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滂沱の日々  作者: 水下直英
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自分の理解出来ない他者の正義はどう扱うべきか


 村へ帰還してからもうすぐ二ヶ月になろうかという頃、自分たちだけで森へ入れるようになり、私たちは戦闘に関しての経験を飛躍的に積み上げられるようになった。


遭遇するのは【はぐれゴブリン】や【はぐれコボルド】ばかりだったが、コボルド数体と出遭った時は肝を冷やした。


後方から襲われマグシュが爪の攻撃を喰らったのだ。


幸いエンリケ作の防具が肌へ通すことを許さず無傷ではあったが、以後陣形を変更し、全方位への警戒を強めて探索している。


私とエンリケの索敵魔法に反応し近寄って来たのだろうか、そんな疑念の湧く動きだった。



 森での探索により入手出来る素材が増え、さらに私とアグトが警備団の使用する武器防具の知識を伝えたことで、エンリケたちの作成する道具の質も向上している。


アグトとマグシュが僅かながら魔力を生み出せるようになったので、身体能力強化のやり方を覚えさせ始めた。


ゲーナとリルリカも間もなく魔力を生み出せるような兆候が見られる。


魔法使いは希少な存在のはずなので不思議な気がするが、現状ではその理由を解明する手段が無い。



 カカンドからは文字の習得に加え算術や周辺の地理なども教わりだした。


カカンドは他にも国の現状や世界情勢の推移について情報をもたらしてくれる。


買取所には街を往来する者がいるので様々な情報が手に入るとのことだが、やけに詳しい情報を教えてくれる。


先日の【誓い】以来、カカンドは私に対して非常に協力的だ。


授業が私の番になると学習ではなく情報提供に終始する。


正直なところ、現状整理するのにとても有難ありがたく、今後の目標設定や優先順位確定のために私は熱心に知識を得ていった。





 七年前の戦争はこの国【アヴェーリシャ】が隣国【ルイガーワルド】へ宣戦布告無しに仕掛けたものだった。


この大陸には百を超える国と五十を超える自治領が存在しているが、両国はどちらも下から数えた方が早い規模の国である。


アヴェーリシャは死んだ前王に代わり新王が即位したばかりで上層部が一新されており、国内の貴族へ誇示する【力】を求めていた。


そこで隣国が抱える鉱山の存在をうらやみ、これを奪うため突発的に進軍したのが戦争の発端だった。


国境近くにあるこの鉱山はルイガーワルドとしても貴重な場所である、危険な隣国になど絶対に奪われるわけにはいかない。


最初は数百人程度の兵士によって鉱山が奪取されたが、本気になったルイガーワルドの反攻によって戦線は一気に拡大した。


小国同士とはいえ真っ向からの戦争でその被害は拡大していき、周辺の国々も経済的影響に危機感を覚え始め、なんとか調停して戦争を止めようとした。


国土に鉱山を持たず装備に劣るアヴェーリシャの不利は傍目はためにも明確だった。


だが愚かなアヴェーリシャの王は調停に対し首を縦に振らず、己の欲望を満たす条件が出るまで粘り続けた。


対するルイガーワルドとしては貧しいアヴェーリシャの国土など欲しくない、ひたすら自軍の被害が少なくなるように立ち回り続けた。


周辺国はほとんどがルイガーワルドを支援していたが、アヴェーリシャは正気を疑われるぐらい戦い続けた。


だが二ヶ月前、急にアヴェーリシャが停戦を申し込んだのである。


ルイガーワルド側は首をひねったがすぐにそれを受け入れた、七年近く続いた狂人達との戦いにウンザリしている、というのが正直な気持ちだった。


アヴェーリシャから挙げられた申し訳程度の戦後賠償に対しても、期待しないで全て呑み込んだ。


周辺国と足並みを揃えて、今後一切この狂人の国に関わらない方針を固めていたからだ。



 そしてこの愚かな国、アヴェーリシャが戦争での利益を諦めたのには訳があった。


ジッガたちの暮らす村【リベーレン】は国の最北東端に位置し、戦争は西のルイガーワルドとの国境線で行われていた。


そんな状況で三ヶ月前に大きな事件が起きた。


南南西に位置する領地を持つ貴族が、逃亡兵を大量に抱え込んで反乱軍を結成したのだ。


王族の血を引くこの貴族は現在の王が即位する際に政治の中枢から排斥されてしまい、南方の貧しい領地に弾き飛ばされ鬱屈うっくつした生活を送っていた。


戦争に関しては領内の貧しさを理由に形ばかりの援軍しか出していない。


そこに近辺で大規模になった野盗グループの頭目が目を付けた。


国の西側は荒れ果てており奪うものは何もない、これから東側を襲った所で先は見えている。


ならば自分たちを苦しめる中央の支配者たちに一泡吹かせたい、と考えたのだ。


王の血筋である南南西の貴族は担ぎ上げるのに適した存在だった。


反乱の旗を掲げると一ヶ月も経たずに南方の郡領は呑み込まれていった。


現在、国の五分の一が反乱軍に支配されてしまっている。


この状況で他国と戦争など続けられるわけもない。


アヴェーリシャは戦争を止めたものの、より深刻な危機的状況に陥っていたのだ。





 カカンドは周囲を警戒しながら私に現在の国の状況を伝えてくれた。


一部カカンドの主観も混じっているように思えたが、かなり詳細な情報に私は驚きを禁じ得ない。


「カカンド、でもおかしくないか?

 では何故徴兵された兵士たちは村へ返されたんだ?

 そのまま反乱軍との戦いに使えば良かったのでは?」


「村から徴兵された兵士なんてすぐに反乱軍側に回っちまうよ。

 いくら馬鹿揃いの上層部だってそれくらいは考えるだろうさ。

 いま反乱軍と戦ってるのは貴族中心の正規軍たちだ。」


「正規軍? 中央は周辺より人口が多いということか?

 反乱軍に対抗できるだけの数が何故残っているんだ?

 戦争でだいぶ数は減ってしまっているだろう?」


「いや、中央の人口が多いのはそうなんだが理由は違う。

 戦争で真っ先に犠牲になるのが正規軍以外の兵士たちだったからさ。

 お貴族様たちは高みの見物ばかりで損害が少なかったんだ。」


さもありなん、怒りと呆れの感情が押し寄せてくる。


中央の連中は己の権力を守るために今度は本腰を入れているということか、今すぐ王族や貴族たち全員に死の苦しみを味わわせたくなった。


カカンドの情報が確かならば今は絶好の機会なのだ、己に戦力が無いことが悔しくてたまらない。


いま北東側から第三の勢力として挙兵すれば中央に大打撃を与えることが出来るだろう。


仮定の話に意味は無いと分かっているがいきどおりがあふれる、何とか気持ちを落ち着けようと話題を変えた。


「しかしカカンド、やけに情勢に詳しいな。

 こんな辺鄙へんぴな村にいて、

 何故そんなに情報を集められるんだ?」


「俺を死地から助け出してくれた兵士は一人二人じゃなかったんだ。

 十人を超す仲間と共に逃亡生活をして俺はいまここに居る。

 ま、逃げてる途中で俺は足を怪我しちまったが、

 そんな今でも情報交換をしながら復讐の機会を窺ってるのさ。」


既に協力して国を裏切った立場同士ならば信頼に足る存在なのだろう。


カカンドのような人間が国中に居るとしたら、南方だけではなく各地で反乱が起こるのではないだろうか?


それをカカンドに伝えると、彼は悔しげにゆっくり首を横に振った。


「国に反感を持つ逃亡兵はもう南に固まっちまった。

 この村を見てみろ、まともに戦えるやつなんて二十人かそこらだ。

 近くの村々から集めたって百人超えないだろう、少な過ぎる。

 今から俺たちが反乱軍に合流したって大した戦力にならない。

 それに情報が洩れたら街の警備兵だけで各個撃破され、潰されちまう。」


確かに周辺に居たはずの野盗の噂を最近はまるで聞かない。


カカンドの情報だと一ヶ月前、隣村に野盗が数人現れ自警団に退治されたと聞いた。


組織維持が難しい大人数の野盗は南へと移動していき、残っているのはそのような少数のはぐれ者だけだそうだ。


野盗でいるよりも反乱軍に籍を置いた方が楽に暮らしていけるし、憎い権力者たちへの復讐も出来るとなれば、悩むことなく決断したことは想像に難くない。


「だがその担ぎ上げてる貴族というのはどうなんだ?

 王族の血を引いているとなると傑物とは思えないんだが。」


「確かに欲深なくせに凡庸な貴族らしい貴族みたいだな。

 だが反乱軍の中心は元野盗のボスをやってた【アルザック】だ。

 こいつが中々の人物らしくて反乱軍は一つにまとまっている。」


「どう優れているんだ?」


カカンドが語るところではアルザックという男は本当に優秀な人物らしい。


担いだ貴族に口出しをさせず、元野盗である兵士たちに規律を守らせ、支配下の郡領に混乱を起こさせないまま税収を以前通り得て正規軍と戦っているらしい。


だが野盗をやっていたことを考えると私は反乱軍に助勢する気にはなれなかった。


私は私の正義を貫いてこの国を打倒したいのだ、他人の正義に乗っかるつもりは無い。


「それにアルザックはどうやら【魔法使い】みてぇだな。」


「ほぉ、どんな魔法を使うんだ?」


「あぁ、それに関しちゃ実はあまり情報は無ぇんだ。

 ただ馬鹿みてぇに強いらしい。

 戦線にアルザックが現れると負け無しって話だ。

 貴族たちは損害を恐れて遠目からの弓矢で応戦してるそうだぜ。」


身体能力強化の魔法を使うのだろうか、遠距離攻撃で互角ということは噂に聞く【魔炎弾まえんだん】のような魔法は使えないのだろう。


炎の魔力による広範囲攻撃を中央の正規軍は保持していて、その魔法の名前が【魔炎弾】だと聞いたことがある。


使用するのにどんな制約や代償があるのか分からないが簡単に使えるものではないのだろう。


簡単に使えるならば反乱軍を三ヶ月ものさばらせていない筈だ。


「確かにそりゃそうだ。

 中央の連中は馬鹿の癖に無駄にプライドが高いからな。

 考え無しに【魔炎弾】を使いそうだよな。」


「それが無いということは、

 魔法を実戦で使用出来るだけの研究が為されていないんだろうな。」


そんな私の言葉でカカンドは不意に真顔になった。


「……ジッガ、こないだの誓いの時の【光】、

 アレについて聞いていいか?」


私はカカンドの眼を真っ直ぐに見つめ返した。


ここまで私を信頼して情報を与えてくれるカカンドに対し、私も胸襟きょうきんを開き応えるべき時だと判断した。


「カカンド、あれは本当に【魔法】ではない。」


私の言葉を聞きカカンドの眼は一瞬失望の色を宿した、だが私はさらに言葉を続ける。


「だが私は【魔力】を持っている、所謂いわゆる【魔法使い】なのだろう。」


カカンドは大きく両目を見開いたあと、驚きと喜びが入り混じった表情に変わっていった。


努めて冷静になろうとする様子が伝わってくる、少し間を置いたあと潜めた声で話し始めた。


「やっぱりそうか、うん。

 俺を信用してくれて嬉しいぞジッガ。

 このことは決して誰にも言わん。

 あと今後魔法に関して情報が入ったらすぐに知らせるぞ。」


「変に情報を求めて逆にこちらの情報が漏れないように注意してくれ。

 では一応私たちの魔法に関して伝えておく。

 慎重に情報を集めて欲しい。」


私は自分たちの魔力について話し始め、我流の為に不明なことが多すぎることを伝えた。


カカンドはそれを聞き、この村では【種に祈りを込めた女性】の他にも魔力を持った人物がいたらしき情報をくれた。


だが現在の村人で私たち以外の魔力持ちは知らないとのことだった。


カカンドはこの村出身ではないため、村に深く踏み込んだ話は知らないらしい。


魔法に関しては本当に慎重さが求められるのであまり期待しないで待っていて欲しいと付け加えられた。


「……で、誓いの時の光は結局何だったんだ?」


「それは私が教えて欲しいことだ。

 アレは魔力と絶対に関係していない筈だ。

 何にしろ口外していい情報ではないことは確かだ。」


「そうだな、どう調べていいのかわからん話だしな。」


私は生体看破魔法によって買取所に村人が接近してきたのを感じ、カカンドにそれを伝え、別れの挨拶をして家路についた。




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