表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/23

2.仲間殺し


 しばらく沈黙があり、やがてイグニスさんは去っていった。

 去り際に「達者で暮らせ」とだけ言い残して。


 去っていくイグニスさんを僕は呆然と見ていた。

 イグニスさんは母の仇を討つ為血の滲むような努力をして剣を磨いてきたと言っていた。

 その仇が父さんだ。

 でもイグニスさんは父さんから「精一杯やった結果だった」という言葉を引き出そうとしていた。

 イグニスさんは父さんを斬りたくなかったんだ。

 でも父さんは言葉にしなかった。

 一切の弁明をせず、自ら斬られた……。

 あの動きは自分から斬られにいった動きだった。

 僕は駆け寄ろうとした。

 あの時ならまだ僕の回復魔術で手当て出来た。

 でも父さんはそれを許さなかった。

 手当てされる前に留めを刺させた……。


 父さんの事がわからない……。

 父さんは本当にイグニスさんのお母さんを見殺しにしたの……?

 罪の意識に耐えられず斬られたの……?


 僕は涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭って父さんを埋葬する穴を掘り始めた。

 涙が止まらない……

 どうして父さんは斬られたんだ……

 なぜ生きようとしてくれなかったんだ……

 一言弁明すれば生きられたのに……なぜ……どうして……


 僕は止まらない涙を腕で拭いながら穴を掘り続けた。


 昔一度だけ父さんから聞いた事がある。

 北の霊峰には恐ろしい竜がいる。

 決して挑んではならない。

 何があっても決して……。


 父さんはそう言っていた。

 自分は三度も挑んでいたなんて……。


 それに仲間殺しってなんだよ!

 父さんがそんな事するはずないじゃないか!!


 悔しかった……悲しかった……何より一言も弁明しなかった父さんに腹が立った……。


 どうにか父さんを埋葬する穴を掘り終わり、父さんの元へ向かった。


 もう動かない父さん……

 とても強い父さんだった。

 でも訓練の時以外一度も手を上げられた事はなかった……

 父さんとの思い出が溢れ出てきて僕は声をあげて泣いた。


 日が傾き始め夕日がさしてきていた。


 僕は父さんを抱き上げると埋葬する穴まで連れて行き穴の中に寝かせた。

 父さんが常に手入れをして大事にしていた剣を胸に置いた。

 これであの世に何がいても父さんなら対処出来るはずだ。


 僕はゆっくりと土をかけていった。

 足の先から腰……胸……最後に顔……。


 埋葬が終わっても僕はそこから離れられなかった。

 僕は父さん以外の人とほとんど交流した事がなかった。

 僕にとって父さんは全てだった。

 僕の今までの人生は常に父さんと共に歩んで来た。

 なのに、今日父さんの事がわからなくなった。

 父さんはなぜ弁明しなかったのか……

 なぜ自ら斬られにいったのか……


 僕はその後一晩膝を抱いてそこにいた……。



 朝になり意識が朦朧としている状態でザックさんに声をかけられた。


「おぃ、ヴァン。そんな所で何をしてる……?」


 ザックさんが来た事に気づかなかった。

 僕はザックさんに父が斬られて亡くなった事を告げた。


「……そうか……斬られたか……」


 ザックさんはすぐに何があったのかを察したような顔をした。


「驚かないんですか……?」

「お前は知らなかっただろうが、エドワードには敵が沢山いた……いつ斬られてもおかしくなかった……」


 そう言ってザックさんは僕の横に座った。

 今までザックさんとは挨拶ぐらいしか交わした事がなかったけど、ザックさんは色々父さんの事を知ってそうだ。

 僕は気になっている事を聞いてみる事にした。


「……父さんを斬った人は父さんの事を仲間殺しと言っていました……本当ですか……?」


 ザックさんは僕の問いに誤魔化さずハッキリと答えてくれた。


「真相はエドワードしか知らない事だ。だがそう呼ばれてた事は間違いない」


 イグニスさんが言っていた事は本当だった。

 そんな事ある訳ないと思っていたけど、実際に父さんはそう呼ばれていたようだ……。


「僕はずっと父さんと暮らしていました。なのに父さんの事を何も知らない……」

「エドワードはそういう部分をお前に見せたくなかったんだろう」


 ザックさんはそう言いながら僕の頭をぐしゃぐしゃっとした。

 僕の知らない父さんをザックさんは知っている。

 もっと聞きたいと思った。


「ザックさんは父さんとはどういう関係なんですか?」

「俺はエドワードがこのリステンに来てからの付き合いだ。もう15年になるか……お前はまだこんなちいせぇガキンチョだった。」


 ザックさんが親指と人差し指で丸を作ってみせた。


「当時の事を聞いても良いですか?」

「そうだな、エドワードがリステンに来た時、初めは街の中に家を借りて生活しようとしてたみたいだ。だが誰かがエドワードの事を仲間殺しと呼び始めた。それからエドワードはすぐに街からいなくなってこの森に住み始めた。」

「そうだったんですね……」

「街のモンは仲間殺しとしてエドワードを恐れた。この家には俺以外誰も尋ねてこなかっただろう?みんなエドワードの事が怖かったんだ。とんでもねぇヤバい男だと言われてたからな。」

「……みんな父さんが怖かったんだ……」

「俺は依頼が有ればどこでも駆けつける配達屋だからよ。エドワードの事も怖いと思った事はねぇぜ」


 ザックさんはまた僕の頭をぐしゃぐしゃっとした。


「ありがとうございます」

「それどころか深く知るにつれてエドワードが仲間殺しなんてするわきゃねぇと思い始めた」

「ザックさん……」

「本人に聞いてみた事がある。本当に仲間殺しと呼ばれるような事をしたのか?と」

「父さんはなんて?」

「黙って目をつぶった。聞いてくれるなってなモンだろう。さっきも言ったが真相は本人にしかわからねぇ」


 昨日の父さんと同じだ。

 本当に言葉には出来ないような事をしたんだろうか……。


「昨日、父さんを斬りにきた人は父さんにこう言いました。精一杯やった結果自分だけが生還したのだと。恥いる事は何もない。そう息子の前で誓えと」

「そうか……で?エドワードはなんと?」

「黙って目をつぶっていました」

「そうか……あいつらしい……エドワードを斬った奴の名は聞いたか?」

「イグニスという人です。イグニス・ヒートシュタイン。母の仇だと言っていました」

「なっ……イグニスだって……?」


 ザックさんは嘘だろと言わんばかりに驚いてこっちを見てきた。


「知っているんですか?」

「今若手の剣士の中では最有力と言われている男だ。長剣を好んで使うようだ」


 イグニスさんは結構有名な剣士なのか……。

 確かに長剣を使っていた。


「確かに長剣を使っていました。そんな有名な人だったんですね。父さんもイグニスと聞いて始め狼狽えた表情をしていました。有名な人が来てビックリしていたんでしょうか……」

「どうだろうな、あいつはお前の事以外興味なかったみたいだからイグニスが有名だから反応したとは思えねぇな……初めからその男が斬りに来るのを察していたのかも知れねぇ」


 父さんはイグニスさんが被害者を代表して斬りにくる事を察していた……?


「イグニスさんはリヴ・ワイツゼットという人の息子さんらしいです。そのリヴさんを父さんが殺した、もしくは見殺しにしたと言っていました」

「リヴ?あいつがリステンに来る前の事はわからねぇからその名を聞いてもピンとこねぇな」

「そうですか……」


 ザックさんは立ち上がりお尻についた土を払いながら聞いてきた。


「それよりお前これからどうするんだ?」

「まだ決めてません。昨日埋葬してそのままここに座ったままだったので……」

「お前昨日からそこに座ってたのか……今日は一度ベッドで寝ろ。ゆっくり体を休めるんだ。じゃないとこの先生きていけねぇぞ」


 ザックさんが心配してくれているのがわかった。


「そうですね……そうします……」

「今日持ってきた食料は玄関に置いとくからよ。料金は前金で貰ってるから心配すんな。もし街へ出てくるなら俺を尋ねてこい。門に立ってる守衛にザックに会いたいと言えば俺の店を教えてくれるはずだからよ」

「はい、そうします」

「街へ行くなら向こうだ。この通りを向こうへ歩き、川にぶち当たったら右だ。それでリステンに行ける。歩いて1時間って所だ」


 ザックさんはイグニスさんが去っていった方向を指差して言った。


「わかりました。川を右ですね」

「じゃ俺は一旦帰るぜ、ヴァン、気を落とすな。お前は自由なんだ。どこへだって行ける。何にだってなれんだからな」


 イグニスさんも同じような事を言っていた。

 今の僕には他にかける言葉がないのかも知れない……。


「はい、ありがとうございます」


 そう言ってザックさんは帰っていった。

 ザックさんとこんなに話したのは初めてだ。

 思ってたより良い人そうだった。


 僕は家に入りベッドに入った。

 昨日からご飯を食べていないけど今はそんな気分じゃなかったので僕は布団をかぶり眠った……。






評価、ブックマーク頂けると励みになります。

ぜひ下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますようよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ