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廿楽あいかはロボットなのか? 5/6話

 ああ……やってしまった。


 クラスメートが次々と帰っていく放課後、僕は必死にラノベを読んで誰とも目を合わせないようにしていた。


 勢いであんな風に発表したはいいものの……後々になって羞恥心がこみ上げてきている。

 いや、悪く言うよりはマシなことは言っただろう。ただ……盛り過ぎて、周りから滑ってたような気もしてきたのだ。


 齧りつくようにしてラノベを読んでいるものの、内容が全然頭に入ってこない。時々、『なんかおかしな会話文あるよなーラノベって』なんて思っていたが……まさか現実で自分がおかしなことを言い出すだなんて。『事実は小説より奇なり』という言葉は本当らしい。


 なんか周りから視線を感じる気もするけど……いや、気のせい気のせい。誰も僕を見ないでくれ。とっとと帰ってくれ。


 いつもならこういう時こそクールダウン……と言いたいところなのだが、もうそれどころじゃない。落ち着いてなどいられないのだ。


 どうせ明日になればみんな忘れるだろう。これはただのレクリエーション。社会に出るとそうでもないかもしれないが……所詮学生の僕たちがやってることなんて、ただの思い出作り。ごっこ遊びみたいなものだ。


 一人、また一人と帰っていく。真っ赤な夕焼けが僕の横顔を焼いていくが、まだ帰る気にはならない。


 やがて教室がしんと静まり返った。


 ……みんな、ようやく帰ったか。


 拷問のような時間を耐え抜いたと――僕はほっとラノベを読む手を止め、顔を上げた。

 上げてしまったのだ。


 ――前の席には廿楽あいかが座っているというのに。


「……っ!」


 即座に目線をラノベへ戻す。


 そういえば冬樹が言ってた噂の一つに『放課後も教室からなかなか帰らない』って情報があった。やはり、あれも本当のことだったんだ。



 ……でも気のせいだろうか。

 確か冬樹は『ずっと真正面を向いている』と言ってたはずなんだけど。


 さっき顔を上げた時――僕の方を見ていた気がするのだが。


「…………」

「…………」


 そんなわけないと自身に言い聞かせるが、やはりこっちを見てるような……しかも、もう二人しかいないから余計に視線を感じる気がする。


 ……え、気まずい。超気まずいんだけど。


 目を合わせないまま帰ろうかな――そんな考えがよぎった時、椅子が床を引きずる音が響く。


 なんと廿楽あいかから動き出したのだ。一日中動こうとしなかった、あの廿楽が。

 彼女は真っ直ぐこちらに向かって歩き出すと……僕の前の席の椅子に座りだした。


 えぇ、怖い怖い。どゆこと。もしかして『さっきは変な紹介しやがって』みたいな感じで怒ってるのだろうか。いや確かにその通りなんだけど、あの時は勢い任せというかなんというか。もし不快だとしたら謝るから、そんな見ないでほしい。


 とは言えこれは気のせいなんかじゃなくて、明らかに僕を見ている。ここで無視を決め込むのもよくないだろう。


 恐る恐る目線を上げた時――廿楽あいかと目線がばっちり合った。

 整った顔立ち、大きな瞳に思わず心臓が跳ねる。

 こんな至近距離で廿楽の顔を見るのは初めてだ。夕焼けに照らされる彼女の顔は、ほんの少し物寂しげに見える。


「……え、と。廿楽さん、どうかしたかな?」


 ――クールダウン、クールダウン。


 至って平常心であるかのように振る舞う。高鳴る心臓が聞こえないか不安だ。


 彼女は表情を変えず、口を開く。


「……なぜ」

「な、なぜ?」

「なぜ、私を『いい人』だと言ったんですか?」

「………………え?」


 何か不味かっただろうか。……いや、そんなわけない。だって褒めてるんだもん。


「私のことを『いい人』だと言ったのはあなたが初めてです。なんで『いい人』だと思ったんですか?」

「い、いや、それは発表で言った通り――」

「確かに苦手なものも、科目も、人も特にないと答えました。でも、その逆も特にないと答えたはずです」

「ま、まあまあ。僕の個人的な感想っていうか……」

「なら、趣味も好きなことも一切ない、つまらないロボット女と感じるのが妥当のはずです。でも、あなたは違った。気になります」


 てか、めっちゃ喋るじゃん……それ、さっきの他己紹介時にしてほしかったんだけど。


「いや、ほら……僕だって変な発表はできないでしょ?」

「その結果、さらに変な発表になってましたが」

「……でも事実しか言ってないよ?」

「あなたが提供しなかった情報があるのもまた事実です」

「…………」


 なんか、面倒になってきた。

 どうして僕は今、彼女の為に気を遣っているのだろう。というか、周りから笑われないように必死に考えて紹介したというのに、こんなに問いただされる理由が果たしてあるのだろうか。


 じゃあ僕はどうすればいい?

 ……そう、こういう時こそクールダウンだ。


「……紅茶」

「?」

「紅茶を淹れよう……廿楽さんも飲むか?」

「? はい」


 やや首をかしげながらも廿楽は頷いてくれる。

 すかさず鞄からステンレス水筒とマイカップを取り出す。

 ふっ……こういう時に備えて、きちんと客人用にカップは複数用意している僕、用意周到。……まあ、普段は一緒に飲んでくれる相手なんていないんだけど。冬樹は拒否るし。


「どうぞ」

「……いただきます」


 アールグレイの香りが漂う。口に含むと上品な味わい。……うん、やはりステンレス水筒は優秀。夕方になっても、紅茶がこんなにも美味しいんだから。


「美味しいか?」


 同じく紅茶を含む廿楽に訊いてみる。

 と、彼女も黙ってコクコクと頷いてくれた。


 おぉ、そうか、美味しいか……! 「お前の紅茶は甘すぎて飲めない」だなんて冬樹に言われ続けてきたものだから、同じ味を共感してくれる人は廿楽が初めてだ。なんか感動。


「……意外です」

「ん?」

「武藤さんって、意外にも大人っぽいんですね」


 お、それは背が小さいとかそういう話か? 喧嘩か? そういう喧嘩ならいつでも買うよ?


 ……なんて言いたいが、ぐっと我慢。


 そう、そういう感想を抱いてくれてるのなら……話が早いのだ。


「そう、それと同じ方法を使ったわけさ」

「……?」

「――印象操作って知ってるかい?」

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