6.一歩
「スタリオン……?家名はスタリオンなんですか?あのスタリオン……?」
青の四人が固まっている……。
「あぁ、あのスタリオンだ。こいつの親父はあのエドワード・スタリオンだ。エドワードとヴァンは親子だがこいつに罪はない。ヴァン、この旅の、お前の目標を話せ」
僕はそう言われ、一昨日からの出来事と僕がどうしてスーラへ行きたいのかを話した。
黙って聞いていたパーンさんが口を開いた。
「あのイグニスが君に罪は無いと言った。君に罪は無い事はわかった。けれど君とパーティは組めない。君には申し訳ないが、君のお父さんを良く思わない者が多いからだ。もし君を狙う刺客が来たとしても僕達は君を守らない。自分の身は自分で守って欲しい。これに同意出来るなら荷物を持ってもらう事を条件に引き受けます」
「ありがとうございます。皆さんの後をついていきますのでよろしくお願いします!」
「青の団のリーダー、パーン・ブルードアだ。よろしく頼む」
その後ザックさんがパーンさんに出発時刻を確認した。
「朝一を予定してます。開門までに荷物を受け渡ししたいので少し早めに来てもらえますか?」
「あぁ、わかった。間違いなく行かせる」
そう言って僕達は別れた。
明日旅に出発する。現実味を帯びてきた。
「ヴァン、明日は早い。今日はもう家に帰るぞ。家に泊まれ」
そう言ってザックさんは店に向かって歩き出した。
「すみません、お世話になります」
そう言って僕はザックさんの後を追った。
店に着くと娘さんが声をかけてきた。
「お父さん、今日もお客さん来なかったんだけど……どうするの?やってけないよ」
ザックさんが眉間を押さえている。
「それより……こいつはヴァンだ。明日スタンのパーティと一緒にリザリアへ向かう。今日は家に泊めるから晩飯と布団を用意しといてくれるか?」
「スタンのパーティって……お父さん青の団を知ってるの?スタン達も名が売れて来たのね!」
「あぁ、そうらしい。えらく評判が良いそうだ。ガストンも褒めてたぞ。」
「そうなんだ。友達が頑張ってるとなんか嬉しいな。私もこんな客の来ない店の店番なんてやってないで冒険者になろうかな!」
「……ヴァン、裏へ回るぞ、こっちに来い」
そう言ってザックさんは奥へ入っていった。
「すみません、失礼します」
そう言って娘さんに挨拶して僕もザックさんに続いて奥へ入った。
奥へ入るとドアがあって、それを開くと裏庭のようなスペースに出た。
「ヴァン、これが明日持っていく物だ」
そう言ってザックさんは腰に下げられるぐらいのカバンを渡して来た。
「手を突っ込んでみろ」
僕は言われるまま手を突っ込んでみた。
すると中に入ってる物が頭にイメージされた。
「そのバッグは魔道具の一種だ。見た目と違って大きな収納容量を持っている。サイズは馬車一台分って所だ。その中に旅に必要な物を詰め込んである。今日お前が持ってきた食料も入れておいた。その中に入れた物は時間経過が緩やかになるから食料を入れておいても消費し切れるはずだ」
「こんな高そうな物……貰えません!」
「もちろんやらん。貸すだけだ。実は俺にはもう一人娘がいる。ルカって名前で冒険者をやっているんだ。なんの因果か今スーラで活動している。スーラに着いたらこのバッグを空にしてこの手紙を添えてルカに渡してくれ。そこまでの間は自由に使え」
なるほど……手紙と一緒に渡せばいいのか。
「はい、間違いなくルカさんに届けます!」
「いい返事だ。このバッグは使用者を制限出来る物じゃねぇから盗難に気をつけろ。中身は誰でも取り出せちまうからな」
「はい、気をつけます!」
「あと、ここの水場は好きに使え。剣の手入れが必要だろ?」
そうだ、明日に備えて剣の手入れをしないと!
「ありがとうございます、早速始めます」
そう言って僕は剣の手入れを始めた。砥石は家から持って来てある。
「ほう、上手いもんだ……俺より上手いな……」
ザックさんはしばらく見ていたが
「区切りがついたら入ってこい。飯にしよう」
と言って中に入っていった。
刃こぼれはあらかた処理出来た。
紙を試し切りしてみたが良く切れる。これでよし!
僕は剣をバッグにしまい、中に入った。
ザックさんと娘さんが何か話をしている。
「お父さん、ルカ姉にあのバッグあげるの?」
「お前にはまた用意してやるからもう少し待て」
「ちょっとー。あれ私にくれるって言ってたのに……」
「すぐに見つけて来てやる。だから機嫌直せ。な?あれより容量のデカいやつを見つけて来てやる!お父さんに任せろ!」
ザックさんが娘さんにジト目で見られている……僕のせいだよね……ザックさんごめんなさい!
「すみません、剣の手入れが終わりました」
僕は何も聞いていない風を装い入っていった。
「おぅ、ヴァン。テーブルにかけて待っててくれ。すぐ用意するからよ」
ザックさんがまだジト目で見られている……マジックバッグはきっと貴重な物なんだ。
それを僕に……帰ってくる時にはマジックバッグをお土産に持って帰って来よう!
僕はそう決めた。
席に着くとザックさんが娘さんを紹介してきた。
「娘のマリーだ。今日会ったスタンはマリーの友人なんだ」
「ヴァン君だったよね。マリーって言います。明日から青の団と一緒に旅に出るんでしょ?いいなぁ。私も行きたいなぁ」
マリーさんはいただきますをしながらザックさんを見ている。
ザックさんは目線を逸らした!
僕は一昨日の出来事、この旅の目的などを話した。
マリーさんは静かに聞いてくれていた。
話終わるとザックさんがマリーさんに言った。
「ヴァンは幼い頃から剣の修行をしてる上に手入れの手際も良い。冒険者として旅に出る目的もしっかりとしている。だがマリー、お前は違う。せめて剣か魔法、どちらかをある程度出来る様になってからだ」
ザックさんが目をつぶり腕組みして言ったのに対し、マリーさんが軽く言ってのけた。
「大丈夫、スタンが守ってくれるから!」
「バカか……」
ザックさんが呆れている……。
「今のは冗談。私は剣も魔法もそれなりには出来るよ。学校では中の上にはいたんだからね。パーンやスタンと同級生だから知ってるけど、彼らもそこまで上位の成績を収めてた訳じゃないよ。大事なのは無理をしない事。身の丈に合ったクエストをこなして経験を積み上げる事でしょ?」
「そうだ。大事なのはそこだ。」
「じゃ私が冒険者になっても良くない?私は慎重だよ。私が軽率な行動を取らない事はお父さんも知ってるでしょ?言いつけを守って店番やってたんだから。出遅れちゃったから青の団には入れないけど、新人同士だしヴァン君とパーティを組めば良いんだよ。ヴァン君はお父さんとずっと森で生活してたから街での事とか分からない事いっぱいあるでしょ?私が一緒に行って手伝うよ」
「ちょっと待て、店はどうする?」
「バイトでも雇えば?どうせ暇だし、誰でも務まるよ」
「急すぎるだろ……本気で言ってるのか?」
「……本気だよ。冒険者になる事はずっと前から考えてた。実はもう冒険者登録は済ませてある。後ははじめの一歩を踏み出すだけ」
なんかえらい事になってきた……僕のせいでマリーさんがザックさんの元を巣立ってしまう…‥。
「わかった……お前が本気で考えていたのなら俺は何も言わない。ルカの時も急だったが、これは遺伝だろう……俺もそうだったからな」
「ほんとに?良いの?ほんとに行っちゃうよ?ヴァン君も聞いたよね?」
「き、聞きました……」
「ヴァン、旅を共にするのがお前だから許可したんだ。マリーに何かあったらただじゃおかねぇぞ」
ザックさんが凄んできた……。
「はい、頑張って守ります!」
「ヴァン、今のは冗談だ……だがマリーはもう20歳だ。冒険者養成校も卒業している。冒険者になりたいという気持ちを俺の仕事を手伝わせる事で足踏みさせてしまっていた。この機会にヴァンと一緒に広い世界を見てくるのも良いかもしれない」
「ザックさん……僕の事でザックさんの家庭を揺さぶる形になってしまってごめんなさい」
「ヴァン君、それは違うよ。私はもう大人。お父さんもそれをわかってくれていた。それだけ」
「そうだヴァン。この事はお前の事とは関係ない。タイミングが同時だったというだけだ」
「明日、青の団の面々にいきなり言ったら向こうも困りませんか?」
僕は気になっている事を聞いてみた。
「大丈夫、今からスタンに言ってくる。家すぐそこだから」
「おう、行って来い。家にいなければまだギルドの食堂にいるかも知れない」
「わかった、ご飯の前に言ってくる!」
マリーさんはダッシュで出ていった。
そうか……僕は明日マリーさんと出発する事になったのか……急展開だな……。
そう考えているとザックさんが声をかけて来た。
「今のうちにマリーの分の荷物を用意してくる。寝袋やテントは家にある分で充分賄えるはずだから……」
そう言いながら部屋を出ていってしまった。
僕は一人になってしまったので先に食べる訳にもいかず、待ちぼうけを食らう事になってしまった。
こうしてても仕方がないので自主練でもやろうと思い立ち、入り口に立てかけている木剣を持って裏庭に出た。
この裏庭は剣を振れる広さがある。
ただそれ程広くないので狭い場所を想定した動きが必要だ。
周りの状況を目に焼き付けて僕は目を閉じた……前には父さんが立っている。
実際の父さんには左腕がない。
そのせいで実際の父さんには必殺の隙が出来ていた。
けれど、頭の中の父さんには左腕がある。
いつもそう記憶を改竄し、自主練をしていたんだ。
父さんが打ち込んできた!今日の父さんも僕を圧倒してくる。
僕は目を閉じた状態で父さんの打ち込みに合わせて木剣を振った。
その頃ザックはマリーの荷物の準備をする為2階の自室にいた。
自分が冒険者として活動していた頃に使用していた解体用のダガーや、マジックバッグなどを用意していた。
ヴァンに持たせるマジックバッグ程の容量はないが、自分の荷物ぐらいは十二分に収納出来る物だ。
マリーにも容量の大きい物を持たせてやりたかったが、今はこれで我慢してもらおう……。
そんな事を考えながら荷物を用意していた所だった。
ザックの自室の窓から裏庭にいるヴァンの姿が見えた。
一人にしてしまったから剣を振りに裏庭へ出たとすぐに気付いた。
ザックはヴァンの剣技をまだ見た事が無かったが、エドワードの仕込みだから心配はしていなかった。
おそらく普通以上には使えると踏んでいた。
だが折角見る機会が得られたので少し見てみようと覗き込んだ。
そこでザックは驚愕する。
それ程広い裏庭ではないが、目をつぶり縦横無尽に動いている。
スペースを隅々まで使いながら一切何にも触れずに立ち回っている。
ザックはヴァンの剣技に見惚れてしまっていた。
そんな時にマリーが帰宅した。
ザックは我に帰り、マジックバッグを持ってリビングへ向かった。
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