2-7 a さいきんの冒険もの
建物の中は意外と閑散としていていた。アリスは誰もいない廊下を進み建物の一階にある授業中の教室へと通された。
オリヴァと護衛は廊下に待機することになってしまったため、アリス視点に切り替える。
廊下を歩いている間は何をしでかすか解らない様子だったアリスだが、教室の扉をくぐった瞬間、しとやかな貴族のお嬢様へと変化した。腰の前で手を合わせ、ピンと胸をはり、案内してくれた先生の後ろをしずしずとついていく。
教室は日本のそれと大きくは変わらない。もちろん習字が後ろに貼ってあったりとかは無いが、前に黒板、黒板の前に教壇、黒板を見るように生徒たちの席が並んでいた。
生徒は25人。生徒数のわりに教室は大きめで、やはり、日本の教室と同じように片側が窓で、廊下側の壁の前と後ろに出入り口があった。生徒たちは全員アリスと同年代で、ドレスとまでは言わないが結婚式にお呼ばれされても文句の出ないレベルの服装に身を包んでいた。男10女15だ。この中にジュリアスもいるのだろうか?
生徒たちは5人横にならんで5列に座っている。その後ろにアリスのために用意されたと思われる席が一個置かれていた。
「皆さんお静かに。」突然教室に入って来た見知らぬ美少女にざわついていた生徒たちに向けて、先生が教壇を指し棒でたたきながら言った。「本日より編入することになりました、リデルさんです。皆さん仲良くするように。リデルさんご挨拶を。」
「リデル=ドッヂソンにございます。地方の小さな貴族の出にございますが、皆様におきましては仲良くしていただければ幸いにございます。」アリスはそう言って、目線を落としてスカートを持ち上げながら少しだけ腰を落とした。そして、目線を上げると微笑みながら教室の左から順に一人一人舐めるように目線を合わせて行った。アリスと目線のあった生徒達が男女問わず息を飲む。
アリスはもっと自分の容姿の価値に重きを置くべきとちょっと前に述べたが、何のことはない、アリスは自分の容姿の使い方を十分に知っていたようだ。将来とんでもない悪女にならないことを祈りたい。
教室はアリスが入って来た時とはうって変わって、耳が痛いくらいに静かになってしまった。
「みなさん、仲良くするように。」余りの静けさに先生が割って入り、アリスを席に着かせて授業を始めた。
授業は礼儀作法、算術、歴史の順に進んだ。いずれもアリスは完ぺきにこなした。一応は。
特に礼儀作法では王女であるアリスの右に出るものはいなかった。性格上無作法なだけであって、王族として必要な作法はきちんと身につけているのだ。突然やってきた貴族が優雅に行動したため、教室のみんな、特に女子たちが羨望のまなざしを向け、アリスは一時間目にして人気者となった。
礼儀作法と算術の間の休み時間になると、アリスは好奇心と興味にかられた少女たちに囲まれた。一方でちょうど中二くらいの年齢の少年たちは逆に興味がない様子をアピールしながこっそりとアリスを観察するのだった。アリス可愛いしな、しょうがない。
「ねえ、リデルさんはどうしてこちらにいらっしゃったの?」アリスに集まった生徒の一人が訊ねてきた。そして、アリスの鉛筆入れにあしらわれた紋章を見ながら矢継ぎ早に質問を重ねた。「ドッヂソン侯って、あのドッヂソン侯でしてよね?貴女もライラ女王陛下の関係者なの?アリス王女殿下ともお会いしたことある?」
「え、ええ。」突然の質問攻めにアリスがしどろもどろで返事をした。質問してきた女の子以外の5人もアリスを取り囲んでどんな返事が返ってくるのかワクワク顔で待っている。
アリスはこういう状況になれていないせいか、いつもの傍若無人さはなく、むしろかなり戸惑っているご様子だ。助けを求めようと辺りを見渡すが、はるか教室の外に、休み時間のため開けっぱなしの扉からにこやかにこちらを覗くオリヴァの顔が見えるだけだった。
「こちらに参りましたのは、御父上が中央の皆さまの立ち振る舞いを学んでくるようにと、1週間だけこちらに来ることを許してくださいましたの。ライラ様は私のおばですし、アリス殿下は従姉妹ですわ。もちろんお会いしたこともございます。」アリスが順に答えてくが、もちろん全部嘘だ。
「まあ!!アリス殿下とお会いになったことがあるのですか!?」アリスを取り巻いていた少女たちから感嘆の声が上がった。彼女たちの興味がリデル=ドッヂソンからアリスに移る。「王女殿下ってどんなかたですの?以前ちらりと拝見したときはとてもお美しい方でしたが。」
「とても、可憐でお美しい方ですわ。」アリスは答えた。「品行方正で、王城ではみんなのあこがれですのよ。」
うぉい。
アリスのヤツここぞとばかりにガンガンに盛ってきやがった。
「まあ!すてきですわ!」アリスの話を聞いた少女たちのテンションが上がる。アリスもちょっとこれは悪くないといった様子だ。
「それに、とてもお強いの!」アリスがこれでもくらえとばかりに王女(自分)の良いところをご満悦で付け加えた。
やっぱそこ、アピールポイントなんだね。
「つ、強い!??」頭に思い描いていた可憐な王女像とかけ離れた賛辞の登場に少女たちが狼狽する。
「そう、そんじょそこらの兵士が相手たっだら武器なんかなくても負けないのですわ。」アリスがそんな周りの様子には気づかずに自慢を続けた。
ほんとだったから困る。
「そ、その・・・王女殿下は不治の病気とうかがっておりましたが・・・」少女の一人が明らかに困惑した様子で言った。そうか、アリスの暴挙を知らない人たちにとってはアリスって病弱で薄幸のお姫様なのかもしれない。
「もう治ったとうかがっておりますわ。」アリスがにこやかに答えた。
「まあ!それはとても喜ばしいことです・・・わ・・・」
少女たちはアリスのその返事に一瞬素直に喜んだように見えたが、尻つぼみにテンションが下がっていった。そして、押し黙ってお互いを確認するかのようにちらちらと見合った。
しばしの沈黙の後、一人の少女が恐る恐る訊ねた。
「その、やはり、次期の国王はジュリアス殿下ではなくてアリス王女殿下になるのでしょうか?」
あれ?アリスが寛解したのって大っぴらになっていないのか。学校に行くのがスイスイ決まったから、みんなが知ってるもんだとばかり思ってた。
まてよ、これ、アリスが元気になったって、噂立つのってあんま良くないんじゃなかろうか?
「さあ?私にはわかりませんわ。」アリスがはぐらかした。というか本心なのかもしれない。
「国王のご寵愛を受けてらっしゃるというお噂ですから、きっとアリス王女殿下が次期国王になるに違いありませんわ。」少女の一人がアリスに代って答えた。一瞬静まっていた少女たちのテンションが再び少し上がる。なんか嬉しそうだ。
「そうなれば、リデルさんは王の従姉妹ということになりますわね。」少女たちがざわめき立つ。「是非、王女殿下を紹介してくださいまし。わたくしのメイドがお菓子を焼くのがとても上手ですのよ。王女殿下に食べていただきたいですわ。」
お菓子という言葉にアリスの目の奥が一瞬キラリと光ったが、アリスの返事はつれないものだった。「わたくしごときでは自由にアリス王女と面会できませんの。」
少女たちは露骨にがっかりする。
アリスも少しつまらなそうだ。リデルである自分を目の前にしておきながら、彼女らの興味が自分ではなく遠くのアリス次期国王に移ってしまった事に気づいてしまったからだろう。というか、そもそも彼女たちは最初っからリデル本人には興味がなかったのかもしれない。
「もしチャンスがあったらご紹介してくださいましね。お約束よ。」それでも少女たちは少しの可能性にかけてアリスにせっついた。
アリスは苦笑いしながら「分りましたわ。」と約束した。




