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滂沱の日々  作者: 水下直英
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両親との愛情は分かるが恋愛はわからない


 薄暗い中での夕食を終え、仲間たちは今日私が学んだ文字の学習を始めた。


簡単な単語は学び終えているので、アグトとゲーナとエンリケはすぐに学び終えた。


リルリカは孤児院が別で文字学習が進んでいなかったが、覚えが早く次々に単語を学んでいき、ゲーナ相手に復習を繰り返していた。


問題はカンディとマグシュだ。


半分ほど覚えかけてはすぐさま忘れていく。


集中力が足りないのだな、と判断して魔力訓練を挟み、また文字の勉強をさせる。


だが、どうにも効率が悪く感じられた。


家の中が完全に暗くなり、ロウソクに火をともして部屋に明かりを入れる。


ロウソクは安くないものだが今の私たちは学ぶ時間を必要としている。


魔力訓練をエンリケと共にしていたアグトが、見かねたようにマグシュに喝を入れているが効果は薄い。


十歳児の集中力はすぐに途切れてしまうのだ。


十一歳のカンディも難しい顔をして頑張ってはいるが、不正解を連発している。


初日から学習に忌避きひ感を抱かせたくない私は遊びを取り入れた。



「ジャンケン? なにそれ?」


私は年少組に反射神経の訓練と称して【ジャンケン】と【あっち向いてホイ】を教えた。


前世の記憶を覗き見た時に子供用の遊びとして思い出されたものだ。


これにカンディとマグシュがしっかりと食い付いた。


「ジャンケンポン! あっち向いてホイ! いやったぁ!」


「あーん! なんでー!?」


真面目に取り組むアグトらの横ではしゃぐマグシュとカンディ。


頃合いを見計らって私は声を掛ける。


「さぁ、【あっち向いてホイ】は今日の単語を覚え終わってからにしよう。

 頭を切り替えるんだ。」


カンディとマグシュは絶望を表情で表しつつも素直に従った。


「他の皆も頭が疲れたと感じたら【あっち向いてホイ】で頭を休めたらいい。」


私の言葉に四人は顔を見合わせて頷き合い、遊び始めた。


私は遊びと思っているが彼らは【訓練】と言われているので真剣に行う。



「くっ! なぜだ! なぜ勝てない!」


アグトが妙に弱く、ゲーナが妙に強い。


「ある程度戦ったら魔力訓練に戻ろう、

 リルリカは文字を覚え終わったか?」


「うん、全部覚えたよ。

 ジッガ、魔力流すやつお願い。」


「よし」



 私はリルリカへ魔力を流しながら、文字の板を前に苦悩する年少組と、それを指導する年長組をみやる。


アグトとゲーナは孤児院でもこうして昔から年下の子供たちに教えていたな、と懐かしく感じた。


視線を前方に戻し魔力循環に慣れてきた様子のリルリカに私は良い手応えを感じつつある。


そしてふと、アグトに問い掛ける。



「アグトはもうすぐ結婚できる歳だけど、

 結婚についてはどう考えてるんだ?」


私の言葉は全員に衝撃的だったらしく一斉に私に顔を向けた。


視界の端でロウソクの炎が揺らめく。



「どう? とはどういう意味で訊いてるんだジッガ?」


不審げなアグトだが私は特に試しているとかそんなことはなく、いずれ村を出てこの仲間たちで新天地を探すことと、結婚についてどう折り合いをつけた考えなのか訊きたいだけだった。



 この世界での結婚適齢期は早い、法で決められているわけではないが、十五歳か十六歳ぐらいから結婚する者が出てくる。


それは前世の世界と比べ子供ができにくいという理由もある。


結婚が早く行われても子供を授かるまでがとても長い夫婦もいた。


私の生家の近所に住むニーナもそうだった。


年を取ってからの娘だったことを幼い頃に聞いている。


その娘を病気で亡くしたのだから悲しみは相当深かっただろう。


反動で私にはとても優しくしてくれたのだな、と私は感謝と哀しみを感じる。



 かなり動揺した様子で考え込むアグトを仲間たちが妙に心配げに見つめる。


アグトが結婚してこの村に留まることを心配しているのだろうか?


頭を振り動揺を収めたらしきアグトが、躊躇ためらいがちに問いかけてきた。


「いや、ジッガ。

 俺たちは戦う力を鍛えたり金を貯めたりして、

 いずれこの村を出るんだろ?

 なら俺は結婚とか考えられないし考えちゃダメだろ?」


「ん、まぁそうなんだが、

 ゲーナと結婚するとかは考えないのか?」


「んなっ!?」


「え!?」


アグトとゲーナがパッと目を合わせ、パッと逸らした。


カンディとマグシュはそんな二人をぼんやり見つめ、エンリケとリルリカが二人をやけにハラハラした眼差しで見守っている。


私はリルリカに魔力を流しながらまたアグトに話しかける。


「もし結婚したくなったら言ってくれ。

 子連れで長旅になるのは厳しいから、

 このさき戦争が起きないと確信できる時か、

 新天地に移り住んで問題無いようになれば大丈夫だろうから。」


「それじゃ結婚できないのと一緒だろ!!

 俺はまだ結婚する気なんて無いから!

 もうその話題は出すなよジッガ!」


「そ、そうだよ、ジッガはホントにもう!

 時々わけわかんないコト言うの悪い癖だよ!」


そう言って二人はカンディとマグシュをうながし、文字の勉強をさせ始めた。



 私はまたリルリカに視線を戻し話しかける。


「どうだリルリカ? 魔力はいまどんな感触で流れてる?」


「んへ? え、あぁ、うんまぁ。

 ……ジッガってたまに人間じゃないように見えるなぁ。

 ホントは【精霊】とかなの?」


「は?」



リルリカの発言に隣で索敵魔法の練習をしていたエンリケが噴き出す。


「ぶっは、確かに。

 妖精とか精霊が人間の村に迷い込んだのかもね。」


そんなエンリケの言葉を聞きつけ、カンディが口を出してきた。


「違うよー、ジッガはきっと神様の使徒で聖女様だよー。」


「うへへ、じゃあジッガ団は無敵じゃーん!」


「コラお前ら! 真面目にやれ!

 あとちょっとだけだぞ、集中を乱すな!」


「はぁい」


アグトに叱られたカンディとマグシュがまた木の板を見ながら単語を呟く。



 そんな仲間たちの様子を眺めながら私は思考する。


『【神】というものは存在するのだろうか?

 どうやらこの世界には【妖精】や【精霊】が確実に存在するらしい。

 だが街の教会で祈られていた【神】とは何なんだ?』


私の疑問に答えられる人間は果たしてこの世に居るのだろうか?


村には教会が無いので調べようがないが、急ぐ問題でもない。


幼い頃、神に祈りを捧げ続けたが結局母は死んだ、神はいないのだろうと思える。



 私たちに必要なのは【生きていくための力】だ。


その為にも【知識】は必要だがそれは取捨選別していくべきだ。


必要なのは生活の最低限の基礎知識、魔法についての知識、そして組織運営の知識だ。


今は知識を得るための知識を学ばなければいけない。


知識を増やすために人員を増やす必要もあるが、まだ時期尚早だろう。




 次の日またシェーナが畑の様子を見に来てくれた。


シェーナに聞いたところ、昔この村には百歳過ぎまで長生きした女性がいたらしい。


実は魔法使いなのではないか、と言われていたがそれは秘密にするよう厳守された、その女性が作物の種に祈りを込めると成長が早く、豊作になったからだ。


女性は村から大切に扱われ、当時の村長より敬われていた。


女性は結婚せず、子をさないまま二十年前に亡くなった。


亡くなる寸前まで女性は種に祈りを込め続けた。


もしかしたらこの畑に蒔かれた種はその女性の祈りが込められていたのかもね、とシェーナは私たちの頭を撫でながら笑っていた。


シェーナが以前くれた種はその女性が祈りを捧げてくれたものらしい。


そのような大切な種を私たちに与えてくれたシェーナに皆で心からの感謝を贈った。


どおりで作物の異常な成長に疑問を抱かないはずだ、と納得した。



 シェーナが去っていったあとにカンディがふと私に訊いてきた。


「ねぇジッガ、

 ジッガ自身は結婚についてどう思ってるの?

 好きな人いる?」


この質問にまた昨夜のように他五人が勢いよくこちらへ振り向いた。


私は皆を安心させるため、なるべくほがらかに感じるようたのしげに応える。


「私は結婚するつもりはない。

 人を好きになるという感覚もわからないしな。

 私は両親に対して抱いていた愛情を皆に感じられる。

 もしかしたらこれが恋愛なのかもしれないが、

 安心して暮らせるようになるまで結婚しない。

 そう心に決めているんだ。」


私の答えに皆はバラバラの反応を示していた。


「そういうことじゃない」「それは恋愛じゃないよ」

「そんな感じだよね」「安心できる暮らしっていつ?」

「ジッガのお相手は私だよぉ」「俺腹減ってきた」


よくわからないが、そろそろ太陽が下り始める時間だ。


「アグト、時間だ、カカンドから学んできてくれ。

 マグシュ、腹が減ったならこの【ニンジン】でも食えばいい。

 少しは腹がふくれるぞ。」


「俺、馬じゃねーからな!」


言いながら私の手からニンジンをもぎ取りマグシュはムシャムシャ食べ始めた。



 たまにカンディが話す【恋】というものは定義がわからない。


好きか嫌いかの話だけではないらしい、男限定で思うことが無いかよく訊かれる。


毎回正直に答える度に、カンディたちにガッカリした顔やホッとした顔をされる。


【恋愛】について前世の記憶から感情込みの概念が伝わってくることはある。


しかしそのいずれもが、結末は悲しい感情だった。


そして直感に従うならば私はこの世界で恋愛に時間をかけるつもりが無い。


長々と意味の無い駆け引きや心底を試す行為に時間を掛けたくないのだ。


結局は悲しくなってしまうのだから。


私はこの国を打倒できるならば【恋愛】など必要ない、そう判断している。




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