21.もう一人の息子
エドワード・スタリオンを斬ってからもう一年になる。
自分の中にやり遂げたという達成感と、エドワード・スタリオンにトドメを刺した時のヴァンの顔を思い出し後悔の気持ちとが入り混ざり、地に足がつかないような状態でこの一年を過ごした。
剣は曇り、パーティメンバーは私の元から去っていった。
私はあいつから精一杯やったという言葉を引き出したかった。
母の仇とはいえ、私は人を殺めるという行為は避けたいと考えていた。
だがあいつは頑としてその言葉を口にしなかった。
だが今にして思う。
仲間が死んだのだ。
必ず悔いが残る。
もっと出来る事があったのではないかと自問自答するだろう。
精一杯やった結果だ、などと私なら言えない。
あいつの言動に当時は非常に憤りを感じたが、私が同じ立場なら同じ行動に出たかもしれない……。
そう考えると斬ってしまったのは早計だったという気持ちが芽生えてくる。
ヴァンはどうしているだろうか……あの少年の顔が忘れられない。
私はヴァンから自分と同じ空気を感じた。
何故だかわからないが、他人だとは思えなかった。
ヴァンの力になってやりたい。
戻ってきてからそればかり考えていた。
「イグニス、入るぞ」
父が部屋に入ってきた。
「最近塞ぎ込んでいると聞いたが、何かあったのか?」
私は意を決して父に話してみることにした。
父の見解を聞いてみたい。
「父上、実は話していない事があります。聞いてもらえますか?」
「構わない。話しなさい。今日はオフだ。お前とじっくり話そうと思っていたんだ」
私はエドワード・スタリオンを斬った事を父に打ち明けた。
「何という事を……私の責任だ……何と罪深い事をしてしまったのだ……」
父は頭を抱えてうずくまった。こんな父の姿は初めて見る。
「父上……私は母の仇を討ったのです……どうして父上が苦しまれるのです?」
「イグニス……私もお前に話していない事がある……順風満帆に見えたお前には話すべきではないと考えていたが……私の誤りであった……」
父は長い沈黙の後話し始めた。
「お前の母はリヴ・ワイツゼット。それは間違いない。お前の父は不明だと伝えていたが、それは嘘だ……」
私の心臓が早鐘を打つ。
「お前の父はエドワード・スタリオン」
まさか……そんな……
「仲間殺しと呼ばれている者がお前の父であると私には言えなかった……だがそれが間違いであった……。お前が母の仇としてエドワード・スタリオンを見ている事は気付いていたのだ。気付いていたが見て見ぬふりをしていた。順風満帆なお前に仲間殺しの息子であると告げる勇気が私にはなかった……私の不明を許せ……」
そう言って父は私の前で土下座をして泣いていた。
エドワード・スタリオン……何という男だ……名を聞いて私が息子であると気付いていたはずだ……であるにも関わらず、この私に斬られた……あの動きは自分から斬られにきたと言っていい動きだった。
何故だ……何故あれほどあっさり斬らせた?
ヴァン……
お前は私の弟だったのか……
私は弟の前で実の父を殺めてしまったというのか……
何という事を……
私は部屋の外にいるメイドに父を寝室へ連れて行かせた。
そして考えた。エドワード・スタリオンの事を。
本当はどういう人物なのだ……。
噂話を鵜呑みに母の仇として憎しみを向けていたが、自分の足で動き、耳で聞いて考える必要がある。
私はエドワード・スタリオンを知る旅に出る事を決意した。
エドワードはスーラで活動していた為、まずは自らの活動拠点でもあるスーラで情報を集めた。しかしスーラで聞くエドワードの人物像は噂通りの物だった。
エドワードは仲間を犠牲に自分が生き残る。
一説では仲間をゴーレム扱いしていたと吹聴する者もいる。
そんな中、エドワードと懇意にしていた武器商人がいたと聞きつけたが、今はリザリアへ移り住み、そこで商売をしていると言う。
リザリアは遠い。まずは近場で情報を集めながらリザリアへ移動していく方針を立てた。
もう一つ得られた情報として、エドワードは母さんと同様アトルの出身だと言う。
私は竜車を手配する事にした。
「やぁこれはイグニス様。どちらまで行かれますか?」
「アトルまではどれ程かかる?」
「竜車なら半日、馬車で一日と言った所でございます」
「竜車を出してくれ。すぐに出る」
◇
「着きました。アトルでございます。と言ってももう街はございませんが……」
私が見たアトルは廃墟となった街の一画に墓地が並んでいる場所だった。
「御者、この街の詳細を知っているか?」
「私はアトル出身ではございませんが、友人がアトルの出てあった為、よく存じ上げております。この街は昔竜に皆殺しにされた街でございます。北の霊峰に住むあの竜でございます。あの竜は稀に見る暴れ竜と言われておりました。ここ同様皆殺しに遭った街は他にもございます」
「そうか。あの竜に……」
ここまではすでに知っている情報だった。
だがここがエドワードの故郷、そしてエドワードは私の父であるという。
墓を一つ一つ確認していき、スタリオン家の墓を発見した。やはりエドワードもあの竜に両親を殺されたのだ。同様にワイツゼット家の墓もある。
エドワードと母は互いの両親の仇として力を合わせて竜を討伐する事を考えたのだろう。
だが一度目の討伐戦で母は帰らぬ人となった。
愛し合い家庭を築いていた者同士……そんな相手を見殺しにするはずがない。エドワードのショックは相当な物だっただろう。
故郷の仇から愛する者の仇となったのだ。
竜に対する憎しみは想像もつかない……。
エドワードは執念で二度目、三度目と討伐を試みた。
だが叶わなかった……。
エドワード一人が生き残ったのは他の者がエドワードの力に並んでいなかっただけの事。
彼一人だけが竜に対抗しうる力を持っていたという事……。
己の過ちがより明確な物と感じられた。
仲間殺しと呼ばれても一切弁解をせず、その汚名を甘んじて受け入れた。私の問いかけに対してもそうだ。一切弁解せず、自らの命を……。
エドワードは崇高な考えを持つ人物であったと考えられる。
一方私は周りの噂に踊らされ、崇高な思想を見抜けずこの手にかけた……自分がひどく矮小な存在に思えてならない……。
「御者。リザリアまでいく日かかる?」
「リザリアまで一気に駆ければ半月。補給を考えて二十日」
「今から向かえるか?」
「私はいつでも申し付け通り動けるよう食料は常に携帯しております」
「このまま向かってくれ」
「承知いたしました」
我々はアトルを後にした。
◇
街で補給を行いながらエドワードの情報を集めていた。
だが、リザリアに近づくにつれ、スタリオンの名から引き出せる名がヴァン・スタリオンである事が多くなった。
ヴァンはリステンで冒険者となり、一気に勇名を広めているようだ。自由の風というパーティ名で活躍しており、パーティメンバー、傘下パーティ含めると50名を超えるクランとなっているようだ。ヴァンの事が気がかりであった私の心配事は一つ消えた。
ヴァンは父の死に挫けず、立派に成長しているようだ。あれから一年でここまで名を轟かせるとは……エドワードは冒険者としての力だけでなく、父親としても素晴らしい人物であったという事だ。
ヴァンの活躍が嬉しい反面、会うのが怖いと感じていた。ヴァンはもう知っているのだろうか……私が兄である事を……真実を知らずに父を斬ってしまった愚かな兄である事を……。
ヴァンが斬りかかって来たら斬られてやろう……私はそう考え始めていた。
◇
「イグニス様、リザリアに到着致しました。リステンまではどうなさいますか?」
この御者には今後の事も伝えてある為、先の予定を確認してきた。
「リザリアでどれ程滞在するかまだ未定だ。こちらから連絡するまで待機していて貰えないか?」
「承知致しました。ギルド併設の車庫にて待機しております」
「よろしく頼む」
そして私はエドワードと懇意にしていた武器商人の店へ向かった。
「すまない、ギデオンという人物に会いにきた。取り次いでもらえないか。私はイグニスと言う者だ」
「少々お待ち願えますか?主人を呼んで参ります」
そう言ってカウンターの女性は奥へ入っていった。
店頭に並ぶ剣は皆レベルの高い物だった。
この周辺の街で一番の武器商人であると聞かされたが本当だったようだ。
程なく、店主らしき人物が姿を表した。
「お待ちしておりました。イグニス様」
「待っていただと?どう言う事だ」
「これは失言でした。エドワードの事を聞きにきたのかと……」
「……いや、ギデオン殿のおっしゃる通りだ。私はエドワード・スタリオンの話を聞きにきた」
「イグニス様はエドワードを母の仇として討たれた。そう伺っております。間違いございませんか?」
「何故ギデオン殿が……そうか……ヴァンにあったのか……」
「左様にございます。ヴァン様は今やスーラまで視野を広げても最強の一角。その力の原動力がどこにあるかご存知でしょうか?」
「……私を討つ為か?」
ギデオン殿は失笑を漏らした。
「失礼致しました。ヴァン様はエドワードの仲間殺しと言う汚名をそそぐ為、もう誰にも父を仲間殺しなどと呼ばせない為に力をつけているのでございます」
ヴァン……お前は素晴らしい弟だ……私と真逆……仲間殺しという噂に踊らされ父を斬った私に対して、仲間殺しという噂を消そうと奔走する弟……私は何と愚かな兄だ……。
「当時、ヴァン様はイグニス様が兄である事をご存知なかった。同様にイグニス様もエドワードが父である事、ヴァン様が弟である事を知らなかった……エドワードの無口にも困ったものです……」
ギデオン殿がため息をついていた。
「ヴァン様にお聞かせした当時のエドワードの事をイグニス様にも聞いて頂きたいと考えております。聞いて頂けますか?」
そう言いながらギデオン殿は話し始めた。
父の不器用な人間模様に涙が出た。
だが自分であったなら同じ行動に及んだかも知れないと考え、自分がエドワード・スタリオンの息子である事を再確認させられた。
「ギデオン殿……今の話が聞けて良かった。私は今からヴァンに会いに行く。会って自分の不明を詫びる。斬られても悔いはない」
「ヴァン様は決してイグニス様を斬らないでしょう。彼にはもう一つ目標がある。私からはその一助をイグニス様にして頂ければと考えます」
「ヴァンが私の力を必要としてくれるなら、いかなる助力も厭わない。このイグニス、命を賭して助力する!」
「頼もしい限りでございます」
ギデオン殿から優しく微笑まれ心が少し軽くなった。
私は店を後にした。
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