3-1 b さいきんのミステリ
さて、アリスだが、
学校からの二回に渡る脱走の後、彼女が学校に行くことは叶わなかった。そりゃそうだ。
オリヴァは本当のところは学校に行かせたいものの、さすがにアリスの行状になんかしらの対策を練るまでは無理と苦汁を飲んで判断したようだ。
オリヴァはアリスが学校に行けなくなったのはアリス自身のせいだと怒ったが、タツの母親への薬配達のミッションを成功させたアリスはそのあたりの細かいことは気にしていないようだった。
とりわけ、再びグラディスが自分の元に来てくれるようになったのに大満足で、学校のことなど忘れてしまっているようだった。
しばらく中断されていたグラディスの髪結いが復活し、アリスもここ数週間が嘘のようにシャンとした。毎朝の傍から見ていても幸せな二人の時間は、先日の再会以来さらに濃密な幸福で満たされていた。
その時間が終わると、オリヴァがやって来る。アリスは学校にいけなくなった代わりに、再び城の中での家庭教師生活に戻っていた。
「王女殿下は自制心と他人に譲歩する努力を身につけなくてはいけません。」と、ある日のオリヴァ。
そうだ。けだしその通りだ。
「ん。」アリスがめんどくさそうに喉をならして返事を返した。グラディスが返ってきたためか、アリスは授業中机に突っ伏すころは無くなったが、割と、興味のある授業と無い授業の落差が大きく、道徳的な授業には身が入らない。ただ、オリヴァが自分に必要だと準備してくれたことが分かっているのか、学校の授業のように眠ったりはしない。
「例えば王女殿下がケーキ屋さんに並んでいたとして、殿下の3人ほど前に、列に割り込んで並んだ方が居たらどうなさいますか?」
「叱り飛ばしに行くわ。割り込まれて文句を言わなかった人たちにも注意する。守って当たり前のルールじゃない。」
自分だったら相手の見た目による。
「幸い、その方々は素直に列の後ろについてくれました。しかし、アリス殿下が列の元居たところに戻ろうとしたら、後ろの方が入れてくれません。」
「なんでよ!」
「だって、列に割り込んだら叱れと殿下も言っていたではないですか。」オリヴァが言った。「その方的にはルールを遵守していらっしゃいますよ?」
「元居たとことに戻るんだから、割り込みじゃないでしょう。」アリスが言った。「皆が公正にあるためにルールがあるんだから、公正であるためにルールは運用されるべきよ。」
「みんながきちんと公正に物事を判断できるとは限りません。ですのでルールは遵守されるべきです。一人の身勝手な判断で捻じ曲げてはいけません。ですので、列の外から割り込んでくる殿下を許容するわけにはまいりません。」
「そんなのこじつけじゃない!」
「では、殿下だったら、この方をどう説得されますか?ケーキ屋の列ですので、何でもはできませんし、お店に迷惑になっては元も子もありません。そういう前提でお願いします。わたくしをその人間だと思って説得してみてください。」
「えーっと・・・、オリヴァに?」
「私だと思わないで、殿下の全く知らない初対面の人だというつもりでお願いします。」
アリスはしばらく困ったようにオリヴァを見て、頭を掻きながら、どうしたものかしばらく悩んだ。
そして、意を決したかのように「じゃあ、行くわよ?」と言った。
その直後、アリスの頭突きがオリヴァにさく裂した。
オリヴァとの授業が終わるとアリスはいつものように本を読んで勉強を始める。
アリスに足りないのはそこじゃないとばかりに、オリヴァが座学をあまり行わないので、アリスがいつも好んで勉強する経済やら法やらの教科はアリスがほぼ独学で進めている。スラムでの宣誓の後、アリスはより一層このあたりの勉強にせいを出した。ロッシフォールから経済学的なことの書かれた新たな本を入手し、オリヴァがいないときは読みふけるようになった。
アリスなりに例のスラム民たちとの約束を守ろうと努力しているのかもしれない。が、もともと努力の子だったので、いつも通りという可能性もあって何とも言い難い。
アリスがいろいろと努力を積み重ねている間に、自分もアリスのために何かができないかと動いていた。
とは言っても、できることと言ったら情報収集くらいだ。
まずは、城内でアリスの味方になってくれそうな人間探しだ。
経済学をアリスに教えられそうな人間と、いざという時に武力介入できる味方をメインでさがしてみた。幸い、この間兵士3人に感染しているので、まずは武力方面で役に立ちそうな味方から調べてみる。
兵士たちに張り付いて情報を探っていると、こんな情報を耳にした。
「ヘラクレス様が戻られたらしい。」と、言ったのは自分が感染している兵士だ。彼はこの間アリスが突破した二つ目の門の宿直をしていた。
「おお、ヘラクレス様が戻られたのか。しばらくお見かけしてなかったな。」そう答えたのは、彼とともに宿直となった兵士だ。「しかし、どちらに行っていたのだ?」
「剣術の試合で怪我を負って療養していたと言う話だ。」
「焔の英雄に怪我を負わせられる人間がいるとは想像できん。嘘ではないのか?」
二つ名持ち。いいね。
「そうなのだ。誰が怪我をさせたかもハッキリとしない。」兵下が眉をひそめながら言った。「だから、政権闘争に巻き込まれたんじゃないかって話なのさ。」
「王女が台頭してきたからか?」
「そうだ。一兵士と言えどヘラクレス様だからな。」
「貴族でもない人間がエラスティアと王女の政治闘争に巻き込まれて、監視下に置かれたとでも?」
うーん、そんな政治闘争に心当たりがない。ただ、エラスティアの名前が出てきたのは気になる。
「まだ爵位を持たぬとはいえ、焔の英雄ともなれば、政治的にも実質的な武力としても大きなカードだ。地位こそ低いが、なまじっかの貴族よりはよほど動かせるものが大きい。どこかしらの派閥の政治闘争に巻き込まれたっておかしくはない。」
「確かに、王女の暗殺未遂とベルマリアのキザ男の失脚があったし、なんか起こってるのかもしれないな。」
「ああ、その件のせいでアミール様とジュリアス様の継承順が入れ替わるかもしれないらしい。というかジュリアス様は王候補から外される一歩手前という話だ。」
まあ、そうだろうなぁ。
「そこに王女派が絡んできているんだ。ヘラクレス様が巻き込まれていても不思議ではない。エラスティア公か王女派の取り込み工作か、もしくは、ベルマリア公の囲い込みか・・・まあ、そんな上のほうの話はどうでもいいさ。俺はヘラクレス様についていくぜ。」
王女側にはそんな工作に心当たりは皆無なんだけどな。
というかそもそも派閥がない。あえて言うなら自分とアルトとグラディスだ。あと、王様がファンクラブのメンバーってくらいだろう。
エラスティア公やベルマリア公のほうはなんかやってるのかもしれないが。
でも、いいことを聞いた。
ヘラクレス。
彼を仲間にできればアリスにとっては心強い。人間には【操作】が難しいようだから、彼とアリスをどうにか仲良くさせる方法を見つけなくてはならない。
まずは、焔の英雄ヘラクレスがどのような男かを調べるのだ。
と、息まいては見たもののヘラクレスの噂は入ってこなかった。
彼が謎の人物というわけではなく、そもそも、自分が話を聞くだけで話題を振れないのでヘラクレスの話が始まらない。
兵士たちのヘラクレスについての会話もあの時だけで、それ以上の情報はなにも得られなかったし、ヘラクレスらしい人物と遭遇することもなかった。
うーん、少しでもいいから人間が【操作】できればなぁ。
閑話休題。
グラディスが復帰してからここ4、5日、マハルがアリスの面倒をみに来ていない。
まあ、グラディスも復帰したし、来ないこと自体はなんとも思わないが、円形脱毛症ができるくらいストレスのたまっていたマハルなので、さすがに今どんな様子かちょっと気にはなった。
マハル本人が気になるのももちろんだが、グラディスとアリスが元さやに納まったのに苛立ったマハルが何かしらグラディスにちょっかいをかけるんじゃないかという危惧もあった。
というわけで、兵士たちに張り付いてヘラクレスが来ないか待ち続けた後、メイドたちの仕事が落ち着いてくる時間帯になるまで待ってからマハルの元に視点を移した。ちょっと遅い時間だが、この時間なら、まだ、赤黒メイドと水場あたりで絡んでいる可能性もある。
マハルに視点を移したものの、残念ながらマハルは早くも眠りにつこうとしているところだった。首筋から背中にかけて汗でべとべとしていて気持ち悪い。ちょっと風呂入って着替えたほうが良いんじゃなかろうか?
てか、この寒い中この汗って、もしかして、マハル病気か?
そういえば、後頭部中心に結構な頭痛があり、頭の中がもわもわっとしている。
パラメーターを開いてみる。うわ、酷い。いくつかのパラメーターがアリスが気絶しているときのように赤く点滅して動かせなくなっていた。その他のパラメータも激低だ。
VITは赤くなかったので少し上げられないか試してみるがやはり動かない。相変わらず能力を下げることしかできないらしい。役に立たない能力だ。
感染症を疑ってみるも、怪しい細菌は体内には居ないっぽい。最近寒かったし、疲労とかその類からの対象不良だろうか。アリスによるストレスのせいかもしれない。
まいったな。なんもできん。
体壊すから早めに汗拭いて温かくして寝ろよ。
そして次の日、
グラディスがいつもの時間になってもアリスの元にやってこなかった。
しばらくしてグラディスの代わりにやってきた例の背の高いメイド長から、グラディスが殺人の容疑で捕まった事と、グラディスの部屋でマハルが殺された事がアリスに知らされたのであった。




