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一打席目・序章

 面白い話をたくさん書きます。

「よし、行くか。」


 三ヶ月後に中学最後の大会を控えている太郎にとって、週末のバッティングセンターはほぼルーティンになっていた。特に時間を決めているわけではないが、大体いつも昼の一時を過ぎたあたりに家を出る。

 家から徒歩十分ほどのその場所には、郊外とはいえ、東京のバッティングセンターにしては不自然なほどに大きな敷地に、十台分の駐車場と、テニスコートが二面隣接している。色褪せた緑色のネットに囲まれただけの外観は、少し離れた場所からだとゴルフ場と見分けがつかない。

 敷地の出入口からすぐに太郎は見つけた。

 駐車場を挟んで向こう側の、バッティングセンターの出入口の横のベンチに、無精ひげを生やした二十代後半ほどの男が座っている。気だるそうに背もたれに寄りかかり脱力したその様は、座っているというよりも、支えられているという表現の方が正しいかもしれない。右手の人差し指と中指の間には、まだ火のついたタバコがぷかぷかと煙を上げながら挟まっている。

 バッティングセンターに通うことが太郎のルーティンとなった要因の一つに、この男の存在があった。


『カキーン!』

 

 ベンチの前に灰皿を置いただけの簡単な喫煙所が出入口のすぐ真横に設置されており、

軽快な打球音を聴くにはもってこいの場所だ。


「来たか、赤Tの少年」


 男は姿勢を全く変えずに、雲一つない青空を見上げたまま言った。


「だから僕の名前は町田だって言ってるじゃないですか、いい加減覚えてくださいよ江崎さん」


 太郎は自分の着ているTシャツを一瞥した後、呆れた顔をしてベンチに腰掛けた。

 『江崎』という名前であること以外、太郎はこの男について何も知らない。他に知って

いることがあるとすれば、この男が自分の名前を覚える気がないことくらいだろう。


「けど君は町田である以前に赤Tの少年だろう?」


 江崎は灰皿にタバコを擦りつけながら困ったような顔をした。


「いや逆なんですよ、僕は赤Tの少年である以前に町田太郎なんです。そもそも何ですか赤Tの少年って、それじゃあ僕が毎日赤いTシャツを着てるみたいじゃないですか」

「ところで黒スニーカーの少年」


 江崎は太郎の話を遮るように話し始めた。


「『人は見かけによらない』ってのは本当だな」

「と、言うと?」


 太郎は深くベンチに座りなおして江崎の方を見た。江崎の話はいつもタバコを消してからが本題だ。

 冒頭でも述べたように、三か月後に中学最後の大会を控えている太郎がバッティングセンターに来ているのは、もちろんバッティングの練習をするためである。しかし実を言うと、このバッティングセンターでの練習は、ほとんど意味がないことを太郎は自覚していた。江崎は太郎と会うたびにいろいろな話を聞かせてくるのだが、その話が面白くて、練習に全く身が入らないからである。


「こないだ駅前でな、めちゃくちゃ体格のいい外国人がチラシ配ってたんだよ、『ジムで格闘技教えているので見学に来ませんか』って」

「はいはい」

「まぁ暇だし見学くらいなら行ってみようと思ってチラシ受け取ってみたら、なんと合気道の先生だったんだよ、その外国人」


 江崎は「意外だろ」と言いたげに太郎の顔を見た。太郎が「だから何だ」という顔をすると、江崎はあのな、と言って体をこちらに向けた。


「殴ったほうが強いんだよ、確実に。わざわざ相手の力を利用する必要ないぐらいでかいんだ」


 江崎は身振り手振りで、その違和感を表現している。


「ガリガリの白髪老人だったらしっくりくるけど、ムキムキの外国人だとギャップがあるだろ? そういう話をしてんの」


 少し熱くなっている江崎の勢いに押された太郎が、なるほど、と納得したふりをすると、江崎は満足げに体の向きを戻した。

 江崎は毎回、話を思いついたきっかけの話を必ずしてくるのだが、いつも太郎はピンときていない。


「まぁそんな風に、人は見かけによらないんだよ、例えばあのテニスコートにいる青年」


 江崎が見ている方に視線を向けると、テニスコートで眼鏡をかけた二十代前半程の男が、一目で初心者だとわかる不格好なフォームでサーブの練習をしていた。


「あの人がどうしたんですか?」


 太郎は急かすように聞いた。

 江崎は腕を組んで背もたれに寄りかかり、ニヤリと笑った。


「あの青年はここ一週間、毎日ああしてテニスの練習をしているんだが一向に上手くならない」


 気付けば打球音は消え、太郎の意識には江崎とテニスコートの男だけが存在していた。


「でもあの青年は、これからテニスで世界を救うんだよ」


 江崎はすべての話を事実のように話す。太郎にとって、江崎の話が事実かウソかなどはどうでもよいことだったが、江崎の声と雰囲気には、それを事実であると思わせる凄みがあった。

「あぁ、今回も野球の練習には身が入らなそうだな」と太郎は思った。もちろん大会への不安もあるが、大好きなマンガの新刊を買った帰り道の様な胸の高鳴りに、三ヶ月後の不安が勝るはずもなかった。



 読んでいただき大変感謝。月2くらいで連載します。エイリアンもそのうち出ます。

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