【覚悟】を試す資格があるのは【神】だけだ
今日は週に一度のカカンドとの相談の日だ。
単に私の学習当番が廻ってきたきただけだが、私が学んでいたのは初期の方だけで、今ではカカンドから情報を受けて計画を練り直すことしかしていない。
重要な状況変化はまだ起こっていないが、反乱軍はもはや立て直しが絶望的らしい。
戦線は刻一刻と南方へ近付いているようだ。
反乱軍との戦いに余裕が生まれたのか、国の北東に位置するこの近辺の村々に対しての締め付けが厳しくなった。
街でも正規軍による【徴発】が行われ、住人は戦々恐々としているらしい。
つまり最前線に投入していた兵を後方と交代させられる程、正規軍にはゆとりが出来ているのだ。
【正規軍】と一口に言ってもその内訳は様々で、要は【貴族の軍隊】の総称だ。
大概王族の親類に連なる貴族の軍隊は田舎で【徴発】と称した非道を行う。
反乱軍のお飾りの総帥、自分の領地の【村を焼き払った】ファスデショナ公爵がいい例だ。
この近辺の地域は王の直轄領なので、貴族の自儘に振り回されたことは少ないが、数回は【有った】らしい。
油断せず、正規軍が近付いてきたら避難するか国外脱出するかの判断をしなければいけない。
「ジッガ、あとよ、ゲーナからこないだ頼まれた
『この村にいる魔法の知識を持つ者』の件だけどな、
村長が言うにはやはりシェーナが最後の一人だったらしい。
ただシェーナと一番仲の良かった【ギルンダ】という老人がいる。
ギルンダは少しだけ魔法の訓練法を知ってるそうだ。」
今日は情報が少ないので、時間に余裕のあるうちに知識を得ることを勧められ、まずは村長の所へ足を運ぶ。
「おぉ、ジッガ。
探索は順調なようじゃな、こちらも準備は粛々と進めておる。」
「あぁ、カカンドから聞いた。
全部で百五十名ぐらいになりそうなんだろ?」
秘密裏に情報網が敷かれ、村人の中で信頼出来ぬ者があぶり出され、脱出計画から外されていった。
また少数だが、他国に伝手が出来てそちらに脱出する術を見い出した者もいる。
それらを抜かした人数が百五十名程になるらしい。
密かに意思統一して、警備団指導のもと脱出に向けた鍛練をしているという。
だが中には戦争で片腕を失くしたものや、老いによって身体能力に不安を持つ者が脱出を拒んでいるそうだ、足手まといにはなりたくないのだろう。
聞けば先程カカンドから名を聞いたギルンダも足腰を弱らせ、脱出を希望していないらしい。
家の場所を訊き、私はギルンダの許へ向かった。
「よく来た、ジッガ。
シェーナの葬儀であれを導いてくれたこと、礼を言う。
長い付き合いじゃったでな。」
ギルンダは布団に身を横たえたまま私を出迎えた。
詳しくは訊かなかったが、シェーナの家の近くにある、ここで独り暮らしをしているらしい。
以前私たちに『仲間に入れろ』と迫ってきたゲルイドの親類らしく、彼の両親がたまに食べ物を差し入れてくれて何とか生活しているとのことだった。
「ただでさえ他人の温情無くば暮らせぬこんな爺じゃ。
長年住んだこの村とともに朽ち果てる方が似合っとるじゃろうよ。」
そう言って老人は力無く微笑んでいた。
私の本来の目的は魔法の知識を得んとしての来訪だったのだが、【生】を諦めてしまったギルンダを前にし、私の魂は何故か熱くなった。
「ギルンダ、この国をどう思っている。」
「どう、とは?」
突然の質問にギルンダは目を丸くする。
「この国を統べる、あの悪王を許せるか?」
「そりゃあ怒りは感じるが……、
ワシみたいな年寄り一人が憤ったところでな、国は変わらん。」
「ギルンダ、そんなことは訊いていない。
【許せる】のか【許せない】かを訊いている。」
私の剣幕にギルンダは寝床から身を起こし、こちらをじっと見つめてきた。
そして重みを感じさせる声でしっかりと答えた。
「【絶対に許せん】。
あの新王も前王も、ワシらを虫けら扱いし、
奴らの為にワシは街で築いた財産を奪われ、妻の命を縮められた。
今ワシがこの歳まで生き永らえたのは奴らへの怨みの念ゆえ。
なんら痛みを与えられなんだことが痛恨の極みじゃ!」
狂気すら感じさせる老人の独白だが、私は彼に【志】の共鳴を感じた。
「ギルンダ、
この国を許せないという気持ちがあるならば私と共に行こう、
そして再びこの地へ戻って来よう、
【この国を打ち倒す者】として!」
拳を振るって力強い宣言をした私を、老人が目を見開き見つめている。
「自らを【力無き者】と諦めるな!
この国を打ち倒すために足掻け!
アヴェーリシャの悪逆非道を決して忘れるな!
あの暴虐王を打ち倒すその日まで!」
「うむ、うむっ!」
老人の眼に精気が漲り始め、私の一言一句に頷き、応えてくる。
「私はこの国の全てが憎いわけではない、
【死の苦しみ】を知らない
この国の権力者たち全てが憎いんだ!
ギルンダ!
今は私とともに行き、雌伏の時を生きよう!
だが、だがいずれは!
【奴ら】に【死の苦しみ】を与えてやるのだっ!」
「おぉ、おぉっ!!」
老人はいつの間にか布団の上に立ち上がっていた。
私はその両手を掴み、魔力を流す。
「おぉ、これは?」
彼は今、己の内を巡る活力を体感しているだろう。
カカンドやツェルゼンに活性化の効果を与えたこの魔力は、個人差があれどんな老人にも活力を与える筈だ。
「ジッガ、お主は一体?」
「さっきも言ったろう?
【この国を打ち倒す者】だ。
ギルンダ、共に来てくれるな?」
私の言葉にギルンダは眼を輝かせた。
「いいのか?
ワシなぞがついていってもいいのか?」
「この国が許せない、という、
私と【志】を同じくする者だ。
拒むことなどしない、むしろ歓迎しよう!」
「うむ!
ワシも臥せってはいられんようじゃ!
毎日お主の所へ通ってもいいじゃろうか?
先程の【魔法】をかけてもらいたい、
この老骨を奮い立たせたいんじゃ。」
「構わない。
探索で留守にすることもあるだろうが、
基本的に昼は畑に居る。
いつでも来るがいい。
脱出計画が実行されるまでもう一ヶ月ほどしか余裕は無い。
やれることは全てやろう。」
「ありがたい、ありがたい。
ジッガ、ワシの残り少ないこの命、
主に預けようぞ。」
ギルンダが手を伸ばしてきたので私もその手を掴み握り返した。
するとカカンドや村長の時と同じ現象がまた起こった。
キラキラと光の粒子が飛び出し、ゆっくりと天に昇っていった。
ギルンダは少しの間天井を見上げた後、私の方を見て、
「【精霊】様かや?」
と呟いた。
結局ギルンダの魔法に関しての知識はあっさりとしたもので、新たな鍛練法がひとつ知れただけだった。
だが私は【生】を諦めていた同じ【志】を持つ老人が、【魂】を交流させることで再び奮い立ってくれたことを嬉しく感じていた。
ゲーナ家に帰宅すると、女三人で夕飯の支度をしていた。
私が入っていくとカンディが近寄ってきて頭を撫でてきた。
「カンディ? どうした?」
私の問いに彼女はふふふと楽しそうに笑う。
「ふふ、ジッガ、何か嬉しそう。
カカンドのところで何かいいことあった?」
「あぁ、いや、カカンドのところではない。
魔法使いの件で話を聞いて、
村長の所とギルンダという老人の所へ行ってきた。」
「へぇ、何か楽しいこと、あった?」
「楽しい、というか魂の交流というか、
年寄りに明日への希望を説いてきたんだ。」
「ほへぇ、そうなんだぁ。」
カンディが半分ほども理解出来ないという声色を出し頷く。
やがて男たちも農作業を終え、夕飯のため集まってきた。
戸口から覗いた空は夕暮れで色を赤から紫に変えようとしている。
じゃあ食事をしようと皆が椅子に座った途端、入口の戸を荒々しくノックする音が室内に響いた。
アグトが戸を開けると顔馴染みの警備団員が緊迫した表情で立っていた。
只事ならぬ気配を感じて私も近付き、事情を聞いた。
ついさっき隣村から若者が数人逃げて来たらしい。
隣村が【焼き討ち】に遭ったのだ。




