真剣な時は自分が真剣かなどとは考えない
「なに?【文字】を習いたい?」
私の要望に村長が目を丸くする。
「しかしジッガ、お前は買取所での計算も出来るというではないか、
それに孤児院で習ってきたはずではないのか?
買取所の野菜の名前を読めていると聞いたぞ?」
「私がほんのわずかだけ読める程度ですよ。
孤児院では基本の文字しか習っていませんでした、
それでは単語も読めません。
それに孤児院の教師役が隠れて言っていましたが、
兵士は逆に文字が読めない方が良いそうです。」
「なぜじゃ?」
「降伏勧告の矢文の内容が読めないから、士気が下がらないそうです。」
「くっ、腐りきっとるのぉ!」
村長は怒りに顔を歪ませる。
村長が格別国に反発心を抱いているわけではない、この村に住む人々はほとんどが国に反発心を抱いているように感じる。
だが、中には国から諜報の役割を任じられて住んでいるものが居ると噂がある。
村が国に対して反抗的な暴動を起こす前に密告する役割だそうだ。
真偽不明だがこの国の王ならばやりかねない、と誰もが思っている。
この怒っている風に見える村長がその諜報員の可能性もあるのだ。
索敵魔法で見る限りまだ怪しい人物は発見出来ていない。
居るかもしれないし、居ないかもしれない。
が、隙は見せないに越したことはない。
「何にしろもう存在しない孤児院の話ですよ。
それで文字の話なんですけど、
街に納税や取引に行く人たちは当然文字を読めますよね?
私たちもいずれは村で何かしらの役目を担うでしょう?
文字は読めた方が良いと考えました。」
「ふむ、そうじゃな。
ジッガ、畑の方は順調か?
生活は安定したか?」
「シェーナおばさんにたまに診てもらってるお蔭でなんとかなってます。」
「そうか、生活に余裕があるなら買取所の【カカンド】に習えばいい。
あやつは怪我で脚を悪くしとるが学が有る。
ああ見えて元は街で子供に学問を教えてたらしいからの。
まぁどこまで本当かわからんが、ふぁっふぁっふぁ。」
村長の話によると、買取所で毎回顔を合わせていた男性はカカンドというらしい。
そういえば会う度に何か教えてくれる気がする、前回は徴税のことだったか。
村長の口添えを得た私はそのまま買取所へ向かった。
カカンドは私の話を聞き、興味深そうに髭の生えたアゴを撫でている。
「ほぉ、文字を教えて欲しいってか?」
「はい、【学びの大切さ】は知っているつもりです。」
「それはお前ら【ジッガ団】全員か?」
「はい、ただ教える内容は毎回違っていて構いません。」
「んん? どういうことだ?」
カカンドが会計棚に身を乗り出し、私に顔を近づけて疑問を発した。
「日々の生活が有るので毎日一人ずつ学ばせて欲しいのです。
年上の者たちには少し難しい内容を、
年下の者たちには少し簡単な内容を教えて頂ければありがたいです。」
「それと内容を毎回変えることに何の関係がある?」
「教えてくれた内容は毎回死ぬ気で覚えて家に帰り全員に伝えます。
学んだ正確なものを全員で何度も繰り返して伝え合えば、
教わる内容は一回で充分と考えています。」
カカンドは私の話を聞くと腕組みして難しい顔で考え込んだ。
さすがに考えていることを読み取る魔法は持っていない、ただ待ち続けた。
「なるほどお前の考えは良く分かった。
だが他の連中はお前ほど学ぶことに真剣か?
今の話だと一人でもやる気がない者がいたら滞っちまうぞ?」
「覚えられずに帰ってくるものがあれば、
その日は覚え方を身に付ける練習を繰り返し行います。
そして次の日に私が一緒に来て
前日の内容を繰り返してもらいます。
なので申し訳ありませんが
初期は同じ内容を繰り返す日があるかと思います。」
「お、おう、買取所は結構ヒマだから構わないけどよ。
お前さんは良くても他のガキ、特に年下連中は覚える気あんのか?」
「もう既に相談は終わっています。
生きるために覚えなくてはいけない、と話し合いました。」
私は再度カカンドに教師役をお願いし、報酬として毎週一回野菜を届けることで納得してもらった。
さらに今まで通り敬語ではなく普通に話しても良いと言う、急に話し方を変えたことで驚かせてしまったようだ。
私たちの生活が安定して国が停戦している今の時期こそ、私たちが学問を学べる最大のチャンスだ。
村人で文字が読める者はほとんど居ない。
生まれた時から畑を耕すか狩りをするか縫い物をするかしか選択肢の無い人々だ。
文字を覚える必要が無いのだ。
文字を覚えたところで活かせないのだ。
良く言えば素朴な生活に満足している、と言えるが、
悪く言えば【志】が無いのだ。
それは仕方ないと言えば仕方のないことだ。
村という狭い世界しか知らないのだ、狭い価値観しか持てないのは当然だ。
だが孤児たちは孤児院を通した【街】を知っているし、アグトやゲーナは【戦場】や他の街を知っている。
そしていずれはこの村を出ていく、という私の【意志】を知っている。
もし私についてこれない、という仲間が出てしまったら、
計画を変更して、その者を村に残し、この村をすぐに出ていこうと思う。
リルリカやマグシュに対してもたった一ヶ月だが情が湧いてしまっている。
他の四人なら尚更だ、【殺す】ことなど出来ない。
それならば遠方へ逃げ出すほかあるまい、そこで生活基盤をまた作り直す。
文字を覚える必要性を昨夜話し合った時、カンディの顔が引きつっていたのが気になるが、私と同じ気持ちで頑張ってもらいたい。
次の日から買取所のカカンドの所へ文字を習いに行く【仕事】が増えた。
カカンドの負担にならないように、客の少ない朝一過ぎと昼中過ぎの二回だ。
初日は私からだ、木の板を数枚と小刀を持参した。
他のジッガ団は畑仕事などの担当業務に勤しんでいる。
私はカカンドから街でよく見掛ける文字を教わった。
孤児院にいた頃も目にしていた単語もあったので、間違うことなく文字を刻む。
全ての木の板が両面とも刻んだ文字で一杯になったので朝の学習はお終いとした。
午後の学習の時間まで畑を耕す予定だ。
エンリケ畑とゲーナ畑は再開墾が終わっているので、他へ目を向けることにする。
他で一番近いリルリカ家の畑を再開墾することにした。
まずは石などの畑にとっての不純物を除去することから始める。
リルリカとマグシュが張り切って行う、二人が出来る数少ない仕事の一つだ。
カンディとエンリケは土に魔力を練り込む練習を兼ねて鍬仕事をしている。
アグトは鍬仕事や収穫を始めとした力仕事全般、ゲーナは虫の除去や家事全般だ。
私は合間合間で皆の仕事ぶりを確認し、村人の見ていない隙に魔力を流す。
『魔力を流す』とは畑ではなくジッガ団の面々に流すのだ。
これにより各員が疲れにくくなる効果を得ている、理由は不明だ。
夜に魔力を流すことを昼にもやってみたらどうか、というゲーナの提案を実行してみたところ、偶然発見した効果である。
魔法に詳しくない私たちが我流でそんなことを行うのに抵抗があったが、私以外の意見はほとんどが『なるべく多く魔力を流して欲しい』というものだった。
『ジッガの魔力が悪いもののはずがない!』というカンディは別として、アグトらは『出来ることがあるならば強くなるため何でもする』という意見だった。
反対意見はエンリケのみで『魔法の知識の無い状態での屋外使用は部外者への発覚の危険性があるのでは?』という至極真っ当なものだった。
一応賛成意見が多く、大丈夫だろうと判断された上で魔力循環の練習を行いながらの作業は続けられている。
太陽の位置を見て午後の学習の時間と気付き、また木の板と小刀を持ち移動した。
買取所に客は見当たらず、カカンドが私を見て笑顔になる。
また文字を教えてくれるが、今回はこの国の成り立ちの話も教えてくれた。
人に何かを教えることが好きなのだな、と感じた。
カカンドが元教師なのは本当なのかもな、と思わせる話の上手さだった。
夕日に赤く照らされ始めたので帰る準備をしていたら、カカンドに真剣な顔で褒められた。
『今まで見た中で一番【真剣】な生徒だったぞ』と。
礼を言って帰り始めたが、心の中で付け加えた。
『【真剣】なのではない、【必死】なのだ』と。




