『迂闊な選択』という非難は後出しで決められる
「気を付けろ、まだ距離はあるがこの先にいるぞ。」
『嘘から出た実』というのだろうか、いや『瓢箪から駒』『怪我の功名』かもしれない。
私が魔法の実験で大木を倒した件で森が捜索された結果、本当に【正体不明の魔物】が見つかってしまったのだ。
二人一組で捜索に当たった警備団から次々と【森に現われた巨人】に関する情報がもたらされた。
私としては複雑な気持ちだが、何も知らずに森で遭遇することを考えれば村人にとって幸運だった。
事態は一刻を争う危険な状況、と判断した警備団リーダーのモンゴにより、村の総力をあげて【巨人退治】が開始された。
この作戦には私たちジッガ団はじめ、ツェルゼンなどの狩り経験者全員が駆り出された。
ジッガ団はツェルゼンと組まされて、比較的安全と思われる地域の哨戒役を任じられた。
ツェルゼンは私に、巨人の正体は【オーク】である可能性が高いこと、その場合穂先の鋭さに限界のある木製槍だと強靭なオークの皮膚には通用しないこと、などを道すがら説明してくれた。
もし発見しても青銅で強化した真面な装備をしているモンゴたちに倒させるようにして、自分たちは哨戒役に徹しなければいけないと短い言葉で伝えられた。
青銅武器は村では希少なため全員には行き渡らない、私たちはエンリケお手製の木製武具で巨人退治へ臨んでいて、ツェルゼンもまた自作の木製槍と弓を背に先頭を歩いていた。
そして現在、その【オーク】がこの先にいるらしい。
私は索敵魔法でその存在を【たった今】把握した。
緑色の皮膚をした厳つい巨人が、確かにこの先で兎を丸齧りしている。
身長は三メートルぐらいありそうな筋骨隆々の人型の魔物だ。
ゴブリンやコボルドとは格の違う正真正銘の怪物だ。
警備団たちが警戒している場所とはまるで違う所にいる。
それにしてもツェルゼンの察知能力は非常に鋭い。
私たちとオークの距離は視認出来ないほど開いているし、間には樹木が生い茂っている。
にも拘らず、私より先にオークの存在に気付けるツェルゼンは一体何をもとに察知したのか。
ツェルゼンは私たちに下がるようゆっくりした合図を送りながら、自らも後ずさりする。
私も皆を危険に晒さぬよう小声で落ち着かせながら後退していく。
だが、
急にオークがこちら目掛けて駆け出してきた。
瞬間的に私は自分の失敗を悟った。
オークは私の索敵魔法の【魔力】に反応したのだ。
タイミング的に間違いないと思われる。
「いかん! 来るぞっ!」
ツェルゼンがやはりオークの動きを素早く察知し、悲壮な表情で立ち上がり弓を構えた。
「お前たちは逃げろ!
ワシが時間を稼ぐ!」
オークが草木を掻き分ける音が微かに、しかしどんどんと大きくなり、こちらへ近付いてくることが伝わる。
「何をしている!
早く逃げんかっ!」
ツェルゼンが怒りとも怯えともつかない大きな声でこちらへ怒鳴る。
だが皆は私の号令を待っていた。
そしてもはや私に残された方法は一つしかなかった。
木製武器が通用しないオーク相手にあの弓矢では倒し切ることは絶望的だろう。
私たちはツェルゼンを犠牲になどしたくないのだ。
「アグト! ツェルゼンを!」
「わかった!」
「な!? 何をするお前たち!」
アグトたちがツェルゼンを抱え込むようにして地面に伏せる。
私はそれを確認して前方にさらに強く索敵魔法の魔力を飛ばした。
ウヴォォォォォ!!!
私の魔力に惹かれ、木々の向こうから巨大な人影が現れた。
その巨体の中心目掛け、私は練り上げていた渾身の【魔力】を投げ込み、素早く伏せた。
刹那
凄まじい衝撃が周囲を震わせた。
オークの緑色の身体は様々な肉片へと姿を変え、バラバラと周囲へ散っていった。
私は衝撃を緩和するため前方に魔力の塊を置いておいたが、上方から飛んでくる木片や土砂は防げない。
幸い誰も怪我をした様子は無かったが、アグトは皆の一番上に被さっていたらしく土汚れがひどい有り様だった。
かくいう私も大量の土を頭から被ったようになってしまっている。
全員が起き上がり、無事を確認したところでツェルゼンが呆然とした表情で口を開いた。
「……ジッガ、お主はいったい」
「ツェルゼン、私たちはあなたを死なせたくなかった。
だからその気持ちを汲んで、このことは見なかったことにして欲しい。」
「見なかった、と言うのはいいが、オークの声は森中に響いただろう。
あの吹き飛んだ場所はすぐ警備団に見付かるぞ?
どう言い逃れるのだ?」
ツェルゼンは呆然としながらも、思ったより冷静にこちらの意向を汲んでくれそうだ。
「運良く木が倒れずに大きな音は出ていない。
アグトたちは警備団が来る前に目につくオークの欠片を埋めてくれ。
カンディはアレを頼む。」
「アレ? どれのこと?」
「ほら、土を柔らかくするアレだ。」
「あぁ、アレね。」
未だ呆然としているツェルゼンの前で、私たちは隠蔽作業を続けていく。
カンディが爆発によって荒らされた一帯を魔力によって柔らかくする。
そこを私が掘削用の道具で混ぜ合わせながら土の魔力を練り込む。
数日すれば雑草が生い茂って違和感は無くなると思うが、エンリケに仕上げとして周囲の折れた枝部分などを無理矢理くっつけてもらった。
少し様子はおかしいが、大爆発があったとは思えない程度には回復出来たと思えた。
明日になればもっと違和感は減るだろう。
「ツェルゼン、どうかな?
激しい戦闘痕は隠せただろうか?」
「……。」
「ツェルゼン?」
私の呼び掛けに、ツェルゼンはいま目覚めたかのように身を震わせたあと、眼前の景色からこちらへ視線を向けた。
「うむ、大丈夫だろう。
それにワシは何も見ていなかったしな。」
「ありがとう、ツェルゼン。」
やがて警備団がわらわらと到着したので、巨人は山の方へ向かったと報告した。
その後、巨人はどこにも発見されないまま、再び森はしばらく立ち入り禁止となった。
モンゴから解散が告げられ警備団が散らばっていく中、私はツェルゼンに声を掛けられた。
「ジッガ、買取所のカカンドは信用できる男だ。
一度相談するがいい。」
何故カカンドの名前がツェルゼンから出てくるのか分からなかったが、とりあえず頷いておいた。
次の日、カカンドに会って聞いてみたところ真相が判明した。
ツェルゼンはかつてカカンドを死地から救った兵士のうちの一人だったのだ。
仲間の中で最も年配のツェルゼンは国内を歩き回る役目ではなく、脚の不自由なカカンドと共に村で情報を取りまとめる役を担っていた。
兵士として鍛え上げられた経験が【狩り】でも活かされているのだそうだ。
それにしても、と私は未来における【この国との戦争】について考える。
もしかしたらツェルゼンのような兵士がまだまだ王国の正規軍には残っているかもしれない。
だとすれば私たちはもっともっと強くなる必要があるだろう。
私の知る限り戦闘に関しての技量はツェルゼンが飛び抜けているように思える。
警備団現リーダーのモンゴと比べても格が違うだろう。
私はジッガ団の戦闘訓練の師範をツェルゼンにお願いしようと決めた。
この日の夜に皆の意見を聞いたが問題は無かった。
信頼に足る人物が増えたことに喜びを感じながらそれを仲間たちと分け合った。
「なんと? アレは一発しか撃てんのか?」
ツェルゼンがあの日見たのと同じように、驚愕した表情で私を見つめてくる。
「そうだ、魔力を圧縮するのに二日か三日かかるんだ。
アレで倒せなかったらありったけの槍を打ち込むしかなかったな。」
「危険過ぎるぞジッガ、それが通用しなかったら皆死んでいたのだぞ?」
ツェルゼンが不信感すら漂わせた非難の声をぶつけてきた。
如何にもその通りなのだが、あの場で他の方法が有っただろうか。
私が口を開く前に、横でツェルゼンの鍛練法に勤しんでいたアグトが答えた。
「ツェルゼンさん、あの場面ではあれしか無かったと思う。
それに俺たちはもうジッガに命を預けてある。
あの時はツェルゼンさんだって俺たちの為に命を捨てようとしてたろ?」
「ぬ、……確かにそうだが。
思いつきで行動してはいかん。
魔力のこと、発覚する危険性を考えんか。」
「最悪の場合は即刻この村から退去する覚悟が出来ている。
あの時は貴方を救うための最善手を選択しただけだ。」
私の言葉に、ツェルゼンは心底呆れたという仕草をした後、先程とは違い少し信頼を感じさせる声色で、また何度目かの感謝の言葉を紡いだ。
そんな律儀な老人の様子を見てカンディがクスクスと可笑しそうに笑っている。
周りでは仲間たちがツェルゼンから戦闘や狩りに関しての効果的な動き方を学んでいた。
普段はむっつりと不機嫌そうに押し黙っていることの多いツェルゼンだが、カンディやマグシュなどの幼さの残る者には優しげに指導をしている。
彼もまたカカンドと同じような悲哀を抱えているのだろうか。
しかし私にそれを訊くつもりは無い。
ただ、自分の選択が哀しみを生まない結末に繋がることを願い、空に祈った。




