2-6 b さいきんの冒険もの
登校前日の夜、その事件は起こった。
夕食の片づけに訪れたマハルを、アリスが右手にハサミを持って追いつめていた。
「王女殿下。わたくしにはそのお願いはお受けできかねます。」マハルが顔面蒼白で答えた。
「後で罰を受けるのと、今ここで罰を受けるのとどっちがいい?」アリスは冷たい声で言い放つと、右手で掲げているハサミを二回開け閉めして、マハルに見せつけた。シャキンシャキンと小さな音が響いた。
「殿下。なにとぞご慈悲を。」マハルが膝まづいてアリスに懇願する。今にも泣きそうだ。「あとでどのような咎を受けるか・・・」
「マハル、そもそも私の命令に従っているわけだから、怒られることなんてないわよ。」アリスが一転優しい声でマハルの耳元でささやく。「これは大事なプロジェクトなの。あなたのわがままで計画がおじゃんになってごらんなさい。あなた、ただでは済まなくてよ?」
「・・・・・」マハルは気圧されて言葉も出ない。早くもすんすんと小さくしゃくりあげている。
「で、どうなの?やるの?」アリスがマハルの首筋にナイフよろしくハサミを押し当てた。その声と目線は氷のように冷たい。
マハルは完全にアリスの語気に飲まれて慌てて三回首を縦に振った。
「そう、良かったわ。」アリスがさっきまでのすごみが嘘のように明るく言うと、持っていたハサミを刃をつかむよう持ち替えて、マハルに渡した。
マハルは震えながらアリスからハサミを受け取った。
「じゃあお願いね。」アリスはそう言って鏡台の前の椅子に座った。
昨日オリヴァと王女であることを隠すことを約束し、今日もそのことを念押しされたアリスは自分なりに王女であることを隠すにはどうしたら良いかについて考えたようだった。
前回脱走した際に、あっさり王女とばれた訳で、その反省をきちんとしたのだろう。スラムの人間に顔が割れてしまうくらいだから、学校で正体が隠しおおせるとも思えないので、アリスの考えはあながち間違っているわけではない。
が、オリヴァの言っていたのは学校の”生徒”たちにバレてはいけないという話であり、さすがに先生たちにアリスのことは知らされているのだ。子供たちになら、仮に王女と似てると思われたとしても、なんとでもごまかせるはずだ。そもそも前王妃の親類ということで入学する予定なので、王女と似ていることについては何とでも言い訳できる。
しかし、そんなことはつゆほども知らないアリスが身分を隠すために考えついたのが、髪を切るという行為だった。腰まで伸びた美しくしなやかな金髪をあっさり切ってしまおうというのだ。
まったくもってとんでもない。
アリスはもっと自分の容姿の価値に重きを置くべきだ。
おそらく、知っていれば、アリス以外のすべての人類がこの断髪に反対するだろう。自分ももちろん反対だがなすすべがない。何で、こんな時にグラディスがいてくれないのか。アリスを止めて欲しい。
かくして、マハルが震える手でアリスの輝く金髪にハサミを入れた。
マハルの手つきはぎこちなかったが、アリスと言う素材の良さもあってか、髪の毛の短くなったアリスも可愛らしく仕上がった。セミロング、、、と言うか、もう少し短い。重さを失った髪のほんの少しのくせがアリスの耳元でふわっと緩やかな曲線を描いていた。ストロングジョン?だっけ??たしか、前世でなんか外人みたいな名前の髪型がちょうどこれだった気がするけど出てこない。
アリスは両手のひらで短くなった髪の先を綿毛でも押すように持ち上げてご満悦だ。
マハルも思った以上の仕上がりの良さと上機嫌な様子の王女に少し安心したようだったが、結局は後で、死ぬほど怒られるのだった。




