信じていない者から裏切られても心は痛む
ドゥタンらが逃げ込んできた日の夜更け、夜陰に紛れそっと村から抜け出そうとする者がいた。
微かな月明かりの中、正道とは外れた獣道を使い、街の方向へ進みだす。
それは一人の女性だった。
周囲を警戒しながら静かに歩く彼女だったが、突然声を掛けられた。
「【バコゥヤ】、あなたが村に置かれた【密偵】だったのか。」
私の声と姿を知覚し、彼女は身を震わせた。
ここには私だけではなく、若い警備団員二人も居て、彼女を三方向から取り囲む。
無言で立ちすくむ彼女に私は疑問に思っている事柄を告げる。
「バコゥヤ、何故もっと早く【報告】に行かなかった?
私の【魔力】には気付いていたんだろう?
なぜ【いま】なんだ?」
私の質問に彼女は脱力したように首を振る。
やがて、諦めたように口を開いた。
「ジッガ、あなたが魔法使いなんじゃないかって疑問は
ゴブリン退治を聞いた時からあった。」
「それなら・・・」
「でもね! 私には【娘】がいるの!
中央に【人質】に取られていて、手紙でしかやり取り出来ない!
でもあの子の為にも私は密偵の役を果たさなきゃいけないの!」
「っ!」
私は絶句した。
国の悪辣な手口にもそうだが、娘の命が賭けられた状況でも彼女が私を【見逃し】続けてくれていたことに。
「それは……、感謝する。
バコゥヤ、ありがとう、黙認してくれてたんだな。
私に……、娘さんを重ねたのか?」
私の言葉に彼女は悲哀の表情で頷く。
「そう、娘はあなたと同じ歳なの。
成長していたらこんな風かな、って考えると胸が苦しくて。
だから見逃し続けてたの、
お願いジッガ! 私のことも一回だけ見逃して!?
娘の命がかかってるの!」
この懇願に私は胸を締め付けられる。
母の面影を宿す彼女の言葉に、涙が溢れてくるのを抑えられない。
「あっ!?」
そんな動揺した隙を衝いて、バコゥヤが私の脇をすり抜けようと走る。
涙で滲む視界のまま手を伸ばすと、彼女はそれを避けようと方向転換する。
その間に警備団員二人が追い付いてきて、ひとりが彼女に飛びつきタックルを敢行した。
「うぁっ!」
もつれ込むように倒れた二人だったが、立ち上がってきたのは団員だけだった。
「え?」
私は慌てて近寄る。
倒れたままのバコゥヤを揺するが反応が無い。
良く見ると倒れた時に大きな石で頭を打ったようで血が流れていた。
「そんな……、
診療所に運ぶぞ!
私が担ぐ! 一人は先に診療所へ行って先生を起こしておけ!
急ぐぞ!」
私は母を亡くした喪失感を思い出し、震える手のまま彼女を担ぎ上げ村へと走った。
既に明かりのついていた診療所へ入り、寝台に彼女を寝かせる。
村で唯一の医師が頭の傷の治療をする中、私は祈り続けた。
やがてアグトやモンゴも到着して、私に仮眠して待つよう促す。
だが眠れるはずも無く、モンゴに状況を確認する。
どうやら密偵は彼女だけだったようで、ほかの不審人物たちは動きを見せなかったらしい。
経歴が不明なだけだった彼らには、朝になったら脱出計画が伝えられ、同行するかどうか確認される。
治療は朝まで続けられたが、結局バコゥヤは助からなかった。
肩に手を乗せ気遣ってくれるアグトをそっと押し退け、私はバコゥヤの横に座り、彼女の頬を撫でた。
冷たい。
あの日の母の感触を思い出し、また涙がこぼれ始めた。
とめどなく流れる涙をそのままに、頬を撫で続けた。
「ママ……」
口から零れる母への想いももはや止められない。
遺体に縋り付きしばらく泣き続けた。
その後、訪れたカンディの精神安定魔法により、私は診療所で仮眠を取った。
目が覚めた私は村長に願い出てバコゥヤの葬儀を簡素ながら執り行った。
私の祈りで彼女から光の球が舞い上がり、何故か私の周囲を何度も回った後に空へと昇っていった。
密偵であったバコゥヤの死により、脱出決行は三日後と決まった。
ドゥタンの証言によると、ウングラクで思い当たる密偵らしき不審人物が姿を消してから一週間後に正規軍の来訪があったらしい。
三百人程度とはいえ軍を動かすのには手続きや準備があるだろう。
しかも報告が無いのだから、どんな可能性をみても三日は大丈夫と判断した。
この村と街を行き来して作物をやり取りしていた駐在役はかつてカカンドを助けた元兵士の一人らしく、今日もやってきてカカンドに情報を与えていた。
「フェレイロ、計画通り俺たちは三日後に獣人の国を目指し脱出する。
お前たちはどうする?」
「俺たちは身を潜めておくさ。
お前たちがいずれ帰ってくることを信じて、な。」
「おう、任せておけ。
な、ツェルゼン?」
「うむ」
相変わらず無口な老人に苦笑いしながらフェレイロという元兵士は去っていった。
時間の無い私たちはすることが山積みだ。
馬車に積むための食糧等の準備、戦闘力のある村人たちの訓練、野営に必要な道具の作成、数え上げればきりがない。
そして私の役割も重要なものだった。
「さぁ! 順番を守り列を作れ!
【精霊様】から力をいただくんじゃ!」
ギルンダが張り切って取り仕切り、年寄りや怪我人の足弱が集められ、私の魔力を流してもらおうと並んでいる。
つい数日前まで寝込んでいたのが嘘のようにギルンダは何か漲っている。
ギルンダは己を例にとり【精霊様】の魔力の素晴らしさを皆に説いている。
【病は気から】というやつだろうか?
何にしろ皆が元気になるなら私も胡散臭い【精霊様】を演じよう。
次から次へと数十人に魔力を流していった。
実際杖を突いていた老婆がシャンと立ち上がった時には私の方が驚かされた。
中には左腕を失くした村人が混じっていて数日前のギルンダのように弱音を吐き、本当に同行していいのか尋ねてきた。
私はギルンダの時と同様に熱く【志】の共鳴を訴え、皆の士気を高めた。
「ふ~ん、ジッガってそんなこと考えてたんだ?」
背後から聴き慣れた声をかけられ、慌てて振り向く。
そこにはゲーナが立っていて、興味深そうな表情で私を見つめていた。
「『この国を打ち倒す』か、
ねぇジッガ、
なんで私たちにはその【志】を伝えてくれなかったの?」
少し不満気な彼女に私は何と言おうか迷ってしまう。
「そんなに王族を憎む気持ちを、
なんで私たちには伝えてくれなかったの?」
今度はハッキリと怒りの感情を乗せて質問してきた。
「ゲーナ、すまなかった。
けっして秘密にしていた訳じゃないんだ。」
戸惑いながら話してしまったのが伝わったのだろうか、ゲーナは眉尻を下げながら私の言葉を遮る。
「ジッガ、いまジッガが考えてること、当てて見せようか?
『国を憎む自分の気持ちは【汚く】【悪い】ものだ。
大切な仲間たちにはギリギリまで伝えたくはない』
どう? 当たってる?」
「……当たってる」
私は悄然とした気持ちで視線を地に落とす。
いつも人間の感情の機微を教わっているゲーナにかかると、私の想いは筒抜けのようだ。
「ねぇジッガ、
その気遣いは嬉しいけど、
【信頼】が足りないみたいでなんだか寂しいよ。
もっと私たちを信じていいんだよ?
私たちはジッガを【信じて】いるからオークとだって戦えるし、
国を敵に回すことだって怖くないんだから。」
「……うん」
「今日家に帰ったら皆と話そ?
私たちが誰よりもジッガのこと【信頼】してるってわからせたげる。
あ、カンディに『依存するな』なんて言っちゃダメだからね?」
「ふふ、わかった」
私は晴れ晴れとした気持ちで、周りを囲み喜びに沸く老人たちを眺める。
彼らを鼓舞するために私は大きな声で呼びかけた。
「みんな! 私を信じて欲しい!
危険が伴う逃避行となるのは間違いない!
だが力を合わせてこの困難を乗り切るんだ!
私たちは同じ志を持つ【同志】である!
【新天地】で新たな、私たちの【国】を築き上げよう!」
おぉぉ!
その場を大きなどよめきが包み込む。
私の【建国】の誓いに驚きこそすれ、困惑した感情は伝わってこない。
みな自然とひざを折り、私に向かい祈り始めた。
「固く誓おう! みなが幸せに暮らす国を創ることを!」
その言葉で、私を取り囲む人々の頭上に光が降り注いだ。
いつもの天に昇る光ではない。
初めての現象だがもう私に迷いはない。
ギルンダに指示して、皆に準備を始めるよう伝え解散させる。
ざわざわとした喧噪のなか、私はゲーナを連れて次の目的地へ向かった。




