1.父の死
「昼から森の奥のダンジョンに向かう。一週間を予定して準備しておくんだ」
朝起きてすぐ父さんからそう言われて、朝ご飯を食べた後僕は準備に取り掛かった。
大きな布を広げて必要な物を並べていく。
ダンジョン遠征は少し緊張する。
入り口付近は危険な魔獣はいないが、奥に行くに連れて次第に魔獣が強力になってくる。
一週間と言うとかなり深層へ到達出来るだろう。
気合を入れないと死ぬかもしれない。
そう気を引き締めて準備を進めた。
父さんと僕は森の中に住んでいた。
父さん曰く、この森には魔物が徘徊している為誰も近寄らないそうだ。
たまに食料を届けにザックさんと言う配達屋さんの方が来てくれるが、それ以外の人は全く来ない。
今日まで僕は父さんと配達屋さんのザックさん以外とは話をした事がなかった。
いつもなら朝食後父さんと模擬戦を行い、午後からは自主練、ずっと続けてきた日課だ。
幼い頃は父さんから一本取るなんて事は不可能だと思っていたけど、ここ数年で父さんの動きが良く見えるようになってきた。
父さんには左腕がなかったんだ。
冒険者をしていた頃に失ったそうだ。
左腕を失った事で引退を決意し、僕を連れてこの森へ移り住んだそうだ。
ここ数年、左腕がない事で発生する大きな隙が見えるようになってきたんだ。
だけど僕はその事を長い間表に出さなかった。
その隙を突くのは卑怯だと思っていた。
父さんに悪いと思っていた。
けれどある日父さんに言われた。
本気でやれ、と。
死ぬ気で打ち込んでこい、と。
そこからは本気で打ち合い、必殺の隙を突き父さんから一本を取るようになっていった。
初めて父さんから一本を取った時の事を今でも鮮明に覚えている。
強く突き過ぎて父さんが重傷を負ったんだ。
父さんは回復魔術が使えるから事なきを得たけど、当時の僕はまだ完全に回復魔術を会得出来てなかったから凄く怖かったのを覚えている。
やり過ぎた僕に対して父さんはこう言った。
「よくやった。とても強く鋭い突きだった。お前がここまで剣を会得してくれて父さんは嬉しい」と。
そこからはさらに剣の修練に励み、今では垣間見える必殺の隙を突く事なく、巧妙な連続技で難なく一本を取る事が出来るようになっていた。
一方ダンジョンは生き抜く術を学ぶ場だ。
ダンジョン内には非常に多くの魔獣がいて、その行動パターン、攻撃方法、そして討伐手順などを学べる。
同時に攻撃魔術や回復魔術の実践の場でもある。
地上では危険な攻撃魔術もダンジョン内では使用出来るんだ。
また、罠の解除方法や休憩の取り方なども非常に大切で、油断すると命を落とす。
ダンジョンとはそう言う場所だった。
昼からのダンジョン行きに備えて砥石を取りに裏庭へ出た時の事だった。
突然後ろから声を掛けられた。
「すまない、ここはエドワード・スタリオンの住まいで間違いないか?」
振り返ると男性が立っていた。
気配を消していたのか?
こんなに接近されていた事に驚いた。
問いかけられた名前は父さんの名前で間違いなかったので「そうです」と回答した。
「家にいるか?私はイグニス・ヒートシュタインという者だ。エドワード・スタリオンと話がしたい。取り次いで貰えないか?」
僕より少し年上だと思う。
20歳ぐらいだろうか。
とても礼儀正しい人だった。
すらりと長身で長髪、その長い金色の髪を後ろで一つに束ねていた。
長い長剣を背に差し、一目で只者じゃないと思った。
「はい、すぐに呼んで来ます。少し待っていて下さい」
僕は家の中にいる父さんに声を掛けた。
「イグニス・ヒートシュタインという人が外に来ています。父さんと話がしたいそうです」
「イグニス……」
父さんの顔は一瞬狼狽えた表情に変わったがすぐに平静になり
「中に通しなさい。今お茶を入れるからリビングで待ってもらってくれ」
と言われたので外へその事を伝えに行った。
「中で話をしたいそうです。入ってきてもらえますか?」
そう伝えると一瞬身構えたような表情を見せたがすぐに「わかった、そうしよう」と従ってくれた。
僕はイグニスさんをリビングに通し、ここで待つよう伝えた。
すると僕にもここにいるように言ってきた。
「君にも聞いておいて貰いたい。大事な事なんだ」
なんだかわからないがここにいる事にした。
しばらくしてお茶を持って父さんがリビングへ入ってきた。
「ヴァン、外で自主練をしていなさい。父さんはそちらの方と話があるんだ」
そういうや否や
「彼にも聞いて貰いたい。彼にとっても大切な話だ」
そうイグニスさんが制止した。
「そうか……ヴァン、座りなさい」
そう言われたので僕は父さんの横に座って話を聞く事にした。
「単刀直入に聞く。リヴ・ワイツゼットという名に心当たりはあるか?」
僕に接する時と違って父さんと話す時のイグニスさんの口調は荒かった。
父さんは黙って目を瞑っていた。
「答えろ。リヴ・ワイツゼットという名に心当たりはあるか?」
父さんは黙ったまま目を瞑っていた。
「そうか……答えられないか。リヴ・ワイツゼットはお前が一度目の竜討伐に向かった時のパーティメンバーだ。そうだな?」
父さんが目を開き答えた。
「あぁ……そうだ。一度目の討伐戦にはリヴも同行していた」
「馴れ馴れしく呼ぶな!リヴは私の母だ。母が亡くなった事によって私は孤児院に預けられた。その後、ヒートシュタイン家に養子として引き取られた」
父さんは静かに目を閉じた。
「一度目の討伐戦で母は帰らぬ人となった。お前だけが生還した……何があった?」
父さんは答えない。
「二度目の討伐戦……お前は有力な冒険者を募り四人のパーティを組み挑んだが、またお前だけが生還した……何があった?」
父さんは答えない。
「三度目の討伐戦……二度の討伐失敗を受けて誰もお前とパーティを組まなくなった。だがドラゴンスレイヤーという称号に憧れる若い冒険者達が名乗りを上げ、総勢10名で出立したが……またお前だけが生還した……何があった?」
父さんは答えない。
「三度目の討伐戦でお前は左腕を失った。お前のやるべき事を精一杯やった結果だったんだろうと私は思っている」
父さんは何も答えない。
「答えろ。お前はやるべき事を精一杯やり、結果自分だけが生還した。そうだな?」
父さんは答えない。ずっと目をつぶっている。
「以来お前は仲間殺しと呼ばれ、冒険者を続けられなくなり引退した。その後そこにいる少年を連れてここへ移り住んだ……答えろ。母はお前に殺されたのか?それともお前と共に精一杯やった結果帰らぬ人となったのか?私はそれをお前に聞きにきた」
父さんはこたえない。黙ったまま目を瞑っている。
「答えろ!!」
イグニスさんが机を強く叩いた!
机の上のコップが倒れ、お茶がこぼれてしまった。
僕はタオルを取りにキッチンへ向かった。
「少年、席を離れずここにいてくれないか。全てを聞いていて欲しい」
イグニスさんは冷静に言い放った。
「帰らなかった冒険者にも家族がいる。親族がいる。その中にはこの男に殺されたと考える者は多い。皆仇を討ちたいと考えていた」
イグニスさんは鋭く父さんを睨みつけている。
「だがこの男は強者だ。左腕を失ったとは言えこの男を討てる者などそうはいない」
机に叩きつけた拳を強く握り締めてこう言った。
「だから私は剣を磨き上げてきた……私は母の仇を討つ為、血の滲むような努力をしてきた……全てはこの男を討つ為!」
イグニスさんの熱がこちらまで伝わってくる!
恐ろしい程の熱量だ……。
「これから君の前でこの男に誓わせる。自分はやるべき事を精一杯やった……その結果リヴは帰らぬ人となった……恥いることは何もない、と。その言葉を持って私はここを去る。もう二度とここへは来ない」
父さんは黙っている……。
「父さん!イグニスさんの問いに答えて!父さんは精一杯やったんでしょ?その結果リヴさんを守りきれなかった!そうなんでしょ!!」
父さんは返事をしてくれない!
「おい、聞いているのか!!答えろ!そして誓え!息子の前で!恥いることは何もないと!」
父さんは返事をしない!
「父さん!ねぇ父さん!!ちゃんと答えて!」
「イグニス君の剣を受けよう」
「なっ……貴様……誓えぬというのか!!本当にお前は母を殺ったというのか!!」
父さんは黙って壁に掛けてある剣を取り、外へ出た。
イグニスさんが震えている。
「……少年……君の名を教えてくれないか」
「……ヴァンと言います」
「ヴァン……君の父を説得してくれ。そして君の前で誓わせてくれ。母の死は精一杯やった結果であったと。私はその言葉を聞かねば君の父を殺さねばならない……」
「はい!わかりました!」
僕は父さんの後を追って家を飛び出した!
「父さん!ねぇ父さん!!イグニスさんの問いにちゃんと答えて!父さんはいつも言ってるじゃないか!己を守る為に、愛する者を守る為に、守りたい者を守る為に剣を振れって!父さんもリヴさんを守る為に剣を振ったんでしょ??一生懸命やった結果だとイグニスさんに説明して!!」
父さんは黙っている。
イグニスさんが家から出てきた!
「イグニスさんちょっと待って!父さん!お願いだかちゃんと答えて!!」
「ヴァン、下がっていなさい」
「イヤだ!下がらない!!父さんがちゃんと返事をするまで下がらない!」
「ヴァン!!」
父さんが不意に大きな声を出した。
父さんのこんな声は初めて聞いた……。
僕は初めて聞いた父さんの大きな声に動けなくなってしまっていた……。
「下がっていなさい。イグニス君、始めよう」
「あくまでも誓えないというのか……ならばもう何も言うまい。エドワード・スタリオン……このイグニス・ヒートシュタインが母の仇としてお前を討つ!」
父さん……そんな……父さん……どうして……
イグニスさんが背中から長剣を抜き斬りかかる!
鋭い斬撃が父さんを襲うが父さんは全てかわしていた。
次の太刀、一瞬父さんの動きが変わった。
イグニスさんもそれに気が付いたみたいだった。
その太刀で父さんは斬られた。
「父さん!!」
僕は駆け寄った!
「ヴァン、来てはダメだ!!」
僕は止まった……
「イグニス君、留めを刺してくれないか。酷く痛む……」
イグニスさんは一瞬怯んだけどそのまま父さんの首に剣を突きこんだ。
父さんはそのまま崩れ落ちて動かなくなった……。
「父さん……ウソだ……そんな……」
僕はその光景を受け入れられなかった……
さっきまで一緒にご飯を食べていたのに……
これから一緒にダンジョンに潜るはずだったのに……
僕はよろよろと歩み寄り、父さんの亡骸に触れた。
父さんの温もりが僕の手を通して入ってくる。
「ヴァン……私は悲願を果たした。」
イグニスさんがそう言ったが僕は黙って父さんの亡骸を抱いていた。
「お前には罪はない。お前はこの男の行いと何ら関係ない。お前は自由にお前の道を歩め」
涙が止まらない……。
「またどこかで会ったなら力を貸すこともやぶさかではない。私を父の仇と見るなら挑んできても構わない。その時は受けて立つ……」
僕は父さんの墓を掘らないといけない。
そう思ってスコップを取りに行った。
「私も手伝おう」
「いいです!もう放っておいて下さい……」
僕は大きな声を出してしまった……。
しばらく沈黙があり、やがてイグニスさんは去っていった。
去り際に「達者で暮らせ」とだけ言い残して。
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