勇気という言葉を都合よく使うな
いよいよ森へと【狩り】に赴く日がやってきた。
私たち七人は先導する【ツェルゼン】という無口な老人のあとをついてゆく。
ツェルゼンは若者が戦争へ駆り出されている間、村の警備団をまとめていた、つまりモンゴの前任者だ。
私たちが森へ出向こうとしていることを知った村長が、狩りに慣れている彼を手配したのだ。
まぁ子供だけで危険な森をうろうろするのは治安上よろしくないことは私にもわかる。
狩りの仕方を方々で訊きまわる私たちは危なっかしい存在に映ったのだろう。
森の危険な魔物が私たちに惹かれて村に侵入したらたまったものではない。
「ジッガ、最後尾のアグトと距離が開かぬよう気を配れ。」
「わかった。」
ツェルゼンが背後の私に、振り返ることなく声を掛けてくる。
ツェルゼンがいるので大っぴらに魔力を使えないのが心配だが、逆に魔力無しでの戦い方や隊列の用意などを学ぶことが出来る。
エンリケたちが作成した防具は嵩張らないので上着で誤魔化されている。
話に聞いた周辺の魔物の奇襲程度ならば怪我の心配はないだろう。
むしろ足許に生えている毒性の有る植物などの方が心配される。
防具の隙間から毒草が肌を傷つけぬよう、慎重に進んでいく。
中心に配置された荷物持ちの役割である、リルリカとマグシュが緊張した空気を隠せないでいた。
「マグシュ、緊張し過ぎると疲れやすくなる。
男ならば堂々としていろ。」
ツェルゼンがまた振り向くことなく注意を飛ばす。
索敵魔法無しで何故背後の様子が分かるのか不思議だ、年の功というものだろうか?
森の中にうっすら残る獣道をしばらく進み、身体強化無しで持つ楯が重く感じられた頃に戦いの前兆が訪れた。
ツェルゼンが立ち止まり、片腕で私たちの前進を制してきたのだ。
「【はぐれコボルド】だ、音を立てるな。」
低く抑えた声でツェルゼンが指示を続ける。
私たちは指示通り身を沈め低い位置取りで隊列を整える。
コボルドは狼が人間寄りに変化したような魔物だ。
二足歩行だが俊敏でゴブリンよりは強い、引っ掻く攻撃よりも噛み付きに注意しなくてはいけない。
私は時折索敵魔法で周囲を警戒していたので、コボルドの位置は把握できている。
私と同じ前衛に配置されているエンリケだが、まだ索敵範囲が狭いので気付けていないだろう。
あとでツェルゼンに、どうやってコボルドの接近に気付けたか確認したいところだ。
音を立てないよう静かに風下へ移動し、草むらにしゃがみ込むこと数十秒、木陰からはぐれコボルド一匹が姿を現した。
「行くぞ!」
ツェルゼンの号令のもと、前衛三人がコボルドに突進する。
虚を衝かれたコボルドが距離を取ろうと後方へ跳ね飛ぶが、ツェルゼンの突進力が勝った。
ツェルゼンの槍がコボルドの脇腹を突き刺し、数瞬後私の槍が頭部を捉えた。
エンリケの槍はコボルドの腿を掠めただけだったが問題は無い。
即死したコボルドは口からだらりと舌を落とし、茶色の身体を横たえている。
ツェルゼンは残りの者を呼び寄せ穴を掘らせ、自身は小刀でコボルドの解体を始めた。
「コボルドは毛皮になる、手足の爪も安価だが買取される。
解体の仕方は必須だ、ちゃんと見て覚えておけ。」
年長組と私は真剣に解体の仕方を学ぶ、カンディたち年少三人は持参した棒の先が平たくなった木製道具をスコップ代わりにして、コボルドを埋める穴を掘っていた。
解体を終えたツェルゼンとアグトに周囲を警戒させ、私たちも穴掘りに勤しむ。
エンリケの魔力の込められた道具をツェルゼンに使わせるわけにはいかない。
通常のものに比べ強度がまるで違うからだ。
後処理を終えて私たちは次の獲物を求め獣道の奥へと再び進み始めた。
まだ誰にも疲れは見えないが、途中の休憩時間で私はツェルゼンの目を盗みながら年少組に魔力を流した。
大丈夫とは思っているが、疲れて逃げ出すことが出来ない状況にはなりたくない。
ツェルゼンは休憩中、主にアグトへ向けて森の中での注意点を端的に述べていく。
「勇気と無謀を履き違えるな、
無理だ、と思ってしまう状況となる前に逃げることが肝要だ。」
そんな言葉が聞こえてきて私は孤児院にいた頃を思い出す。
孤児院の教員のうち一人がやたらと【勇気】という言葉を使いたがる女性だった。
『国に感謝の気持ちを忘れず、卑劣な敵国に立ち向かう勇気を持ちなさい!』
何度聞いたかわからないぐらいに彼女は【勇気】を押し付けてきた。
『勇気があれば恐れることは何一つありません、そう、死ぬことすらも!』
まずお前が死んでみせろ、と何度思ったかわからない。
死というものを理解させなければいけない存在が数多くいることを実感させられたものだ。
あんな教育を真に受けて戦場で散っていった孤児たちを心から不憫に思う。
事前に聞いていた通り、村に近い場所だと森の中でも魔物はあまり存在しなかった。
ツェルゼンと半日歩き回ったがその後はイノシシを一頭仕留めただけで今日の狩りは終わった。
だがツェルゼンに言わせると、イノシシが獲れただけで今日の戦果は大成功とのことだった。
野生動物の方が食用になるため買取金額は高くなるからだ。
【魔物】はその溢れる毒素から食用にすることが出来ない、素材部分を剥ぎ取って売るぐらいが精々だ。
全員で代わる代わる棒にぶら下げた血抜きを終えたイノシシを村まで運んだ。
買取所ではカカンドがやけに驚いたような顔で私たちを迎え、換金してくれた。
別れ際、ツェルゼンにあと一回か二回同行したらもう自分たちで狩りをしても大丈夫だろうと言われた。
ただし遠出をすることだけは厳重に禁止された。
森の向こうの山には危険な魔物がうろうろしているらしい、たまにこちらへ【はぐれ】が来ることもあるので気を付けねばならないそうだ。
買取金を私たちに多めに配分した後、一週間後ぐらいにまた同行する約束をしてツェルゼンは去っていった。
全員で夕飯を食べているとマグシュが落ち込んだ様子で話しかけてきた。
「なぁジッガ、俺ってリルリカより役に立ってないよな?
俺は何を頑張ればいい?」
またそれか、と私は感情が表情に出ないように努めながら思考する。
「マグシュ、それは君の身体が成長しきった辺りで考えるべきことだ。
今はひたすらに文字を学び算術を学び、
可能ならば魔力を身に付けてほしい。
あぁ、農作業や狩りの知識を吸収することも大切だな。
それら全てを手に入れて、それでも尚役立たずならば私も考えよう。」
「わ、わかったよ、そんなに怒んなよぉ。
勉強しろってことだよな、わかったよぉ。」
両手を頭の上に乗せマグシュは眉尻を下げている。
呆れが顔に出てしまったのだろうか、失敗してしまった。
「みんな狩りで疲れているのか?
文字の反復も無いし、今日は夕飯を終えたら休みにしようか?」
すると全員から「いや、訓練は毎日必要だ」「私頑張るからぁ」という声が続き、いつもより熱心な学習や魔力訓練が行われた。
以前教えたあっち向いてホイの熱が冷めてきたようなので、数を当てる親指ゲームを教えたところ、最近は訓練の合間にそればかりやっている。
本人たちは訓練のつもりでやっているのでかなり真剣だ。
カンディは魔力が漏れるぐらいに本気で取り組んでいる。
エンリケを越えるカンディの魔力量だが、今のところ有効に扱えているとは言い難い。
料理の時に火力を増やしたり、井戸水の汚れを綺麗にしたりと予想外の効果を発揮しているが、全く戦闘向きの使い方は出来ていないのが現状だ。
かくいう私自身も魔力の効果的な使い方に幅が出来ないのを悩んでいる。
身体能力の強化は留まることを知らぬぐらいに伸びている気はするが、そこから先の変化が無い。
イノシシを転がした時のように魔力を透明のまま実体化させることは出来る、しかしそれを戦闘で有用化させることが出来ないでいた、固形化した魔力は重ねることが出来ずずり落ちてしまう。
エンリケの魔力のように粘着力があれば戦闘時に罠として仕掛けることも出来るのだが、私の魔力はツルツルとしたままだ。
そんな魔力の塊を投げて攻撃するくらいなら、石を投げた方が威力は高いだろう。
カンディに至っては魔力を固めること自体が出来ていない。
アグトやゲーナは私たち三人の魔力を全く別の物のように感じるらしい。
そもそも体中に魔力を流せるのは私だけのようだ。
エンリケの魔力はすぐにつっかえてしまうし、カンディはまるで流せない。
魔法に無知な私たちは、ゆっくりと手探りで探求していくしかないようだ。
その日の晩、認識魔法で集会所を覗いたところ、いつもの相談が終わった後、ツェルゼンが年寄り連中相手に私たちの話をしていた。
「ジッガ団の連中には勇気がある。
いずれ村の未来を支える希望となるだろう。」
普段無口なツェルゼンの力強い言葉に、周囲の老人たちが戸惑う様子が伝わってきた。
私たちのどこに勇気を感じたのだろうか?
結局理由を話さぬままツェルゼンは帰っていった。
直接訊きたいが訊けない、もどかしさを感じながら、私は就寝のため目を閉じた。




