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滂沱の日々  作者: 水下直英
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思うがままに生きるという人は正直迷惑だ


 森で起こったオークとの遭遇戦からひと月ほど経つ頃、ツェルゼンを師範とした私たちジッガ団の戦闘訓練も徐々に実を結ぶようになっていった。


【狩り】は問題無くこなせるようになっており、七匹前後のコボルドの群れ相手でも炸裂魔法無しで無傷の勝利を得られるようになっていた。


やはり熟練の兵士の持つ戦闘技術は、素人のものとは比べものにならないことを実感した。


新兵の経験があるアグトとゲーナも戦い方を一から叩き直されていた。


そして私以外の面々も、バラつきはあるが身体強化魔法を会得してきている。


それによって膂力りょりょくを必要とする弓も扱えるようになり、戦術の幅が広がった。



 農作業の方も至って順調だ。


私の土に魔力を練り込む育成法に加え、カンディが種に魔力を込める、かつてこの村にいた老女がおこなっていた魔法を会得したのだ。


組み合わせることによって、今まで以上に作物の実りが早く、質良くなった。


だがやり過ぎては魔法の発覚に繋がってしまう、皆と相談して魔力の使用は程々にし、無難な育成を心掛けた。


カンディとツェルゼンという大人の知恵が加わり、武器防具の作成などの喫緊きっきんに必要な知識から、国の情勢が動き本格的に村から脱出する場合などの、想定される状況推移まで、幅広い相談が為されていった。


いずれこの村を出る、と買取所で初めて伝えた時に、カカンドは『そこまで考えていたか』と妙に渋い表情をしていた。


アレはどういった感情を抱いていたのだろうか?


私は戦闘技術や魔力訓練と並行して、早急に人の感情の機微を学ぶ必要性があると感じていた。




 いま現在、内乱による私たちにとっての【平穏】な時期は、いつ崩れ去るか分からない砂上の楼閣ろうかくのようなものだ。


近い未来に訪れるであろう危機に対抗するために、私たちは日々学習と訓練を繰り返しつつ、懸命に生計を営んでいる。


だが、時折どうにも対応に悩まされる出来事も発生してしまう。


今がまさにそうだった。



「なぁジッガ! 俺たちも【ジッガ団】に入れてくれよ!」


「俺たちだって村を守りたいんだ!

 なぁ頼む! お願いだ!」


農作業中の私の眼前で二人の少年が深々と頭を下げている。


この少年たち、【アグラス】と【ゲルイド】は村に住む普通の子供たちだ。


子供と言っても私よりは歳上だ、どちらも十二歳ぐらいだったと思う。


時々私たちの訓練の様子を遠巻きに見物しているのを見掛けていた。


村には赤子から成人前の者まで、子供に分類される者が我々を含め二十名前後いる。


ジッガ団の面々は三年前に孤児院へ入れられたので、アグラスたちのように村に住み続けていた者とは疎遠になっており、交流が少ない。


この二人はおそらくゴブリン退治や野盗捕縛の話を聞き、英雄願望を刺激されこうして直訴してきたのだろう。


【村の為】とは言っているが、それならば親の作業の手伝いをしていればいいと正直思ってしまう。


【戦力】にならないものは要らないんだがなぁ、となんとなくアグトを見やる。


するとその視線をどう理解したのかアグトが少年らに声を掛けた。


「アグラス、ゲルイド、

 俺たちは遊んでいるわけじゃないんだ。

 頼れる人がいないから自分たちを日々鍛えている。

 お前たちには両親がいるじゃないか、

 まず家族を守ることを考えてみたらどうだ?」


「俺たちだって遊びなんて考えてねーよ!

 真剣に強くなりたいんだ!」


「ああ! 強くならなきゃ家族を守れねーだろが!」


孤児院に入る前に交流があっただろうアグトの説得だが、実を結ぶどころか怒らせてしまったようだ。


内心では苦り切っているのだが、努めてそれを表に出さないよう、私は冷静な口調で二人に話しかける。


「二人とも落ち着いてくれ。

 仲間にして欲しいとやってきてそんな喧嘩腰では話にならない。

 それで、何故私たちなんだ?

 訓練ならば自警団に頼めばいいだろう、

 人手が足りないんだ、喜んで鍛えてくれるぞ?」


「なぜって、そりゃぁ……、なぁ?」


「え? あ、あぁ、大人より子供同士の方が、なぁ?」


同じ子供が出来ているのだから自分たちにも出来る、そう考えたのだろう。


私たちは孤児院での経験があったし、今では全員魔力を発露している。


同じように鍛えればこの二人も同等の成長をする可能性は有るには有る。


だが私は信頼出来ていないものを身近に置こうとは欠片も思わない。


どう諦めさせようか?


穏便な解決策を図っていると遠くからけたたましい鐘の音が聴こえた。




「アグト!」


「おう!」


私たちは即座に動いた。


あの鐘は村の各所に置かれている【襲撃者来訪】を知らせるものなのだ。


私とアグトに続いて、ジッガ団の面々が追いかけてくるのが感知される。


私たち二人は畑に常備された槍と楯のみで現場へ急行する、他の者はエンリケ家で武具を持ち出すため迂回していた。


鐘の鳴った方向は私たちのいる場所から比較的近い。


おそらく先兵となり戦うことになるだろう、人数が多くなければいいのだが。


そんなやり取りをアグトと交わしながら前方を索敵する。


すぐに状況は把握され、現場へ到着した。



 畑の中で老齢の男性がコボルドと対峙していた。


手に持つクワを振り回し、なんとか近づけまいとしているが、既に爪の攻撃を喰らっているようで肩に血がにじんでいる。


老人は近付く私たちの音に気付いたのか、こちらをチラリと見た。


「危ないっ!」


背後のアグトが叫んだがそれは間に合わず、老人は隙を衝かれてコボルドに突進を喰らい、馬乗りにされてしまった。


私は身体強化の魔力を両足に全開で注ぎ込む。


「じぇぃやっ!!」


私は最大速度で突っ込み、馬乗りのまま右腕を振り上げるコボルドの脇腹へ膝蹴りを見舞った。


槍の攻撃では老人からコボルドを引き離せないと判断したからだ。


狙い通りコボルドは横向きに身体をくの字に折り曲げ吹っ飛んでゆく。


そして起き上がろうとするコボルドの顔面へトドメの槍を突き刺した。


コボルドの生体反応が消失したことを確認し、背後を振り返る。


アグトが老人を介抱し、鐘を鳴らしたであろう老人の妻が駆け寄っていた。


「アグト、どうやら他にはいないようだ。

 その人を診療所へ運ぼう、対処は早い方がいい。」


「そうだな」


畑近くの小屋で引き戸を外し、戸板へ老人を乗せ私たちは診療所へ向かった。


その途中でゲーナたちが追い付いてきたので、診療所へ先行させ受け入れ準備を整えさせる。


エンリケには警備団への連絡を頼み、他に村への侵入者がいないか警戒してもらう。


怪我をしている老人を気遣い、なるべく揺らさぬよう進んでいるとアグラスとゲルイドも追いついてきた。



「すげー! またジッガが敵をやっつけたのか!?」


「やっぱりすげーよ! 俺たちも仲間にしてくれよ!」


二人の言葉に私は戸板を支えたまま激昂してしまった。


「馬鹿かお前たちはっ!

 怪我をした人を前にして言う言葉がそれかっ!

 恥を知れっ!」


私の剣幕に顔を引きらせた二人が慌てて道を開ける。


両手がふさがってなかったら平手打ちを喰らわせていたかもしれない。


私は感情を制御できない己の不甲斐なさに顔をしかめながら診療所へと急いだ。



 あれから数日経ったが、アグラスもゲルイドも姿を見せていない。


来たのはあの助けた老人の妻だけだ、【命の恩人】だと感謝されむず痒い思いをした。


カカンドによると、歳が近い者たちと自警団の訓練に参加し始めたらしい。


ロイガの二の舞になる気配は無いようだ、心底ホッとした気持ちになる。


だが今後の対応如何たいおういかんではどうなるかわからない。


やはり私には他人の感情を理解することと、己の感情をコントロールする技術の習得が急務と判断せざるを得ない。


ゲーナあたりが適任だろうか、今晩にでも頼もうと思う。



 そんなことを思っていたらカカンドからあの老夫婦に関しての気遣いを褒められた。


私たちはあの老夫婦の生活を思い遣り、コボルドを解体して毛皮と爪を売った金を渡してあった。


怪我の経過が良くなかった老人から心の籠もった感謝の言葉をもらい、快く受け取ってもらっていた。


買取所にいるのだからカカンドもその内情を知っていて、褒めてくれたのだ。


可能であれば老人の怪我もどうにかしたいが、そんな魔法を私も仲間も持っていない。


この世界では【怪我を治す魔法】という存在を聞いたことが無い。


カカンドに訊いても、百年ぐらい前に宗教国家の【聖女】が魔法で病気を治した、という話しか聞けなかった。


【精霊】の起こした【奇跡】の中にも治癒に関する話は無いらしい。


そこまで聞いて私は治癒魔法に関して見切りをつけた。


魔力があっても、ままならないことは存在する。


今は色々なことを経験し、可能な限り技術を磨かなければならない。


私の【願い】を叶えるために。




 村に侵入したはぐれコボルドを撃退してから一週間後、カカンドから良くない情報を得た。


どうやら反乱軍の旗色が悪くなってきているらしい。


担ぎ上げていた貴族が【お飾り】であることに不満を持ち、独自の行動をしたのが発端のようだ。


「貴族ってのは本当にロクなことをしやしねぇな。」


そう言ってカカンドは唇を歪めた。


彼には個人的な経緯があるので特に貴族が憎いのだろうが、その貴族がロクデナシだというのには同感だ。


愚かな王と親類である、ということがその行動で証明されている。


その貴族は己の領地で【村を焼き払った】というのだから。




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