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滂沱の日々  作者: 水下直英
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大切な人を喪ったとき、湧き上がる想いは何か


「うぁ~、もう覚え方は覚えたからぁ~。

 もういいでしょジッガぁ~。」


「駄目だ、カンディがこの覚え方と【文字を覚える大切さ】を

 心の底から理解出来るまで続ける。」


「うぁ~ん、助けてゲーナぁ」


先程から私はカンディに文字の覚え方を繰り返し叩き込んでいた。


カンディが授業を理解しきれず家で反復出来ないのは二度目だ。


しっかりと覚えさせないと今後カンディに対して扱い方を変えねばならない。


それは私たちにとって許されることではないように思える。


こんなことで魔力を持つカンディを失いたくない。



 泣き顔のカンディにゲーナが小声でささやくのが聴こえてきた。


「カンディ、ジッガは本気だよ。

 死ぬ気でやらないと本気で村に置いて行かれちゃうよ?」


「嘘、やだよぉワタシ……、

 そんなぁ……

 ジッガ! 真剣にやるよ! 私全部覚えるからよろしく!」


「あぁ」


私は一度ゲーナを見てからカンディに再び学習方法を叩き込み始めた。


さっきよりカンディが覚え方に理解を示し始めたのが分かる、その調子だ。


明日はちゃんとカカンドの授業を理解できるか横で確認しようと思う。


少しほっとした気持ちでカンディの教育はゲーナに任せ、マグシュもカンディの横に置き学習方法を学ばせることにした。


次いでエンリケとリルリカの方に目を向ける。


二人は服に薄い樹皮を何枚も張り合わせている最中だ。


「エンリケ、リルリカ、防具の予備は出来そうか?」


アグトに魔力を流しつつ、私は防具作成担当の二人が一区切りついたところで声を掛けた。


「出来てるけど、うーん。

 やっぱり本物の防具みたいには作れないかな、見本も無いし。

 丈夫な長袖長履き物、それと樹皮で出来た見た目の悪いブーツ、

 でも一応急所とかは魔力で厚めにカバー出来てると思う。」


「あぁ、森の魔物はあまり強くないらしいからな。

 初回から深入りはしないから試す気持ちで戦って構わないだろう。

 あと小刀にも魔力は塗り付けてあるな?」


「うん、言われた通り全員分大丈夫。」


「よし、お疲れ様。」


私は顔を正面に戻しアグトの魔力を窺う。


身体の隅々まですんなりと魔力が行き渡るようになってきている。


もしかしたらアグトも魔力を持てるようになるかもしれない。


エンリケに魔力を発生させるコツを伝授するよう伝え、アグトの相手をお願いする。


そして次に魔力を流す相手としてリルリカを呼び寄せる。


魔力を持てる可能性を示し始めたアグトに刺激を受けたようで、私の両手を握る力が今までより強い。


「リルリカ、近々森へ狩りに行くことになるが恐怖心はないか?」


「みんなと一緒なら大丈夫だよ、私の方がジッガよりお姉さんなんだから、

 しっかり自分の役目を果たさないとね。」


「役目? まだ役割分担は決めていないが何の役目だ?」


「みんなが危険な状況になったら囮になってでも無事に逃がすの。」


リルリカの言葉に私は彼女の自己犠牲の精神に行き過ぎたものを感じた。


私は森の偵察程度のことで大事な仲間をうしなうつもりはないのだ。


「リルリカ、思い違いをしてはいけない。

 私たちはこれから着実に強くなるすべを得ていく予定だ、

 むやみに死なせない。

 役に立とうとしてくれるならば、

 死ぬことより生きることを考えて欲しい。」


「で、でも私、……弱いから。」


「だからこそリルリカが強くなれる方法は今後貴重になる。

 私たちに今後仲間が増えるならば

 確実に私たちより弱い者が多いだろうからな。

 それに戦いで殿しんがりをする役は強い者でなければいけない。

 弱い者だと時間稼ぎにもならないからだ。」


私の言葉にリルリカが項垂うなだれる。


その様子に私は彼女から不本意な気持ちを察することが出来た。


おそらく、私は彼女の意に染まぬ説得をしてしまったようだ。


「私、……早くみんなの役に立ちたいの。」


なるほど、自分の立場に不安を感じているのだと確信を得る。


彼女は十三歳でこの中だと年齢的に三か四番目だ、同い年のエンリケが魔力持ちな上に道具作成で役だっているのを見て焦る気持ちがあるのだろう。


先日の貼り薬の件では納得し切れなかったものと見える。


「リルリカ、君はこの中でゲーナに次いで頭が良いと思っている。

 文字を覚える早さ、防具作成に関してのアイディア、既に役立ってるんだ。

 死に急いで欲しくない。

 私は今の仲間を【誰一人】として失いたくないんだ。」


「ジッガ……」


気付けば全員がこちらを見ていた。


私は全員の意思統一を図るためにも再度注意喚起を行う。



「皆も聞いて欲しい。


 私たちはこれから困難な道を歩んで行くことになるだろう。


 魔法に関して秘密を厳守し、誰かに頼ることなく強さを求めていき、


 いずれは私たちが安心して暮らせる集団を創り上げる。


 一時も心を緩めず、


 家族の命の分も【己の魂】を燃やし続けていかなければならない。」



まだ幼さの残るカンディやマグシュには酷かもしれないが、私は立ち止まる訳にはいかないのだ。


周囲の真剣な表情を見回したあと、私はリルリカに魔力を流し始め、みなそれぞれ熱の込められた学習や練習を始めた。




 カカンドを師とした文字の学習も十日が過ぎようとしている。


昨日の特訓が効いていて、隣のカンディは熱心に板に文字を刻んでいる。


朝の学習でも同様に集中を切らさずにいたので、カンディを見捨てる未来が訪れる可能性が減り、安堵のため息が漏れた。



 そんな私たちの様子を、どこか寂しそうにカカンドが見詰めていることに気付いた。


「どうしたんだカカンド? 何か気にかかることがあるのか?」


私の質問にカカンドはハッとしたように身体を震わせ、そして脱力した。


いつもの飄々(ひょうひょう)とした態度と違うカカンドに、私とカンディは顔を見合わせる。


カカンドは落としていた目線を再び私たちに合わせ、小さな声で語り始めた。


「子供に言うような話じゃねぇんだけどな」と前置きしながら話したのはカカンドの過去だった。



 以前カカンドは本当に教師をしていたらしい。


この村から遥か離れた王城から、さらに向こう側にある西の大きな街で貴族の子供相手に授業をしていたとのことだった。


「だけどな、知らない所で俺は反感を買ってたらしい。

 貴族の息子の逆恨みだ、

 でも知ったところで俺にはどうすることも出来なかった。

 濡れ衣を着せられ、俺は死刑になって郊外に野晒しにされた。

 俺の目の前には妻と二人の娘の死体が並べられた。」


わなわなと拳を震わせながらカカンドは貴族の所業に呪詛の言葉を吐く。


その後カカンドの余りに不憫な有り様に、見張り役の兵士たちが夜陰に紛れて逃がしてくれたらしい。


そして流れ流れて、この村で素性を偽り生活しているのだという。



「それを、……何故私たちに話したんだ?」


戸惑いを隠せないまま問いかけた私に、カカンドは薄く笑った。


「お前たちなら大丈夫に思えたからさ。

 それに俺と同じような境遇のやつはこの村にまだ何人かいる。

 村長は何となく察してるだろうが受け入れてくれてるのさ。」


「そうなのか・・・」


私が何と言おうか言葉を選んでいるとカカンドの方から話しかけてきた。


「まだ付き合いはみじけぇけどよ、

 俺はお前たちを俺の娘達みてぇには絶対にしねぇからな。

 娘達への罪滅ぼしに誓わせてくれ。」


無表情で、それでいて思い詰めたような声が聞き取れた。


カカンドは両手の指を組んで折り畳み私たちに向けて突き出し、こうべを垂れた。


それはまるで己の過去に対し許しをうているように見えた。


戸惑い切ったカンディを隣に感じながら、私はカカンドの両手を自分の両手で包み込む。


「誓いを受け入れる、カカンド。

 妻と娘たちの名前を教えてくれ。」


「あ、あぁ。

 妻はハイネ、娘はロランナとマルディニだ。」


私は包んだ両手に額を乗せ、前世の記憶で覗いた祈りを捧げる。


「罪なき者、ハイネ、ロランナ、マルディニ。

 天に召された三人の魂が、

 せめて安らぎに満ちたものでありますように。」



 魔力を込めたつもりはなかった。


だが、私の祈りに応えるかのようにカカンドと私の両手からは【暖かい光】が漏れ出し、やがて上空へと昇っていき屋根を突き抜け見えなくなった。


少しの間茫然と天井を眺めていた私たちだったが、やがてカカンドが魂の抜けたような表情で私に話しかけた。


「ジ、ジッガ……、

 お前さんいったい・・・」


「正直なところ私にも何が何だかわからない。

 でもカカンド、私たちを【守る】というならば、

 このことは秘密にしてほしい。」


私の言葉でカカンドの表情が急激に引き締まる。


「あぁ、絶対に言わねぇ、誓いは破らない。

 ジッガ、カンディ、何か困ったことがあったらすぐ知らせろ。

 俺の出来ることならなんでもやるぞ、

 妻と娘達の【安らぎ】の為に。」


「うん、ありがとう。」


その後は授業にならないだろうとカカンドに帰された。


カカンドは努めていつも通りに振る舞おうとしているように感じられた。


帰る途中カンディに「魔法は秘密でしょ! 昨日自分で言ったのに!」と真剣に怒られた。


魔力を込めていないと反論するのも難しく、私はただ謝り続けた。




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