極限状態で、ふと我に返ることがある
戦術を確立し、私たちは一泊してから南西に敷かれた陣に向け出発した。
着いた先では剛毛の騎士の他に、毛深い程度の獣人たちもちらほら見掛けられる。
最精鋭を引き抜いたために補充された者たちだろう、緊張感で青くなったまま歩哨を続けている。
この陣は森を見張る為に一直線に木製の大楯が並べられていた。
ソムラルディが【悪鬼の群れ】を感知した場所からだいぶ東に敷いているのだが、悪鬼の移動速度ならばあっという間だろう。
ゼダックヘインらと共に、どう攻撃を仕掛けるべきかを話し合う。
しかし、五十匹の【オーガー】との戦い方など誰も経験が無い。
「もし、奴らがひと塊となっているのならば、
ジッガの【炸裂魔法】での先制は効果的なのではないか?」
「すんなり接近させてくれればの話だな。
それに【精霊の力】に奴らは寄ってくるんだろ?
良くて三、四匹を倒せる程度だろう。」
「ふぅむ、この一帯のような場所ならば集団戦もし易いのだがな。」
この行軍にはハザラたち三人も帯同していた。
ハザラはかつての惨状から大幅に回復しており、もう一、二ヶ月で完治しそうなところまで漕ぎ着けた状態となっている。
彼を文字通り支え続けた子分二人とともに、自治区への貢献意欲が抑えられないらしい。
今もまた、ツェルゼンと戦闘談義をし、他の者の思考の一助となっている。
と、ここでキシンティルクから提案が為された。
「ジッガ、
お前の、【精霊の力】、誘き寄せ、出来ないか?」
「なるほど、
この地を決戦の場にする、ということか。
みんな、どうだ?」
「出来るならば、妙案だろう。」
「そう、出来るならば、だ。
危険な真似は許さねぇぞ?」
ハザラが意外と心配性な面を見せてくる。
だが確かに【オーガー】の俊敏性は侮れない。
どうしようかと思っていると、【我が友】が口を開いた。
「だったら、こうしよう。
ジッガ、ギリギリのところ、精霊の力出す。
悪鬼、反応したら、
俺が、ジッガ抱えて、逃げてくる。
どうだ?」
なるほど、と納得出来る作戦だった。
ゼダックヘインの身体能力は図抜けている。
「悪鬼の反応はソムラルディしか分からんのではないのか?」
「いや、私の索敵魔法の内、
遠隔認識魔法は遠くまで飛ばせて【魔物】を釣り易い。
それならば相手の反応も伺えて一石二鳥となる。」
「随分便利そうな魔法じゃないか。
なぜ今まで使ってなかったんだ?」
「【魔物】を釣り易いからだ。
わざわざ【魔物】を呼び寄せる必要性は普段無いだろう?」
「なるほど、そりゃそうだな。」
「それに決めた一ヶ所のみを感知する魔法なんだ。
相手が居る場所が分かってなければあまり意味が無い。」
「なんだ、全然便利じゃねぇな。」
「使わないのには理由がある、ということだな。
さ!
戦闘準備だ!
ジッガたちが【敵】を連れてきてくれるぞ!
今までの訓練で得た力を全てぶつけられる相手だ!」
「あぁ! 勇躍の闘志を高め待機せよ!
我らの頭上に【戦神の祝福】あれ!」
私たちの頭上へ、熱を帯びたような光が舞い降りてきた。
何となく祈った【戦神】だが、なにやら力が湧いてきたように思えた。
【思い込み効果】というやつかも知れないが、今はそれに乗ろう。
ゼダックヘインと共に【悪鬼の巣】へ乗り込む、その勇気の一助とした。
森の中へ踏み込んでいく。
生体看破魔法は飛ばしっぱなしだ。
まだ昨日の朝にオーガーを発見した場所まで距離は有る筈だが、はぐれが出るかもしれない。
ゼダックヘインと二人なので一匹ならば問題無いが、三匹以上ならば手こずるだろう。
注意するに越したことは無い、慎重に歩を進めていった。
昨日も思ったが、森の中なのに生命反応がほとんど感知できない。
もっと東の方ならば、小鳥のさえずりや小動物の移動する音が有ったのだが、ここには何も無い。
異様な静けさの中、ガサリ、パキリ、と我々二人の歩く音だけが響く。
やがて、昨日オーガーを一匹斃した場所が遠目で確認出来た。
「ゼダックヘイン、
あそこが昨日の場所だ。」
「ああ、臭いで分かる。
嫌な臭い、あれが、悪しき魂か。」
言われて気付いたが、埋めなかった【オーガー】が変質している。
黒い靄を立ち昇らせて周囲の土を黒く染めていっている。
「ゼダ、あれに光を注ごうと思う。
どうだ?」
「む? いいと思う。
で、ゼダとは、俺か?」
「キミ以外いないだろう。
前々から思っていたが名前が長い。
危険な時に呼び掛け辛いからな。
今から【ゼダ】と呼ぶ。」
「むぅ、別に、構わん。
ジッガ……は、元々短い。
つまらんな。」
「よし、やるぞ」
私は不穏な空気漂わせる【オーガー】の死体に向かって祈りを捧げる。
ゴァァァァッ!
以前レヂャンバの魂を地に還した時と同様の現象が起きた。
今回は黒い球体がオーガーの死体から飛び出し、空中で破裂して死体共々大地へと呑み込まれていった。
ゼダックヘインは初めて見る筈だがさして驚かず、『そうなるのか』と呟いて瞑目している。
大地の穢れを払おうと、さらに【祝福の光】を降り注いでいく。
気のせいか、木々のさざめきが少し戻ってきたように感じられた。
「ゼダ、ここからが本番だ。」
「ああ、気を付けろ。
悪鬼来たら、すぐ教えろ。
抱えて、逃げる。」
ゼダに頷き、私は集中を始めた。
昨日ソムラルディが指差した方向、そちら目掛けて魔力を飛ばしていく。
ソムラルディの索敵範囲はかなり広い。
それでも限度が有るので、その範囲内ギリギリと思われる地点を数度行き来させる。
そうした中で、私は風景の中に【悪鬼】を発見した。
一匹見付かったと思ったらウジャウジャと群れていた。
丸太を組んだだけの家とも言えぬ小さな小屋を囲み、グァグァと喉を鳴らしている。
と、一匹が反応し、連鎖するように全員がこちらを向いて走り始めた。
「来たっ! ゼダ!
逃げろっ!!」
「わかった!」
途端にゼダが私を抱え走り出す。
森の中なので障害物だらけなのだが、獣人の王の前では問題にならないらしい。
生体看破の範囲内に【悪鬼の群れ】は入ってこない。
ゼダのスピードが勝っているようだ。
ここでふと気付く。
『あれ? これって【お姫様抱っこ】か?』
追いつかれれば死ぬ、という極限状態の筈だが、私は何故か気恥ずかしさと嬉しさを感じていた。
前世の記憶の中では体感し得なかったことを今している。
恥ずかしさの余り少し下腹が痛くなってきた、足首に力も入れづらい。
もっさもさの獣人の王の毛皮に包まれながら、私は落ち着く為に少しだけ目を閉じた。
視界が急に拓けて、眩しさが眼球を刺激する。
皆が待つ平原に辿り着いたのだ。
「ゼダ! 降ろせ!」
「馬鹿言うな! あそこまで、我慢しろ!」
言われて視線を向けると、【仲間】たちが迎撃態勢を整え待っていた。
「成功だ! すぐ来るぞ!」
ゼダの大声に全員身構える。
まずは弓による斉射が行われる筈だ。
ソムラルディも造ったばかりの【魔法の弓】を構えていた。
ゼダが私を抱えたまま、並べられた大楯の列を軽々飛び越える。
ここでようやく私は自由を得た。
立ち止まったゼダの両腕から飛び降り、短く礼を述べ、腰の布袋から【鞭】を取り出す。
そうしている内にソムラルディの警告が響いた。
「来しぞ!
号令はツェルゼンに任す!」
森の木々の中から、黒い悪鬼たちが次々に飛び出してくる。
闇の力より湧き出でし魔物たちは、私がいる方向目掛けて殺到してきた。
「放ていっ!!」
ツェルゼンの号令により、【オーガー】の群れに次々矢が突き刺さっていく。
中でもソムラルディの矢は【氷結魔法】込みだったらしく、一撃で頭部を凍らせ砕かれた悪鬼が、勢いそのままにもんどり打って倒れ込む。
だが他の矢は【青銅】や【鉄】の鏃であり、ダメージは与えるものの突進を鈍らせることが出来ない。
「次放ていっ!!」
第二射が放たれると同時に前の陣の者は皆弓を捨て、接近戦用の武器に持ち替える。
矢が刺さりながらも接近してきたオーガーに対し大楯を掲げ、【槍】を突き入れる。
大楯を飛び越えてこようとする者には後方の陣の者が再び【矢】を射掛けていく。
もちろん私やゼダも黙って見物などする筈が無い。
槍で抑え込まれたオーガーの頭を【鞭】の一撃で次々と消し飛ばしていく。
ゼダも同様にその攻撃力を遺憾無く発揮し、動きを封じ込められたオーガーに爪や脚撃でトドメを刺していった。
オーガーから直接打撃を受けるものが無く、順調に見えるが、壊された大楯の破片などで怪我をする者も増えてきている。
「気を抜くなっ!
一撃でももらったら死ぬぞ!」
「ツセンカ!
手が空いたなら右へ応援に行け!」
「ベイデル!
あとはジッガに任せろ!
ハッゲルたちの厚みを増やせ!」
薄くなりかけた陣は後方で指示を飛ばすハザラによって即座に埋められていく。
最初は雪崩のように打ちかかってきた【オーガー】の群れだが、既に残り二十匹程度まで討ち取られていた。
しかし、ここで【オーガー】以外の存在が、森の中からゆっくりと姿を現した。
「なんだ……あいつは?」
「見た事がないぞ?」
「あ、あれは……【サイクロプス】じゃないか?」
兵士たちに動揺が走る。
オーガーより一回り以上大きい、一つ目の巨人が現れたのだ。




