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滂沱の日々  作者: 水下直英
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環境の変化は人格に影響を与えてしまう


 固いうえに酸味の強い煤けたようなパンをかじり、味の薄いスープが代わり映えのしない毎日の食事だ。


孤児院にいる子供たちはこの貧しい食事しか取ったことが無い。


院長らは別室で少し質の良い食事をとっていることが私の【索敵魔法】で知れている。


私は別にそのことに不満はさほど感じていない。


ただこの場の孤児たちはみな毎回食事前に院長らに感謝を捧げてから食べている。


そのことに釈然としない気持ちはどうしても湧き出てくる。




 私の索敵魔法は前世の記憶を参考に開発されたものの一つだ。


自身の魔力を分散させ周囲へ放ち、状況を感覚で捉えることが出来る。


脳内へ連続的に映像や音が流れる中で、気になる部分に意識を一点に集中させれば、その地点での様子が重点的に知覚することが出来る。


以前聞いた話だと、魔法を使えるものは他者の魔力を感知することが出来るらしい。


私がカンディに魔力を感じた時のようになるのだろう。


この孤児院には大人を含め魔法使いは存在しない。


私のほかではカンディに可能性がある程度だ。




 私もおおっぴらに魔法を使っているわけではない。


孤児院の人間以外がいるところでは絶対に使わない、誰が魔力持ちなのか分からないのだから。


以前軍部の人間が院長を訪ねてきたことがあった。


数人いた内の一人は確実に魔法を使えるものだっただろう。


整列して出迎えた私たち孤児に魔力を浴びせて反応を窺っていた。


私は当然それと悟られぬように全力で受け流していたし、カンディも魔力が微弱なせいか無反応だった。




 軍部の者らが帰っていったあと、院長がやや荒れていた。


国に差し出す子供がいないことで自分の手柄が無く、怒りを覚えたのだろう。


珍しく家事に失敗したものに体罰を加えていた。


体罰は毎日あるわけではないがたまに行われている。


子供たちは引き取られた最初の頃こそ院長たちを敬う態度でいたが、二年も一緒に暮らしているとその本性に薄々気付き始めていた。


殴られても尊敬するような大きい恩は受けていないからだ。




 孤児は年齢が十四歳になると、兵士として軍に連れて行かれる。


その際の院長の得意気な顔には唾棄だきすべき人格が、如実にょじつあらわれていた。


戦争は続いているので孤児も増える、私が入った頃の倍の人数に増えていた。


年齢もバラバラだったが、既に五人程は兵士として連れて行かれている。


私を子分扱いしようとして蹴り飛ばされたあの子も既にここにいない。


連れて行かれて半年になるが、生きていることをひたすら願うばかりだ。


二年近く同じ境遇で暮らしたのだ、多少の情は移る。


後から来た子供たちにもそれは同様だし、同じ村出身の四人には格別だ。


その同村の歳上ふたりが連れて行かれた時はカンディと共に泣いた。




 戦争が突然終わった。


孤児院に連れて来られてから三年が経ち、私は十歳になっていた。


身体も大きくなり、ひそかに訓練し続けた魔法力も格段に進化している。


だがまだまだ大人とは言えない体格の私たちの環境はこれから激変するようだ。




「君たち全員に支度金を支給する、ありがたく受け取りなさい。

 この街で働くのも村へ帰るのも自由だ、君たちは自由を手にしたのだ。

 さあ、旅立ちなさい。」


院長はそう言って私たちを孤児院から追い出した。


最後まで気に入らない態度だったが、皆の支度金をかすめ取ることはしなかった院長に私は一礼し、皆を連れて広場へ向かい今後のことを話し合うことにした。




 この街で三年暮らしたとはいえ、子供が働いて自活するすべなど無い。


私たち三十数名の子供たちは、私の提案で軍の詰所へ向かった。


入り口で警備の兵士に事情を説明して、近隣の村出身の兵士に出てきてもらった。



「そうか、大変だったな。

 俺たちももうすぐ村へ帰る、一緒に帰ろうか。」


大半の兵士が子供とともに故郷へ帰ることに賛成してくれた。


やけに急いで帰らされることに皆不思議そうだったが、帰れるならばすぐに帰りたい者ばかりなので不満の声は出ていない。


私の村出身の兵士は私の父のことを知っていた。


「あぁ、お前がジッガか、まだ小さいのに苦労したな。」


微かにだが見覚えがある初老の兵士は今日帰郷するらしい。


私はその兵士とカンディ、そして三歳年上の【エンリケ】と共に詰所を後にした。




 混雑する街の入り口を出て、私たちは人々が思い思いの方向へ歩き出すのを眺めた。


「こんなに沢山の人たちがいたんだねぇ。」


カンディが素朴な感想を口にする。


「【アグト】と【ゲーナ】はいないかなぁ?」


同郷でつい最近戦地へ赴いた年上の孤児の名前を呟きながら、カンディは周囲を見渡す。


「アグトは前線に行ったらしいな、ゲーナは女だから近くだとは思うがな。」


初老の兵士【モンゴ】がカンディの肩に手を置き慰めるようにつぶやく。


「モンゴさん、僕たちも行こう、村はどうなってるかな?」


「急いだってなんも変わらんだろ、

 子供の足じゃここから五時間ぐらいかかるぞ、ゆっくり行こうや。」


急かすエンリケにのんびり応えるモンゴ、私もモンゴと同意見だ。


今朝あのいけ好かない院長が言った通り、私たちは自由・・なのだ。


これからの生活に不安はあるが、焦らず、生まれ故郷へ帰ろうと思う。




 モンゴの話によると、戦地からの逃亡兵が野盗になって近隣に潜んでいるという。


同じ方向へ向かう帰還兵たちに声を掛け、なるべく集団で帰郷の途につく。


帰還兵たちは戦争が終わったことによる歓びで、私たち子供に優しかった。


途中で方向が別れたときはこちらも全力で手を振った。


最後に別れた集団の女性兵士には涙を浮かべながら抱きしめられた。


母を思い出し私も少し涙ぐんでしまった。


運良く野盗に遭うこともなく、途中で合流した同郷の帰還兵計五人と私たち孤児三人は、無事生まれ故郷へと帰ることが出来た。




 もう夕暮れ時だったが、村の入り口で見張りをしていた老人に声を掛けると大喜びされた。


戦争終結の話は既に伝わっていて、家族が待ってるぞと笑顔で言っていた。


私たち孤児三人は微妙な顔になったが何も言わずにいた。


村の家々が見えてきた辺りで帰還兵の家族が待っていた。


モンゴや他の帰還兵たちは家族と共に歓びを爆発させ始めた。



 私たち三人はそれを遠巻きに見つめていたが、ふと、私を見つめてくる者の存在に気が付いた。


「あ、【ニーナ】おばさん。」


幼い頃、近所に住んでいてたまに野菜をくれていた奥さんだ、旦那さんは父と同じ時期に戦死している。


私が生まれる前の年に娘を病気で亡くしていて、その反動のように私のことをあれこれと世話を焼いてくれた記憶がある。


母を亡くした時、私の引き取りを願い出て却下されたのは彼女だった。


「ジッガ、おかえり、よく帰ってきたね。」


そういって私を抱きしめてくれた。


その温もりに父と母の想い出が脳裏を駆け巡る。


じんわりと両の眼球に熱がこもり涙が溢れていく。


しばらくの間、私は呼吸することも忘れ、ひたすらに嗚咽おえつした。



 やがて頭を撫でてくれるニーナから身を離し周囲を見渡す。


カンディとエンリケも知り合いの大人と笑顔で何か話している。


そんな私の頭を撫でながらニーナが話しかけてきた。


「ジッガ、一緒に来た二人を連れて村長の所へ行こう。

 住むところとか仕事とかの話をしないとね。

 あ、でも今日はおばさんのとこに泊まればいいよ。

 街での話を聞かせとくれ。」


「うん、ありがとうニーナおばさん。

 感謝する。」


「あらあら、相変わらず変な喋りはそのままだね。

 なんだか懐かしいねぇ、嬉しくなっちまうよ。」


そう言いながらニーナは他の大人たちに声を掛け、私たち三人を村長の所へ案内してくれた。




 村長の話した内容は簡潔なものだった。


モンゴたち帰還兵に関しては以前していた仕事を継続できるか確認し、私たち孤児三人は共同生活して、放置された畑の再開墾を提案してきた。


「村長さん、でもこの子たちは農業なんてしたことないんだよ?」


ニーナが僅かに怒りを込めて村長へ抗議する。


「だが子供の力で他に何が出来る?

 国から重税を課せられ食糧だって満足に行き渡らないんだぞ?

 この村で自活して働くならば、狩りか畑仕事をするしかあるまい?

 孤児院で共同生活していたのなら力の合わせ方は知っておろう。

 アグトたちも帰ってくるかもしれんしの。

 それに戦争のせいで室内での労働力は余ってしまっとるんじゃぞ?」


「確かにそりゃそうだけどさ……。」


眉尻を下げるニーナの手を握り私は力を込めて話し始めた。


「大丈夫だよ、ニーナおばさん。

 誰だって最初はみな初めて仕事をするのだから。

 他の経験者に訊きながらいろいろやるさ。」


「いやだって、当分のご飯とかはどうすんだい?」


「街の孤児院で支度金をもらってる。

 三人分合わせればなんとか一ヶ月は暮らせるぐらいある。

 エンリケ、カンディ、大丈夫?」


「え、ああ、大丈夫。」


「うん、ジッガに任せるよ、これからもよろしくね。」


頷き合う私たちに村長が最終決定を下す。


「ではジッガ、お前が三人のまとめ役じゃな。

 エンリケとカンディの持っていた畑を自由にするがいい、頑張れよ。

 家も放置されとるからこれも自由に使いなさい。

 先の話じゃが、作物が取れるようになったら村の買取所で売るといい。

 子供の内は少しだけ割高で買うように伝えておこう。」


「ありがとうございます村長。

 可能であれば狩りもしたいのですが。」


「うむ、そうしなければ暮らせぬかもな。

 小さい獲物を狙うようにな、狩りで死ぬ者が多いこと忘れるなよ。」


「はい、では私たち三人は本日よりこの村で生活を始めます。」


「お、おう、ジッガは十歳とは思えんのう。

 では【しっかり者】のジッガよ、精一杯頑張るように。

 エンリケとカンディもな、頑張るのじゃぞ。

 生きることに精一杯努めよ。」


「「はい!」」




 その日はエンリケもカンディも知り合いの家に泊めてもらった。


ニーナに孤児院の事を話し、彼女からは私のいなかった三年間の村の話を聞いた。


私はニーナと一緒の布団で眠り、久々に温もりに包まれた夜となった。




『なるほど、これはひどい。』


仕事に行くニーナと別れた私の目の前には懐かしい我が家があった。


しかし手入れのされていない家とは、こんなにも劣化するのだろうか?


土壁は崩れているし、入り口の扉などは取り替えないと開きもしないだろう。


中を覗き見ても、土だらけの家具たちは念入りに洗わないと使用出来なさそうだ。


『カンディとエンリケの家も同じかな?』


私は歩き始め、十分ほどでカンディと合流した。



「ジッガ、私たち村に帰ってきたんだねぇ。」


嬉しそうに話すカンディ。


戦争が終わったとはいえ、この国の上層部のことだ、また別の国と戦争を始めるかもしれない。


私は気を抜くことなく、この村でも生き延びる為の訓練を続けるつもりでいる。


「そうだね、カンディ。

 でもこれからが大変だ、生きるために頑張ろう。」


「うん!」


カンディの生家も我が家同様に荒れていた。


様子を確認したのち、エンリケと合流するため歩き始めた。




「へぇ、エンリケの家はしっかりしてるな。」


私とカンディはエンリケの生家の前で口を開け、その頑強さに驚いていた。


我が家は土壁がボロボロだった上に屋根も剥がれかけていたが、エンリケの家は石造りで木造の屋根も扉もしっかり機能していた。


「しばらくはエンリケの家で三人で暮らそう、それでいいかな?」


「大丈夫だよ。」


「私も。」


「もしアグトたちが帰ってきたらまた無事な家を探して男女で住み分けようか。

 無事に全員戻ってきてくれたらいいんだけどな、

 ただ労働力の心配は無くなるが、食料の心配が出てくるわけだな。」


「食料のことはそうだけど無事に戻って欲しいな。」


「あぁ、三年間ともに暮らした仲間だからな。」



エンリケの石造りの家の前で、私たちはしばし無言で街の方向を眺めた。


とにもかくにも、こうして村に戻って二日目にして、私たちは拠点を確保することが出来たのだった。



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