穫出来るものを午前中に刈り取り終えた農夫たちが、明るい表情で話し合っている。


【国】というくびきから逃れ、解放感と高揚感を得ているらしい。


今は元気でいるが二週間と見込まれている逃避行で、どこまで気力が持つだろうか?


体力的に劣る老人や女性たちは最後まで耐えられるだろうか?


いや、カカンドが言っていたように、率いる私がこんな考えでどうするのか。


誰一人死なせぬように心を強く持たねばならない。


その為に今日もまた、村人たちに魔力を流して【不安】と【疲れ】を軽減していくのだ。


まずは老人や女性が多いと思われる集会所へ向かった。



 予想と違い集会所には昨日と同じぐらいの人数しかいないように見えた。


マグシュから聞いたところ、村の各所から集められた作物や衣類などの搬入が済み、みな訓練場へ向かったらしい。


縫い物を続けるニーナたちや、相談を続けるカカンドたちに魔力を流し、励ましの言葉を掛けてから、まずは診療所へ向かった。



 診療所ではカンディが嬉しそうに出迎えてくれた。


昨日と同様、幼子を連れた女性たちが居る。


昨日と違い警備団員が一人いて、母親たちに魔物が出た際の逃げ方や野営の心構えなどを教えていた。


我が子を守るため、母親たちは真剣に聞いている。


脳裏に母やバコゥヤの顔が浮かぶ。


熱くなる胸や目頭を無理矢理鎮め、私は全員に魔力を流していく。


ぐずついている赤ん坊に優しく魔力を流すとケタケタと笑ってくれた。


二人の赤ん坊と幼子たちの頭を撫で、それを羨ましそうに見ていたカンディの頭を撫でた後、私は診療所をあとにした。



 訓練場は人で溢れかえっていた。


おそらく百名ほどの村人が集まっていると思われる。


ギルンダたち足弱とされる者たちも、訓練する様子を眺め、心構えを説くツェルゼンの話を真剣に聞いていた。


ゲーナとリルリカが魔力を流す役目を果たしていたが、私の到着に真っ先に気付いたギルンダが駆け寄ってきた。


「おぉジッガ様!

 またワシに【精霊様】の力を分けて下され!

 ワシも訓練に参加したいんじゃ! お願いですじゃ!」


とても数日前まで寝込んでいた老人とは思えない迫力で懇願してくるギルンダに、私は眼をまたたく。


「ジッガ、魔力を流してあげて?

 私たちの魔力循環だと満足してくれないの。」


遠目からゲーナが私に声を掛けてきた。


目の前でギルンダがブンブンと首を縦に振っている。


気付けば彼の背後に数十人の老人たちが列を作っていた。


訓練の邪魔にならぬよう彼らを端に誘導し、魔力を流していった。


「おぉ! 違う!

 やはり違いますじゃ!」


ギルンダをはじめとして老人たちが歓喜の声をあげる。


確かに私とゲーナたちでは魔力量が違うが、そんなに変わるものだろうか?


老人たちに魔力を流しつつ考えるが、答えは出ない。


途中でツェルゼンが訓練の進捗を報告しに来たので、魔力を流しながら違いが有るかどうか尋ねてみる。


「む、確かにゲーナたちのは弱く感じる。」


簡潔な答えだったが、違いが有ることは分かった。


おそらく年老いた者には私の魔力循環の方が効果が高いらしい。


若い警備団員に試してみてそれが立証された。


そこからはゲーナたちと私の二手に分かれ魔力循環をおこなっていった。



 丸太を切っただけの簡易な椅子に腰掛け、私は次々と座り込んでくる老人たちに魔力を流し続けた。


視線を移せば、ギルンダたち老人組による雄叫びを上げ戦闘訓練している様が映し出される。


前世では『年寄りの冷や水』という言葉があった気がするが、彼らは『冷や水』をガブガブ飲んでいるように思われて心配になる。


彼らはすぐに疲労して私の列に並び直すことを繰り返している。


ゲーナたちの列には少数の若者しか並んでいない。


そばに寄ってきたリルリカに真剣に魔力切れの心配をされた。


だが私自身の感覚ではさほど疲労を感じていない。


三年半ほど鍛練を続けている魔力循環なのだ、この程度はなんということはない。


大したことないこの力が皆の逃避行に役立つならばいくらでも流し続けよう。


そんな私の返答を聞いたリルリカは、あまり納得のいかない様子だったが持ち場へ戻っていった。


私やカンディは【自然発露】した魔力持ちだが、彼女たちは私が【発現】させた魔力持ちだ。


そのことが違いを生んでいるのだろうか?


それとも鍛練を続けた期間の差だろうか?


私たちは魔力を【使う】ことは出来てきているが、魔力や魔法に関する【知識】を増やすことが結局まるで出来ていない。


平穏な時間がもっとあったならば、国の干渉がもっと先であったならば、と準備期間の短さが悔やまれる。


だが悔やんでいても何も始まらない。


計画は動き出してしまったのだ。


明後日の早朝、私たちはこの村を捨て、新天地へ向かう。


両親との想い出が詰まったこの村での日々。


今日と明日でその気持ちに区切りをつけ、旅立つ時が迫っていた。




 夜が明け、準備最終日となった。


井戸からは大量に水が汲まれ、全員分の水筒に注ぎこまれ、水樽が馬車に積まれていく。


【イモ】をメインとする糧食も積載量いっぱいに並べられる。


村で三頭しかいない馬を気遣い、今日は沢山野菜を食わせる。


持っていけない分なので存分に与えた。


ニーナたちの作業していた縫い物も間に合う目途が付いた。


雨をしのぐ為の天幕など重要なものだったので一安心する。


エンリケの武具作成も既に終わっていた。


老人たちが活力を取り戻したのでその分が間に合うか心配していたが、全員分の槍と、戦闘要員の為の盾は揃えられたようだ。


ギルンダたちが持たされた槍を振り回し何やら意気軒昂に高く掲げていた、心配になるほど元気になっている。


夕方には脱出に参加する百六十五名の村人全員が、集会所の広場に集まっていた。


集まっていない二十数名は独自の伝手で他国へ逃げる人たちだ。


村長が皆の苦労をねぎらい、明日早朝の出発予定を改めて告げ、思い残すことの無いように今日の夜を過ごすことをさとした。


その日の晩は皆で想い出話をした。


ハテンサとベルゥラもウングラク村での暮らしを語った。


きっとこれが【村での最後の一日】になる、口には出さないが全員が哀しさと辛さを感じているだろう。


私も感じている。


【哀しさ】【辛さ】、そして【怒り】を。


いつか、


この平穏の日々を奪い去った馬鹿どもに【報い】をくれてやる。



涙に濡れる枕の感触に冷たさを感じながら


私はカンディに縋り付き


村での最後の眠りについた




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